岡田 :今回のゲストはIT系の実務翻訳とポピュラーサイエンスの出版翻訳のお仕事をされている松井信彦さんです。訳書には『ポアンカレ予想』(共訳、早川書房)、『不可能・不完全・不確定』(共訳、早川書房)、『スプーンと元素周期表』(早川書房)、『元素のひみつ』(小学館の図鑑たんけん!NEO)、『放射線と冷静に向き合いたいみなさんへ』(早川書房)、『無限の始まり』(共訳、インターシフト)など、一般向けの科学書がそろっています。まさに理系、といった世界ですね!
松井 :そうですね。専門的に見えるかもしれませんが、内容は奥が深く、興味深いものばかりです。一般向けの科学書ですから、わかりやすいレベルのものが多くて、理系頭でなくてもおもしろく読めると思いますよ。
岡田 :たしかに「元素」や「無限」など、一見難しそうなタイトルが踊っていますが、宇宙のはじまりや人間のはじまりに通じる壮大なロマンの世界なんでしょうね。
松井 :はい。宇宙物理学は究極は数学、宗教、哲学などに広がっていきますからね。ですから今は知識獲得のために哲学の入門書も読むことがあります。学生の頃は哲学を避けていたんですけど(笑)。
岡田 :やはりお得意は科学や数学、コンピューターサイエンスなどですか?
松井 :そうですね。私はもともとエンジニアですから、コンピューター、ネットワーク、プログラミング、画像処理などが得意です。訳書のなかでも『無限のはじまり』は、コンピューター、無限数学、量子力学と、私の得意分野がそろった内容でした。古代や現代の哲学に関する部分は泥縄で勉強しながら訳しましたが。
岡田 :もともとエンジニアということですから、IT系の実務翻訳はお手の物ですね。
松井 :たしかに、実務をやっているときは、何も調べなくても次に出てくる内容を予想できることが多くあります。学生、会社員時代に回路やソフトウェアを勉強したり作ったりしていたので、内容はウラまで理解できてしまう。だからちょっとした言い換えなどもどんどん思いつくし、その言い換えに問題がないという自信もあります。
岡田 :まさに経験に裏打ちされたお仕事ですね。実務と出版、どのようにリズムやバランスをとっていらっしゃるんですか?
松井 :実務のときは実務に専念して、出版のときは出版に専念しています。両方同時は一回試しましたが、自分の場合は一度にひとつしかできないと実感しました。本を訳すときにはまとまった時間がどうしても必要で、こまごまと実務をやりながら出版翻訳を進めるのはうまくいかなかった。そこで腹をくくって、本の仕事をいただいたら実務は休むことにしました。翻訳会社の方にも正直に「本の仕事があるので実務はお休みします」と伝えています。幸いご理解をいただいて、出版が終わればまた実務に戻るというサイクルができています。ありがたい話です。
岡田 :確固とした信頼関係があってこそ成り立つことですね。
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