アメリア会員インタビュー

西川 知佐さん

西川 知佐さん

カナダで働く翻訳者として

プロフィール

カナダの首都オタワに夫、子供2人、猫2匹と暮らしています。主にノンフィクション、ゲームシナリオ、映像資料などの翻訳を行っています。訳書に『ウィメン・ウォリアーズ はじめて読む女戦記』(花束書房)、『THE IMPOSSIBLE CLIMB アレックス・オノルドのフリーソロ』(東洋館出版社)、『ビル・ゲイツの生声 本人自らの発言だからこそ見える真実』(文響社)、『世界は女性が変えてきた:夢をつないだ84人の勇者たち』(東京書籍)など。現在は Social Science や Addiction について学びながら、フランス語の勉強も行っています。フランス語は、ボランティア先で使う機会が多いために必要に迫られて学び始めましたが、子育てや仕事の息抜きとして楽しく続けることができています。現在学んでいたり、体験していることも、いつか翻訳の道につながっているといいなと思っています。

書籍の翻訳からゲームの翻訳へ

加賀山 :本日はカナダのオタワにお住まいで、いま一時帰国中の西川知佐(にしかわ ちさ)さんにお話をうかがいます。ゲーム、書籍、ニュース、脚本・映像資料の翻訳を手がけていらっしゃるということですが、いま多いのはどのようなお仕事でしょうか?

西川 :いまはゲームがいちばん多くなっています。去年までは書籍がメインだったんですが、ゲームのほうがコンスタントに来るので、全部受けていたらゲームばかりになりました。

11月半ばから雪が降り始めます。

加賀山 :時期によっておもな仕事が変わるのですか?

西川 :そうですね。いまはゲームが7割、映像関係が2割、書籍はゲラを読むことやリーディングも含めて1割という感じです。

加賀山 :映像関係というと、字幕や吹替ですか?

西川 :いいえ。字幕やハコ書きはできませんので、映像作品に関連してクライアントさんが知りたい資料などを訳しています。

加賀山 :英日の翻訳が多いのでしょうか?

西川 :いまのゲームの仕事も含めて、ほとんど英日です。日英は10年ほどまえから、ビッグイシューのようなフリーペーパーの翻訳を頼まれています。INSP(International Network of Street Paper)という団体から依頼されるボランティアで、年に数回あるかないかですが、いい記事があれば英語に訳すんです。過去にはダライ・ラマに関する記事などを訳しました。

加賀山 :翻訳するゲームはどういうものが多いのですか?

西川 :来たらなんでもやりますが(笑)、いまはロールプレイングふたつと、あるイベントの告知のような内容を訳しています。

加賀山 :同時並行でいくつか訳すのですね。

西川 :そうです。私ひとりが作品ひとつを受け持つのではなくて、何人かで分担しますので、それらを同時にいくつか進めることになります。私は分担でする仕事が好きなんです。

加賀山 :働き方としては、みんなでネットにアクセスして訳すとか?

西川 :はい。翻訳支援システムのMemoQにみんなの訳文が入ってくるので、それを見て、単語や文章の統一をしながら訳していきます。自分ひとりでは思いつかないような訳をほかの方たちが出してくれるので、それがすごくありがたくて。

加賀山 :お互いさまということですね(笑)。書籍も訳されていますので、そちらについてうかがいます。いちばん新しい訳書は、『ビル・ゲイツの生声』(リサ・ロガク編、文響社)でしょうか?

西川 :そうです。ビル・ゲイツの過去の発言をそのまま集めた本ですね。

加賀山 :それから、『THE IMPOSSIBLE CLIMB アレックス・オノルドのフリーソロ』(マーク・シノット著、東洋館出版社)。

西川 :それは2年ぐらいまえに出すべきだったんですが、翻訳が遅れて去年になりました。とても難しい本でした。

加賀山 :どのあたりが難しかったのですか?

西川 :とにかく専門用語ですね。クライミングをしたことがないので、ほかの著者の関連本を読みまくったり、お店に行っていろいろ話を聞いたりして、苦労しました。

加賀山 :次に新しいのは、『ウィメン・ウォリアーズ はじめて読む女戦記』(パメラ・トーラー著、花束書房)ですか?

西川 :それはとくに思い入れのある本です。版元の花束書房は、伊藤春奈さんという編集者・ライターさんがひとりでやっている出版社でして、伊藤さんは今年5月に出版された「エトセトラVOL.9 特集:NO MORE 女人禁制!」という雑誌でも編集長をつとめられました。私が以前訳した『世界は女性が変えてきた 夢をつないだ84人の勇者たち』(サラ・パップワース、ケイト・ホッジス著、東京書籍)という本を読まれ、花束書房で海外の作品も紹介したいということで、翻訳をまかせてくださいました。

加賀山 :フェミニズム系の本の翻訳が続いたのですね。

西川 :『ウィメン・ウォリアーズ』のまえに、『1日5分呼吸を描くと心が落ち着く 自分の「生きる」に集中するワークブック』(トム・グランガー著、文響社)という本も訳しています。これはアメリアのスペシャルコンテストで受注した仕事で、鉛筆で線をたどりながら自分の呼吸を確認していくというユニークな内容でした。

加賀山 :次は『ミケランジェロ・ブオナローティの生涯』(デイヴィッド・ヘムソール著、東京書籍)。これはタイトルどおり、ミケランジェロの伝記ですか?

西川 :そうです。原書は1800年あたりに書かれて、日本でも何度も翻訳されているんですが、東京書籍さんが新訳を出すことになり、私の翻訳でまた出版されました。この本には監修者さんがついてくださったので、心強かったです。

加賀山 :『自分のこころとうまく付き合う方法(U18 世の中ガイドブック)』(アリス・ジェームズ、ルーイ・ストウェル著、東京書籍)もあります。

西川 :SNSとどう向き合うか、人間関係をどうすればいいかというようなことをわかりやすく説いた10代向けの本ですね。

加賀山 :U18というのはそういう意味でしたか。そして、『ALL BLACKS 勝者の系譜』(ピーター・ビルズ著、東洋館出版)。これは言うまでもなく、ラグビーのニュージーランド代表に関する本ですね。

西川 :これもアメリアさんのスペシャルコンテストでいただいた仕事です。

加賀山 :アメリアのコンテストで仕事が2件入ったんですね。アメリアに入会してよかったことをあげるとすれば、やはり仕事が得られたことですか?

西川 :それも大きいですけど、こういうインタビューも含めて、いろんな方のお仕事ぶりが見られるのがとても励みになります。私はフェロー・アカデミーにかよいましたが、そのとき同じクラスで学んだ方たちの名前をアメリアの情報誌やメールレターなどで見ると励まされます。直接会っているわけではありませんが、アメリア経由でつながりを保てているのがうれしいですね。

加賀山 :なるほど。あと共訳ですが、『CHOCOLATE チョコレートの歴史、カカオ豆の種類、味わい方とそのレシピ』(ドム・ラムジー著、東京書籍)、『バラ大図鑑 イギリス王立園芸協会が選んだバラ2000』(チャールズ・クエスト=リトソン、ブリジット・クエスト=リトソン著、小山内健監修、主婦と生活社)などもあります。

西川 :もうひとつ、『震える叫び (Scream!絶叫コレクション)』(R. L. スタイン監修、理論社)の共訳もあります。児童文学翻訳者の三辺律子さんの翻訳クラスに参加したときに、全員で共訳した短篇集です。

ゲームをみんなで訳す楽しさ

加賀山 :訳された本のなかでとくに印象に残っているものはありますか?

西川 :最初に訳した『CHOCOLATE』と、『ウィメン・ウォリアーズ』です。

加賀山 :籍関係では『CHOCOLATE』が初めてのお仕事だったんですか?

西川 :そうです。フェロー・アカデミーの夏目大先生と関係の深い翻訳会社さんから持ちこまれた話で、そのとき先生のクラスにいたご縁で声をかけてもらいました。皆さん翻訳が上手な方ばかりでしたので、迷惑をかけないようにしなければと緊張したのを憶えています。

加賀山 :それが2017年の出版で、そこから書籍の翻訳が続いたのですね。フリーランスになって何年ですか?

西川 :10年ぐらいです。

加賀山 :フリーランスになったあとフェロー・アカデミーにかよわれたのですか?

西川 :そうです。フリーになって初めのころは時事ニュースサイトの翻訳をしていましたが、もう少しノンフィクションについて学びたいなと思いまして、夏目先生のクラスに入りました。それが出版につながったんです。アメリアにも同時期に入りました。ちょうど出産したころでしたが、フェロー・アカデミーに託児サービスがあって、そこに子供を預けながら半年ほどかよいました。
 三辺先生には、株式会社日本ユニ・エージェンシーの翻訳教室で学び、そこの生徒さんみんなで短編集を訳しました。

加賀山 :もうひとつ印象に残っている『ウィメン・ウォリアーズ』ですが、これはどんな内容ですか?

西川 :女性は戦えない、戦争は男のものだ、という考えが根強いなかで、それはちがうということを歴史の専門家が古今東西の例をあげながら解説しています。女王から一般人まで、じつに多くの女性が戦っていて、訳しながらとても驚いたことを覚えています。ジャンヌ・ダルクや中国の女海賊、インドの王妃のラクシュミー・バーイーにダホメ王国の女戦士たち、あと日本からは巴御前も取り上げられていました。作者の痛快なツッコミが散りばめられていて、その毒舌ぶりにワクワクもしましたね。翻訳内容について調査することも、また作者の鮮やかなツッコミを訳すことに苦心しながらも、とても楽しい1冊でした。

雪の多いカナダ。冬は子供の登園にソリを使うことも。

加賀山 :以上が出版翻訳の実績かと思いますが、最初におっしゃられたように、いまはゲームがお仕事の中心になのですね。

西川 :はい。ゲームをみんなで訳すというやり方のほうが私には合っていると思います。性格が多分に関係しますけど、私は締め切りに遅れがちなので、本当にそれが心苦しいというか……。ゲームの場合、数人でやるので、できないと思ったら早めにヘルプを出すとコーディネートの方が動いてくれて、調整できるんですね。いっしょにみんなで「飛んでる」という感じが楽しくて、もう出版には戻れないんじゃないかと思うくらいです(笑)。
 出版翻訳にたずさわる方というのは、自分でコツコツと1冊をまとめるのがお好きだと思いますが、私は自分の訳文にそこまでのこだわりはなくて、変えてと言われれば変えるほうですから、ゲームの翻訳のように意見を出し合ってどんどん進めていくほうが楽です。

加賀山 :そういうところにもゲームを訳す楽しみがあるんですね。ゲームの翻訳は初期のころからされていたのですか?

西川 :最初のころはあまり考えていなくて、ニュース翻訳を続けるつもりでした。その後、書籍の翻訳を経てゲームにたどり着いた感じです。

加賀山 :ひとつのゲームには場面がたくさんあると思いますが、共同で訳す場合には、「私がこの場面を訳します」というふうに手をあげて取りかかるのですか?

西川 :私の場合は、どういう場面かよくわからないことが多く、コーディネーターさんに割り振られた文字だけの内容を訳していきます。前後関係や背景も、たまにわかることもありますが、まったくわからない場合もあり、そういうときには男でも女でもいいような台詞にしたり、いろいろ工夫します。
 コーディネーターさんから資料を渡されて、たとえば「です・ます」などの言葉遣いを指定されたり、登場人物の詳細について知ることができる場合もありますけど、ゲームによってぜんぜんちがいます。場面らしい場面がないものもあったり。

加賀山 :原文がドンと送られてきて、それを左から右に訳していくようなイメージですか?

西川 :MemoQを使いますので、左が英語、右が日本語で、端っこに過去の翻訳、つまりほかの方がこれまでどういうふうに訳しているかが出てきます。そこを参考にしながら進めます。

加賀山 :言葉遣いなどもその過去の記録から多少はわかるんですね。出版翻訳ですと、1冊を最後まで読んだうえで、たとえばある人の話し方をどうするかといったことも判断できるわけですが、ゲーム翻訳ではかなり想像力を働かせなければいけない気がします。不安になったりしませんか?

西川 :クライアントさんに質問することができますし、翻訳をチェックしてくださるチェッカーさんもいるので不安になることはありません。「これこれこういった理由で、このような訳文にしました」など連絡をとったり、申し送りを残すなどして、あちらの判断を仰ぐことができるので心強いですね。

福祉の仕事で地元とかかわる

加賀山 :経歴についてうかがいます。最初は会社に勤められたのですか?

西川 :はい。英語を使う仕事がしたかったので、衛星コーディネーターというか、海外の映像を中継する衛星のブッキングをする会社に勤めました。テレビ局の下請けのような仕事ですね。でも、時差のせいで夜勤が多くてつらかったので、3年ぐらいで辞めて、翻訳を始めました。
 フリーランスになっても、最初にニュース翻訳の仕事をいただいたところが、好きなだけ訳していいよという丸投げ方式(笑)だったので、仕事が途切れることはありませんでした。

加賀山 :いまのゲームの仕事は翻訳会社から依頼されているのですか?

西川 :ゲームのローカライズを手がけている会社でトライアルを受けて、フリーランスとして採用されました。

加賀山 :それはいつごろでした?

西川 :3年ぐらいまえです。書籍の翻訳はどうも自分に合っていないなと思い、かといって、子供がいるので会社勤めは難しくて、好きな時間にできる翻訳は続けたかった。それでゲーム翻訳のトライアルを受けてみました。

加賀山 :いま翻訳者として何社ぐらいに登録していますか?

西川 :出版社さんのほうは、あちらから話がくれば、という関係ですが、あとは月に1回かならず連絡をくださる映像翻訳の会社と、ゲームのローカライズ会社の2社です。

加賀山 :今後の話ですが、やはりゲーム翻訳が中心になりますか?

散歩でよく訪れる公園です。

西川 :じつは、そこは悩んでいます。ゲームは新しいものがどんどん出てきますので、かなり好きじゃないと追いきれないんですね。私自身は10代のころにゲーマーでしたから、その知識をいま使っているだけで、アップデートしきれていません。時間もなかなかないし、夫もかなりゲーム好きなので彼に聞いてわかることもありますが、それにも限界があって。
 翻訳というのはひとりで家にこもってする仕事ですよね。それだけだと地域に溶けこめないんじゃないかという不安もあります。住んでいる地域にも貢献したいので、いまは福祉職の勉強をしていて、そういう仕事をしながら、翻訳も好きなので副業にできればと考えています。

加賀山 :そうですか。翻訳を続けていくうえでゲームにはこだわらないのですか?

西川 :こだわりません。なんでも訳せば楽しいので(笑)。翻訳をキャリアとして10年間がんばってきて、それがいわば背骨になって自信を持てる部分もありますので、カナダでもやめようとは思っていません。ただ、しばらく軸足をあちらでの活動に移そうかなというところです。

加賀山 :カナダにはもう長くお住まいなんですか?

西川 :去年の8月からです。子供の学校がこの6月で終わって2カ月夏休みがあるので、役所の手続きなども考えて一時帰国しています。それと、オタワで言うと、フランス語を話す人が大半なので、フランス語も勉強しなければいけません。

加賀山 :ああ、そうですよね。

西川 :地元のフードバンクでボランディアをしているんですが、フランス語だけしか話せない人も多くて、ボランティアやスタッフはだいたい英語とフランス語がぺらぺらです。だからフランス語を話せないと、仕事の選択肢も少なくなるんですね。

加賀山 :そう考えると、移住先はバンクーバーとかがよかったかもしれません(笑)。

西川 :バンクーバーやトロントは家賃が高すぎてとても住めないんですよ(笑)。オタワも安くはないんですが、バンクーバーよりはましです。

加賀山 :英語は中学・高校のころからお好きだったのですか?

西川 :いや、あまり(笑)。そもそも学校が嫌いで。でも、そのころ母の知り合いに英語の個人塾をやっている方がいて、そこで英語の長文の読み方を叩きこんでもらったので、英語嫌いにならずにすみました。あと大学時代、いま日本スコットランド交流協会(JSA)の名誉会長をしておられる関妙子さんが英語の先生で、やはり長文読解を教えていただきました。私はその関先生が大好きでした。
 このおふたりの先生と、スコットランド人の夫のおかげで英語とのかかわりができたんです。

加賀山 :フランス語のほかに、ふだん勉強されていることはありますか?

西川 :Open Universityというイギリスのオンラインの大学がありまして、そこで福祉学を学んでいます。週に14時間のコースですが、学位もとれます。もうひとつは、オタワのフードバンクで現場の福祉の仕事にたずさわること。それがいま自分のなかでの勉強です。

■私は自分の経験から、翻訳だけに打ちこむという方向で考えがちですが、お話を聞いて、ほかの仕事をしながら無理なくできるのも翻訳のよさであることを改めて認識しました。カナダでの生活、いろいろご苦労もあると思いますが、うまくワーク・ライフ・バランスをとって楽しんでください。

関連する会員インタビュー
ゲームノンフィクション出版翻訳海外で翻訳