アメリア会員インタビュー

石原 麻貴子さん

石原 麻貴子さん

実務翻訳をしながら、いつか舞台の字幕も

プロフィール

新卒時に人事の「英語が嫌いでなければ大丈夫」という言葉を信じ、米国IT企業日本支社に就職。そこは英語ができないと仕事が進まない環境であり、SE業務の一部として翻訳をすることとなった。外資系企業を転々とする間に通訳も経験し、英語力が強化されてきたので、翻訳の楽しさを本格的に味わうためにカルチャースクールの小説翻訳講座に通い始める。その後、転職の面接時に「外資系とは言え、転職回数多いね」と言われたこともあり、フリーの翻訳者に転向した。仕事の経験を活かし、IT系を中心とした実務翻訳から翻訳業務を開始。映画祭などの字幕翻訳や吹替翻訳、産業系映像、テレビ番組の素材やミュージカルプログラムの翻訳、映画製作の通訳などを行う。現在は、アルバイト先が作成しているWebページ、製品マニュアルなどの日英翻訳が中心となっている。
多趣味ではあるが、特に観劇やダンスが好きで、それらを活かせる仕事を模索中。

システムエンジニアから翻訳の世界へ

加賀山 :本日は、都内で実務翻訳をしておられる、石原麻貴子(いしはら まきこ)さんにお話をうかがいます。まず経歴ですが、外資系IT企業で働いておられたとか?

石原 :はい。アメリカの会社でしたが、新卒でその日本支社に入りまして、そのあともいくつかIT系の企業に勤めました。

加賀山 :転職されたのですね。会社員生活は何年ぐらいでしたか?

石原 :19年です。

加賀山 :そのどこかの時点で翻訳をやりたいと思われた?

石原 :SE(システムエンジニア)をやっていましたが、お客様から日本語でメールをもらって、本社に英語で問い合わせ、本社からの回答をまた日本語にしてお客様に返していましたから、通常業務が翻訳そのものでした。最初は書いていることがなかなか本社につうじなくて、返事ももらえないことがありましたけど(笑)。

加賀山 :SEということは、技術系だったのですか?

石原 :完全に技術系です。大学も工業大学でした。工業大学にいると、まわりは英語が苦手な人たちばかりでしたから、そのなかで私は英語が少しできて自信につながったのかもしれません(笑)。

加賀山 :工業大学卒ならIT企業に勤めるのがむしろ通常ルートで、翻訳をやりたいというのはちょっと異色だったのですね。フリーランスの翻訳者として独立しようと思ったきっかけは何でしたか?

翻訳講座の仲間と

石原 :会社の業務自体は好きだったので、転職しても同じようなことをしていたんですが、最後の会社で翻訳の仕事を頼まれたときにてきぱきと片づけすぎたせいか、その後上司から翻訳の仕事があまりまわってこなくなり、ちょっとつまらないなと思いはじめました。そんなときに、会社の近くのカルチャーセンターで翻訳の講座を見つけたんです。もともと本も好きでしたから、いつか小説も訳したいなという気持ちで受講したところ、それがすごくおもしろくて。しばらく仕事をしながら続けていましたが、そのうち翻訳のほうがおもしろくなりました。

加賀山 :会社員をしながら、そうやって何年ぐらい翻訳の勉強をされていたのですか?

石原 :2〜3年ですね。

加賀山 :フェロー・アカデミーの講座も受けられたそうですね。

石原 :フリーの翻訳者になろうと決めて退職したあと、どの分野にするかまだわからなかったので、全部のジャンルを網羅した「ベーシック3コース」に入りました。週3回の通学ですから、もう会社には行けません。翻訳学校にかようことが会社を辞める口実のようなものでした。会社を辞めて何もしないのも不安なので(笑)。

加賀山 :同時にカルチャーセンターも続けておられたのですか?

石原 :はい。同時進行でした。カルチャーセンターの授業は月に1回で、それほど負担にならなかったので。

加賀山 :ベーシック3コースを受講した感想はいかがでしたか?

石原 :週に3回、1日おきの授業とは言え、結局その予習をやるので、毎日が翻訳漬けでした。本気で英語を勉強したのは、予備校時代に続き2回目となりましたが、よい経験になりました。

加賀山 :ベーシック3のあとは別のコースに進まれたのですか?

石原 :私はお芝居が好きなので、「翻訳」というと、ミュージカルなどの来日公演で見る字幕が一番身近なイメージでした。ベーシック3のあとは、映像系、字幕と吹替の中級クラスに進みました。とくに吹替が気に入りましたので、峯間ゼミまで進んで、勉強しました。
 受講後に映像系の仕事を探したんですが、なかなかトライアルも見つからなくて、実務のほうを受けたら思ったより早く合格したので、実務翻訳の仕事を始めました。

加賀山 :フリーランスになられて何年ぐらいですか?

オンサイトで翻訳中

石原 :2017年からですので、6年半ほどですね。じつは、実務のトライアルに合格したあと、しばらく順調に仕事をしていましたが、やはり映像翻訳をやりたい、さらに通訳の仕事もしたい、と思いまして、実務の仕事を少し減らしたんです。
 そうやって徐々に移行しようと考えていたときに、コロナ禍が起きて、なかなか仕事もないし、どうしよう、となりました。そこでたまたま昔いた会社の人に声をかけてもらって、アルバイトで働くことになったんです。最初は単純作業のお手伝いということでしたが、だんだん翻訳もまかされるようになって、いまはこれが仕事の中心になっています。

加賀山 :なんとなく新卒就職時のお仕事に戻ったような?

石原 :そうですね。ただ今回はエンジニアとしてではなく、もっと一般向けのサイトの英訳のような仕事です。

加賀山 :今後またSEのような仕事に戻ろうというお考えはありますか?

石原 :いいえ。完全に戻る気はありません。今回のアルバイトのように、技術の知識も活用しながら翻訳でもお手伝いするというのが、ひとつのやり方かなと思っています。

機械翻訳の話題が日常業務にも

加賀山 :いまのお仕事の内容をうかがいます。プロフィールには「IT関連のマニュアルの英日・日英翻訳が中心」と書いておられます。

石原 :ちゃんと更新していませんね(笑)。いまは、さっき申し上げたアルバイト先の会社のウェブサイトを英訳する仕事がメインです。

加賀山 :それは外資系ではなく日本企業のサイトですか?

石原 :はい。いまの会社は私が唯一働いたことのある日本企業ですが、あまり英語を使える人がいないので、たとえば、その会社で作っているアプリの解説が日本語のサイトに載っているのを英語に訳したりします。

加賀山 :プロフィールに書かれたIT関連のマニュアルというのは、どういうお仕事でしたか?

石原 :翻訳会社からいただいた仕事で、Tradosを使って訳していました。企業の製品のマニュアルです。ほとんど英日の翻訳で、たまに日英が来ていました。でも、いまは翻訳会社さんを経由せずに直接クライアントと取引したり、知り合いをつうじて入ってきたりする仕事がほとんどで、日英ばかりやっています。

加賀山 :翻訳会社は何社ぐらい登録されていますか?

石原 :トライアルには何社か合格しましたけど、いまでもおつき合いがあるのは、1、2社ですね。コロナのときにこちらから積極的に動かなかったということもあって、やりとりがあまりなくなってしまいました。

加賀山 :プロフィールの実績には、このほかに「外国人観光客へのインタビュー字幕(英日)」や「IT系講演映像の字幕(英日)」なども書いておられます。

石原 :映像系の翻訳会社から依頼されたお仕事です。インタビューのほうは、テレビ番組とかで使う素材らしいんですが、浅草寺のまえなんかに行って、外国から来た観光客にインタビューをしたりするような内容です。通訳の方もそれほど上手じゃない感じでしゃべっていまして、翻訳原稿のまとめ方に苦労しました。
 IT企業の講演というのは、社員が集まる研修のようなイベントが、コロナ禍でオンラインに変わったので、その英語の内容を日本人社員向けに字幕や吹替にしました。

加賀山 :この講演やインタビューは、英語を文字起こししたスクリプトがあるんですか? それとも英語をそのまま聞いて日本語に訳されたのですか?

石原 :英語の字幕はついていました。ただそれは、YouTubeで「字幕」のボタンを押したときにつくような、たぶん自動で起こしたものでしたから、たまに間違っていました。それを考慮に入れながら日本語の字幕を作りました。

加賀山 :それで思い出しましたが、機械翻訳とかAI翻訳のポストエディットのような仕事もなさったことがありますか?

石原 :あります。というか、実務翻訳の仕事を少し減らそうと思った理由のひとつが機械翻訳でした。いまは少しましになっているようですが、私がフリーランスで翻訳を始めたころの機械翻訳の日本語は、とても低いレベルで、それを読んでいると自分の日本語がおかしくなるような気がして。

加賀山 :いろいろ話を聞くと、どうも最初のころの機械翻訳は質が悪かったようですね。とはいえ、実務翻訳業界でポストエディットは広まっている感じでしょうか?

石原 :いまのアルバイト先でも「DeepLのポストエディットでいい」と言われることがありますから、かなり普及していると思います。私はポストエディットをと言われたら、「ポストエディットのほうがかえって時間がかかるので」とお断りしていますが(笑)。

加賀山 :出版翻訳でも、DeepLを部分的に活用している知人がいます。もちろん、機械に全部まかせることはできませんけど。ほかにプロフィールに書かれていないような仕事もされていますか?

石原 :ほかには、映像関連で映画祭の字幕や吹替の仕事をボランティアでやったくらいですね。

加賀山 :いままでになさったお仕事全体のなかで、とくに印象に残っているものはありますか?

石原 :先ほどボランティアでという話で出てきましたが、やはり吹替の仕事は楽しかったですね。一番力を入れて勉強していたこともありますし、やっぱり吹替が好きなんだなと思いました。それが一番大きいですね。あと、毎月発行される小冊子も楽しみにしています。「日本語にしにくい英語」のコーナーなど、とても役に立ちます。
 実務の仕事では、日英だったのですが、会社員時代に顧客だった会社さんの翻訳が回ってきて、内容は誰よりも理解できている自負があったので、あっという間に終わったことはよく覚えています。

シナリオを勉強したことで訳文が柔らかくなる

加賀山 :今後のことをうかがいますが、広げていきたい分野としては、やはり映像翻訳でしょうか?

石原 :そうですね。映像作品の字幕や吹替、それと舞台関係の字幕の仕事なんかもできればおもしろいなと思いますが、いまは伝手がありません。いずれにしろ、映像寄りの仕事を増やしたいですね。

加賀山 :通訳の訓練もされておられるとか?

石原 :はい。通訳学校にも行きましたが、いまはフリーランスでやるというよりは、知り合いから頼まれればやるといった程度ですね。

加賀山 :映像翻訳に関して、何か勉強されているようなことはありますか?

石原 :翻訳とは関係なく、日本語でシナリオを書く勉強をしました。私はもともとマニュアルの翻訳などからこの世界に入りましたから、ちょっと硬い文章を書いていたんですね。英語の構造に引きずられていたというか。ですが、シナリオで自分の好きな文を書く練習をしたところ、日本語の文が柔らかくなった気がします。

加賀山 :いい影響がありそうです。最初から日本語のシナリオを書いていたわけですか? どこかに売れるといいですね(笑)。

石原 :課題で原稿用紙10枚ぐらい書くんですが、それをくり返していたら、翻訳にもいい効果が現れました。

加賀山 :翻訳って本当にあらゆる体験が役にたつ仕事ですよね。アメリアに入られたのはいつでしたか?

石原 :ベーシック3を受講するときに、いっしょに入りました。

加賀山 :アメリアに入ってよかった点をあげるとすれば?

石原 :いままで、お仕事にしても、映画祭のボランティアにしても、ほとんどアメリアの求人欄を経由していただいているので、そこが一番助かりました。あとは定例トライアルとか、スキルアップに関して興味深い記事があると、読んで参考にしています。

加賀山 :月刊誌を楽しみにしている方もいらっしゃいますね。最後に、石原さんが「翻訳で実現したいこと」は何でしょうか?

職場で流行っているDUOLINGO

石原 :いまアルバイトをしている日系企業は、海外の製品を輸入して日本のお客さんに売っているので、基本的な業務は外資系とあまり変わりませんが、私の仕事はほとんど日英翻訳です。それはつまり、英語ができないながら海外に発信したい方がたくさんいらっしゃるということですね。これからもそういう方々を助けていけたらいいなと思います。それが私の喜びでもあります。

加賀山 :英日と日英では、心構えのようなものが違いますか?

石原 :英日のほうが気楽ですね。当然語彙が多いので。日英のときには、これで本当によかったのかとずっと思っていることが多くて、終わったあとも悩んだりします。すべてにネイティブチェックを受けるような時間の余裕はもらえていないので。

加賀山 :英語は大学に入るまえから得意科目だったのですか?

石原 :英語は昔から興味があり、中学生のころはそこそこできていたと思うのですが、高校時代は得意というほどではありませんでした。ただ、予備校時代にたっぷり英文を読む課題があり、気づいたら成績が上がり、自信を持つようになりました。
 大学時代はそれで得意げになっていたわけですが、外資系企業に入って、外国人や留学経験者ばかりに囲まれていたので、また少し自信をなくしかけました。それでもメールを書いたり、電話を受けたり、社内の同僚と話したりしていたら、逆に鍛えられた気がします。

■ 企業内で実務翻訳をするというスタイルも、場所を選ばない翻訳という仕事のひとつのかたちですね。将来、舞台の字幕を手がけたいという夢が実現することを祈っております。

関連する会員インタビュー
実務翻訳