アメリア会員インタビュー

濱浦 奈緒子さん

濱浦 奈緒子さん

青年海外協力隊の経験もある実務・出版翻訳者

プロフィール

大学卒業後、青年海外協力隊、ODA開発コンサルタントとして国際協力業界に約9年身を置く。30代半ばでキャリアチェンジを考え、場所にとらわれずに働ける翻訳に興味を持つ。フェロー・アカデミーで出版翻訳の講座を受講。出産後、一度復職したのち、フリーランス翻訳者に転身。ノンフィクション出版翻訳と、英日実務翻訳、亜日実務翻訳、リサーチ業務を行う。フィクション、ノンフィクション問わず、長く関わってきたエジプトの文化・社会を伝えるような書籍に携わりたいという思いで、日々研鑽中。

ビジネス系、社会系の出版翻訳を手掛ける

加賀山 :今日は横浜市にお住まいの実務・出版翻訳者、濱浦奈緒子(はまうら なおこ)さんにお話をうかがいます。ちょうどコロナの流行が始まったころに、フェロー・アカデミーで私が担当した出版基礎の講座をとっていただいたそうで、お久しぶりです(笑)。
 さっそくお仕事の内容についてですが、昨年『フィナンシャル・タイムズ式図解の技術』(アラン・スミス著、共訳、ダイヤモンド社)を訳されました。

濱浦 :はい。フィナンシャル・タイムズ紙にビジュアライゼーションの部門がありまして、そこの部門長が書いた本です。

加賀山 :「どんな複雑なデータでも最適な図解タイプが見つかる」という売りこみです。

濱浦 :そうですね。たとえば、フランスの大統領選挙で今回の結果と前回の結果を見比べて、投票がどう動いているかということを図でパッと示せます。どのグラフを使えばデータをいちばん効率よく見せられるかとか、単純な折れ線グラフや棒グラフではなくもっと効果的な見せ方がありますよ、といった内容です。

加賀山 :図がふんだんに載っている書籍なのですね。

濱浦 :はい。文章と図解が半々くらいでした。

加賀山 :この共訳の仕事はどうやって入ってきたのですか?

濱浦 :フェロー・アカデミーで夏目大先生のゼミを受講したあと、「受講生×出版社 紹介サポート」という内部選考に合格して、ダイヤモンド社の編集の方を紹介していただきました。それから約3カ月後に本書のリーディングの依頼をいただき、今回の翻訳につながりました。
 当時は前職で働いていたため、2カ月での納品は難しいとお伝えしたところ、ダイヤモンド社のほうから夏目先生にコンタクトをとってくださり、先生の紹介で、深町あおいさんといっしょに訳すことになりました。深町さんとは夏目先生のゼミでもオンラインですがご一緒していたので、知っている方との共訳で安心したのを覚えています。

共訳者の深町あおいさんとお疲れ様会を開催。

加賀山 :『勘違いが人を動かす 教養としての行動経済学入門』(エヴァ・ファン・デン・ブルック他著、児島修訳、ダイヤモンド社)という本の翻訳も手伝われました。

濱浦 :これは翻訳者の児島修さんがツイッター上で協力者を募集しておられたのを見て手を挙げて、私は1章の半分くらいを担当したんです。その納品後にもう1冊依頼をいただき、こちらは3章分を訳しました。

加賀山 :それが『全員“カモ” 「ズルい人」がはびこるこの世界で、まっとうな思考を身につける方法』(ダニエル・シモンズ著、児島修訳、東洋経済新報社)ですね?

濱浦 :そうです。2冊とも行動経済学や認知科学に関連する本でした。

加賀山 :その後、出版翻訳のお仕事はなさっていますか?

濱浦 :先日、みすず書房に訳稿を納品しました。

加賀山 :それは単独訳ですね。どんな内容の本でしょうか?

濱浦 :アマゾンやイーベイといった大きなデジタルプラットフォームを展開する企業を、経済・政治・社会の制度面から論じた本です。たとえば、低賃金で搾取されている人々が大勢いる点をふまえて、そうした大企業と旧ソ連の類似性を指摘し、そこに民主主義はあるのかと問題提起しています。かねてから、ビジネス書より社会を分析する本を訳したいと思っていたので、翻訳作業はとても楽しかったです。

加賀山 :その仕事はどうやって入ってきたのですか?

濱浦 :「洋書の森」(注:出版翻訳関係者、関心のある人たちのコミュニティ)の交流会で知り合った編集の方に政治・社会系の本を訳したいと伝えたところ、今回の本をご紹介いただきました。2024年8月に出版される予定です。

実務翻訳では英語とアラビア語の二刀流

加賀山 :実務翻訳もなさっていますが、どのような仕事が多いのですか?

濱浦 :ESG(環境・社会・ガバナンス)投資のコンサルティングをメインでやっている日本のコンサル会社が会員企業向けのレポートに載せる記事の要約が中心です。短いものですが、月に4、5本あります。

加賀山 :「記事の要約」とは?

濱浦 :国際機関や国際NGOなどが出しているレポートや、サステナビリティや環境に関する新しい基準に関するニュースなどを800字程度に日本語で要約しています。

加賀山 :ちょっと編集に近い仕事でしょうか。SDGs関連の翻訳もなさっています。

濱浦 :はい。同じ会社が環境問題などの専門家に依頼した寄稿文の翻訳もたまにします。

加賀山 :その会社に信頼されているのですね。どうやって開拓された仕事ですか?

休日は家族で公園にでかけてリフレッシュ。

濱浦 :国際協力業界に特化した求人サイトで見つけました。トライアルはなく、書類選考のみで決まりました。

加賀山 :翻訳会社経由でないのは珍しいかもしれません。これからお仕事を増やしたいときには、その求人サイトで見つけられそうですか?

濱浦 :残念ながら、フリーランス向けの仕事はあまり多くないと思います。

加賀山 :翻訳会社の登録もされていますか?

濱浦 :2023年末に英語・ビジネス全般のトライアルを受けて、1社登録しました。その会社が英語以外の言語もやっていて、私はアラビア語も少しできるので、その翻訳会社からいただくのは、いまはアラビア語の仕事ばかりになっています。主に難民申請の書類を日本語に訳しています。

加賀山 :それはすごい。いろいろな仕事がありますね。ほかにも実務関係のお仕事はありますか?

濱浦 :アメリア経由でアメリカのコンサルティング会社にも登録して、リサーチの仕事もしています。日本企業や官公庁を対象としたコンサルティングを行っている会社で、私の業務としては具体的には、アメリカの医療・AI・テクノロジーなどのトレンド情報を日本語でまとめています。

加賀山 :実務の仕事だけでも毎日忙しそうですね。だいたい納期はどれくらいですか?

濱浦 :1週間くらいが多いです。リサーチについては、できたものから出していって、フィードバックをもらい、次の仕事に取りかかる感じです。

加賀山 :アメリアに入会してよかったことというと、やはり仕事が見つかったことでしょうか?

濱浦 :はい、仕事が見つけられたのはよかったです。出版系ではときどきスペシャルコンテストの募集があるので、それにも挑戦しています。今後も興味分野やスケジュールが合えば応募したいと思っています。また、この会員インタビューもよく読んでいて、モチベーションアップにつながっています。

国際協力の現場から翻訳の世界へ

加賀山 :経歴についてうかがいます。大学卒業後、就職されたのですか?

濱浦 :国際協力に携わりたいと思い、青年海外協力隊でエジプトに2年間赴任しました。砂漠ツアーなどをする観光地で、村の女性といっしょに観光客向けのお土産を作って売る仕事もしました。

加賀山 :派遣先は自分では選べないのですね?

濱浦 :はい。選べませんが、エジプトへの派遣は希望どおりでした。じつは学生時代、旅行でエジプトがとても気に入って、1年間休学してエジプトに滞在したんです。

加賀山 :どうしてそんなにエジプトが好きなんですか(笑)?

濱浦 :日本とぜんぜん違うところがおもしろいんだと思います。いい意味でのカルチャーショックでした。街で歩いていると、道端でいきなりお祈りを始める人がいたりして、宗教や文化の異なる世界に惹かれました。

エジプトでは砂漠の中のオアシスの村に滞在していました。時間がとてもゆったりと流れています。

加賀山 :そうしてエジプトで2年間働いたあとは?

濱浦 :イギリスのサセックス大学院で1年学び、「ジェンダーと開発」の修士号を取得しました。卒業後は、JICAのプロジェクトを受託するODA開発コンサルタント会社に就職して、アフリカや東南アジアでの社会開発プロジェクトにジェンダーの専門家として7年半従事しました。

加賀山 :仕事でアフリカや東南アジアにも行かれました?

濱浦 :はい。エジプトにもまた行きましたし、ベナンで農村開発に従事し、アジアではミャンマーで長く働きました。教育や社会情勢に関する国連のレポートをまとめたりする調査業務もおこないました。

加賀山 :そのコンサルタントの仕事をしながら、翻訳の勉強と仕事を始めたのですか?

濱浦 :はい。加賀山先生のクラスを受講したのが本格的な翻訳学習の始まりでした。その後、2022年に翻訳者として働きはじめ、2023年にはコンサルタントの仕事を辞めて翻訳を専業にしました。

加賀山 :経歴を拝見すると、海外で積極的に活動する方という感じがしますが?

濱浦 :いちばん大きな分岐点は妊娠と出産でした。妊娠・出産すると海外出張には行けなくなるので、別のキャリア形成が必要だなと妊娠前から考えていました。そこで家にいながらできる仕事を考えるようになり、それがきっかけでフェロー・アカデミーに通いはじめました。

加賀山 :子育てが落ち着いたら、また海外へ行って活躍したいという考えもありますか?

濱浦 :そうですね。またエジプトに行きたい気持ちもあります(笑)。

ノンフィクションについて幅広く勉強

加賀山 :学習歴についてうかがいます。出版基礎の前後で受けられた講座もフェロー・アカデミーでしょうか?

濱浦 :はい。書籍系はすべてフェロー・アカデミーで勉強しました。最初に出版基礎を受けました。次に松村哲哉先生のビジネス・自己啓発中級クラスを受講して、ノンフィクションを扱う夏目大先生のゼミへ進みました。その後、河野純治先生のマスターコースで、ルポルタージュの翻訳も学びました。現在も上原裕美子先生のマスターコースでノンフィクションの翻訳の勉強を続けています。

加賀山 :出版翻訳とは別に実務翻訳も学ばれたのですね?

濱浦 :はい。出版基礎講座に通うまえに、翻訳会社がやっている通信講座で学びました。

加賀山 :まず通信講座で実務分野の感触をつかもうと考えたのでしょうか?

濱浦 :そうですね。ですがビジネス分野の翻訳よりも、加賀山先生のクラスがおもしろかったです(笑)。出版基礎講座では、フィクションやノンフィクションのまとまった文量の課題を訳すことができたのがよかったし、いっしょに受講した仲間とも、翻訳ってやっぱり楽しいよねと話していました。そういった実感が得られたのは大きかったです。

加賀山 :翻訳のような仕事は、おもしろいと思わないとなかなか続けられませんよね。今後のことについてもうかがえますか?

濱浦 :できれば出版翻訳を長く続けていきたいですね。みすず書房から今度出る本の翻訳がとてもおもしろかったので、ノンフィクション分野を極めるというか、実績を積みたいと考えています。フィクションにも興味はありますが、いろいろ手を出しすぎて破綻しないか心配です。加賀山先生はフィクションがメインですか?

加賀山 :私は田口俊樹先生に師事したので、最初はミステリーがメインでした。ただ、会社生活が長かったせいもあってか、その後ビジネス書の翻訳が増えました。近年はノンフィクションのほうが多いくらいでしたが、ここ1、2年はフィクションばかりです。
 そういえば、先日久しぶりにノンフィクションの翻訳をしたら、編集の方からゲラが鉛筆書きで真っ黒になるほど修正を提案されました。この歳で翻訳が下手になったかと落ちこみました(笑)。ノンフィクションの翻訳って、最近は本当にわかりやすくすることに力が入っているような気がするんですが、どうですか?

濱浦 :私もそんなに数をやっているわけではありませんが、これまでの翻訳では、原文で日本になじみのないところなどは編集段階で省略されたものもありました。

加賀山 :著者の自分語りのような記述はばっさり削られたりして、えーっ!?と思ったり(笑)。

濱浦 :『フィナンシャル・タイムズ式図解の技術』では、原文にない小見出しやグラフのタイトルを編集者の方がつけていました。

加賀山 :どこもそうやってわかりやすくする傾向なんでしょうね。

濱浦 :私は、日本のビジネス書で勝手に太字になっているのはあまり好きではありません(笑)。大事な箇所は自分で考えて読みたいので。たまにマーカーまで引かれていることもありますね。

加賀山 :ちょっと手取り足取りになりすぎている気も。お悩み相談のようになってすみません(笑)。
 今後、出版翻訳のなかでも広げていきたい分野はありますか?

濱浦 :じつはアメリア経由でリーディングの依頼が3回来ました。3つとも異なるテーマで、ジェンダー、ミャンマーの麻薬問題、地政学に関する本でした。

加賀山 :どれも関心分野ですね。

濱浦 :はい。どれもおもしろかったです。残念ながら版権が取れず、出版には至りませんでしたが、そういったリーディングをするなかで、ノンフィクションのおもしろさに気づきました。今後、社会や政治を題材にした本をぜひ訳していきたいです。

加賀山 :実務翻訳でベースとなる収入を得つつ、出版翻訳の機会を増やしていくという感じですね。

濱浦 :そうですね。出版はいつ仕事が来るかわかりませんから。実務翻訳のほうは細々としていて柱にはなっていませんが、毎日何かしら仕事をしているという安心感はあります。
 今度は私のほうから質問ですが、長く出版翻訳をやるために、スキルアップや営業に関して気をつけるべきことはありますか?

加賀山 :うーん……営業面で言うと、編集者や関係者と直接会う機会を作るといいと思います。なんでも電子的にやりとりできる時代ですが、やはり人間関係や人脈は大事なので。
 勉強面では、来る仕事をやっていくだけでも勉強にはなりますが、アウトプットばかりではつらくなるし、スキルアップしなきゃという焦りも出てきます。なので、何か新しいことをやるといいのかな。別の言語を学んでみるとか、原書と訳書をつき合わせて読んでみるとか。ただただ仕事をするより、そういうことも何かやっているほうが精神衛生上いい気がします。

濱浦 :私も、インプットも大事だと思って上原先生の授業を受けています。

加賀山 :勉強会や読書会などに参加しても、その伝手で仕事が入ってくることもあるし、講師がいるならその方経由で入ってくることもあるでしょうし。翻訳って、あらゆる体験が役に立つ仕事じゃないですか。それこそエジプトに行って、エジプトのものを食べていれば、アウトプットはぜんぜん違います。そういう意味でも外に出ることが大事ですかね。

濱浦 :もうひとつ質問させてください。先生のクラスでリーディングのレジュメを書いた本が気になりつづけています。エジプトの女性に関する小説で、著者が運営しているNGOがおそらく自費出版で出した本です。こうした本の翻訳出版は難しいでしょうか?

加賀山 :できるんじゃないでしょうか……原書は英語の本ですよね。どこかほかの言語に翻訳されていませんか?

濱浦 :されていません。著者はエジプト人で、アラビア語と英語の両方で書かれています。

加賀山 :版権の扱いがよくわかりませんが、交渉はできると思います。最終的に版権を取得して日本で出版することを考えると、できれば出版社経由でやってもらったほうがいいでしょうね。正規の交渉ルートがあるかもしれないし、そこから話がつながって別の道が開けるかもしれません。ただ、それも絶対ではなく、直接交渉の道もあるとは思います。
 最後に、濱浦さんにとって翻訳で実現したいことは何ですか?

濱浦 :これまでたくさん海外に行って、その国、地域の文化に触れたことで自分自身の視野が大きくひらけたり、これまで関心のなかったことに関心を持ったりするという経験をしてきました。今度は翻訳をとおして、そうした日本とは異なる文化や社会情勢などを知っていきたいですし、同時に日本の方々に伝える橋渡しができるといいなと思います。

■ このインタビューで逆質問は初めてでした。エジプトをはじめ、世界各地で働いた経験が豊富でうらやましいと思いました。お仕事にもぜったい役立つと思います。いつかエジプト関連の翻訳書が出版されるよう祈っております。

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