
深瀬 真亜沙さん
高等専門学校の仕事から実務翻訳者に
プロフィール
日英の校正がメインだが、時には日英・英日の翻訳も行う。
中学生の頃から、英語関係の仕事に憧れ当初は通訳者を目指し勉強していたが、前職の仕事をきっかけに翻訳者の道へ進むことを決意。前職で日英の翻訳をしながら、フェロー・アカデミー等で実務翻訳の基礎を通信で学ぶ。
退職後は、アメリアを通じてトライアルを受け、翻訳会社数社にチェッカーとして登録。チェッカーをしはじめてから、翻訳の仕事も徐々に紹介されるようになる。
翻訳分野は、インバウンド、IR、機械、エネルギー関連とさまざま。フリーランスとしてはまだ3年目の駆け出しということもあり、分野を問わずあらゆることに挑戦している。今は、チェッカーの仕事が多いが、今後は翻訳の仕事を徐々に増やしていきたい。
シングルマザーとして、娘を育てながらひとりで生計を立てるのは大変で苦労もあるが、娘も大きくなり子育てから少し解放された今、自分のペースで好きな仕事をできる毎日をとても嬉しく思う。趣味は、旅行動画を見たり、外国語を学ぶこと。
これからも、チェッカーとしての技量を高め、翻訳者としても邁進していきたい。
教科書からインバウンド関連まで幅広く翻訳
加賀山 :本日は、長野県で実務翻訳をしておられる、深瀬真亜沙(ふかせ まあさ)さんにお話をうかがいます。さっそくですが、翻訳の内容にはどのようなものが多いのですか?
深瀬 :多岐にわたります。IR(インベスター・リレーションズ。企業の経営や財務状況に関する投資家への情報提供活動)、産業機械の取扱説明書、インバウンドの旅行関係、環境関係など……いただくものはなんでも(笑)。フリーランスになってまだ3年の駆け出しですので、今は分野にこだわらず、何か声がかかればお引き受けすることにしています。
加賀山 :最初はどうやって仕事を見つけられたのですか?
深瀬 :アメリアに入会して翻訳会社のトライアルを受けました。今現在、登録させていただいている会社はすべてアメリアからです。
加賀山 :入会されたのは3年前ですか?

ほぼ毎日PCに向かっているので、長野の自然を見ると癒されます。
深瀬 :高等専門学校(高専)で翻訳の仕事をしていた前職を辞めたときですから、3年半〜4年前です。
加賀山 :そのあとトライアルですぐ合格されたのですね。順調な出だしです。
深瀬 :前職を辞めて翻訳だけで生活しようと決めたものの、収入面で厳しいので、近所でアルバイトをしながら翻訳業務を少しずつ増やしていきました。トライアルは5社ぐらい受けましたが、早めに合格できたほうかもしれません。今定期的に仕事をいただいているのは、そのうちの3社です。
加賀山 :日英の翻訳が多いのですか?
深瀬 :それもいろいろでして、英日、日英の翻訳をすることもありますが、いちばん多いのは日英翻訳のレビューです。チェッカーの仕事ですね。原稿の最終段階の校正のようなこともします。
加賀山 :プロフィールの実績を拝見しますと、まず「数学テキスト、試験問題、学校シラバス、授業補助資料などの日英翻訳」。これは先ほどおっしゃられた学校の仕事ですね?
深瀬 :そうです。
加賀山 :学校についてはあとでくわしくうかがいます。それから「企業紹介、機械マニュアルの日英翻訳校正」。これは今おっしゃられたレビューの仕事ですね。エネルギー分野の日英翻訳の校正もやっておられます。
深瀬 :はい。環境、エネルギー関連も日英のレビューが多いです。具体的には、原子力関連の資料などでした。今多いのはIRとインバウンド関連ですね。インバウンド関連については、登録先の翻訳会社のひとつが九州にあることから、九州の観光スポットや伝統工芸などを紹介する日英翻訳のレビューだったり、たまに英日翻訳のお仕事もいただいています。他の会社からは、大阪万博が開催されましたので、そのまえには大阪を紹介するお仕事もけっこういただきました。
高等専門学校の教育システムを輸出する
加賀山 :学習歴をうかがいます。フリーランスになるまえ、フェロー・アカデミーでいろいろ学ばれたそうですね。
深瀬 :フェロー・アカデミーではベーシックと、ベータ応用講座を学びました。今は講座名も変わっていると思いますが。他では、日経ナショナル・ジオグラフィックの英日翻訳講座を受講して、翻訳の基礎を学びました。
加賀山 :ベーシックというのは、実務、出版、映像の全種類がある講座ですか?
深瀬 :ベーシックでは、実務翻訳の基礎を学びました。出版、映像は入ってなかったと思います。ベータも実務翻訳ですが、応用になると分野が分かれます。私はメディカルを受講しました。法律や契約書などよりメディカルのほうが、難しさは同じでも身近に感じられたので。
加賀山 :合計で何年ぐらい学ばれましたか?
深瀬 :1年半ぐらいでした。高専で働いていたときに、翻訳が自分の性格に合っているというか、やっていてとても充実していたので、将来のことを考えて勉強を始めました。もともとは通訳者になりたくて、学生時代にはサイマル・アカデミーの通訳の講座にも通ったことがあるんですが、そちらは挫折しまして(笑)。
加賀山 :翻訳のどのへんが性格に合っていると思われましたか?
深瀬 :ひとりでこつこつと調べながら自分のペースで仕事ができるところでしょうか。外に出ていくより、うちにいるほうが落ち着く性格なので。
加賀山 :大学を卒業してすぐに高専に勤務されたのですか?
深瀬 :いいえ。大学を卒業していろいろな会社を転々としました。まず卒業後、日本語教師のボランティアでタイの田舎に1年ほど滞在しました。そこから帰国して、出身が関西ですので関西の貿易会社に就職し、その後、長野に引っ越し、長野の警備会社に経理職として3年ほど勤めました。そのあとが高専です。
加賀山 :そこのタイ協働センターというところで4年間働かれたのですね。タイ協働センターというのはどういう組織ですか?

今は取り壊されてなくなってしまいましたが。気に入っていたナイトマーケットです。
深瀬 :そのころ高専の教育システムをタイに導入しようという文科省のプログラムがありまして、高専内にタイ協働センターという組織が立ち上げられました。私はそこに勤め、タイの学生さんたちが日本の高専の教育を受けられるように、テキストやシラバスなどを英訳してサポートしました。
加賀山 :タイの学生を受け入れたのですか?
深瀬 :タイの学生が日本に来るのではなくて、こちらからタイに行って日本の授業スタイルを伝えるプログラムです。日本の先生が出張して、タイの先生に指導法についてアドバイス等を行います。タイの学生が授業で使用する教科書、試験問題も日本の先生が作成された問題を使用するため、英語への翻訳が必要だったんです。
加賀山 :そういうことですか。現地の学校はバンコクにあるのですか?
深瀬 :バンコクではなく、タイ東部のチョンブリ県と東北部のナコーンラーチャシーマー県の2校になります。私も勤めていたときには、試験期間などにお手伝いとして4、5回タイに赴く機会もありました。
加賀山 :そもそもなぜ最初に日本語教師としてタイに行かれたのですか?
深瀬 :大学生時代にたまたま友人とタイに行ったのがきっかけです。ほかにも海外旅行でアメリカに行ったりしましたが、やはりタイにピンとくるものがあって。直感的に自分に近いというか、あそこにいると心地よいという感覚がありました。「ここに住んで現地の人たちと交流し、タイをもっと知りたい」と思いました。
そういうときに、たまたま日本語教師のプログラムに出会い、申しこみました。実際に住んでみるとより一層タイに惹かれました。タイに行く前から簡単なタイ語の会話は勉強していたのですが、タイ文字も読み書きできるようになりたいと思い、帰国後も勉強をしばらく続けていました。
加賀山 :長野で仕事を探すときにも、タイ関係の就職先を探したのですか?
深瀬 :高専の仕事を見つけたのは、まったくの偶然でした。警備会社を辞めて、求人情報を見たらぱっと目に入ったというか。特に探していたわけじゃないんです。そこから4年間ですから、けっこう長かったですね。
その求人情報には「英語ができる方」とだけあって、翻訳をするとは書かれていませんでしたが、実際に入ってみると、翻訳の機会をいろいろといただき、最終的には数学の教科書を英訳するに至りました。高専での仕事は、翻訳の道に進んだ大きなきっかけとなったのです。
加賀山 :少し特殊な分野の翻訳だと思いますが、教科書やシラバスを訳すときに苦労されたことはありますか?
深瀬 :たくさんあります(笑)。とにかく、日本語から英語にするということより、内容そのものが難しくて(笑)。
高専はかなりレベルが高くて、ふつうの学校より高度なことを学びますので、たとえば微積分の応用問題を訳せと言われたときに、何が書いてあるのかわからないんですね。私はもともと数学や物理は苦手で、避けてきましたから。
一応英語には訳せるんですけど、内容がわからないので、言葉だけの翻訳でそれが合っているのか分からない。なので、図書館に行って勉強したり、実際に先生に訊いたりして、そこがいちばん苦労しました。
加賀山 :数学だけでなく物理もあったとか?
深瀬 :物理も試験問題やテキストの一部を訳したりしました。その問題文も内容理解に苦労しました。いろいろ本を読んで勉強したり、英訳したものを物理の先生に見てもらって、「こういうことでいいですか?」と最終チェックをしてもらいました。
加賀山 :ああ、だからフリーランスの翻訳についても、対応分野に電気・電子分野と書いておられるのですね。そのとき学んだから。
深瀬 :そうですね。私もその4年間で少しですが勉強しましたので(笑)、基礎知識にはなりました。そのおかげもあって、産業機械の翻訳のレビューなどの仕事をいただいています。
加賀山 :なるほど。そうやって学校で働いているあいだに、翻訳が自分に向いていると思い、フェローで勉強を始めたということですね?
深瀬 :そうです。今も基本的に、いただける仕事はなんでもお受けするというスタンスですので、いろんな分野の仕事があります。たとえば、IRも翻訳の仕事をするまでは何も接点がなかったので、実際に日英のレビューの仕事をいただいて、レビューをしながら知識を蓄えてきました。内容理解に力を注ぐのは今も同じです。
チェッカーのトライアルから翻訳に
加賀山 :英日と日英の仕事で大きな違いは感じますか?
深瀬 :両方やってみると、やはり日英のほうが難しいですね。翻訳分野にもよりますが、特にインバウンド系などは、どうしてもネイティブの人には太刀打ちできないと感じます。日英の場合は、ネイティブが訳された原稿を日本人がレビューする。英日の場合は、その逆のスタイルで行うのがベストのように個人的には感じます。
加賀山 :訳すときにAIや機械翻訳も使われますか?
深瀬 :取扱説明書などは、翻訳会社のほうで機械翻訳を使っている場合がありますが、今登録している会社のほとんどは、むしろ機械翻訳を禁止しているので、ポストエディットのような仕事は受けたことがありません。
加賀山 :高専の仕事を辞めてアメリアに入られたということでしたが、入会していちばんよかったことは何ですか?
深瀬 :やはりトライアルを受けて仕事につながったことです。チェッカー募集のトライアルを中心に受けました。当初はまだ翻訳の知識もあまりなかったので、チェッカーとして始めようと思ったんです。レビューの仕事が多いのは、そのような経緯からです。
加賀山 :翻訳ではなくチェッカーのトライアルというのは、翻訳ずみの原稿を渡されて、「これをチェックしてください」という課題ですか?
深瀬 :そうです。A4で2、3枚ぐらいでしょうか、原文と訳文を照らし合わせて、修正するところはして、表記の揺れや、訳出漏れや誤訳等……本番の仕事と同じです。先方はそれらがきちんとできているかどうかを見ます。表記揺れといっても、何でもかんでも合わせればいいというものでもなくて。合わせたことで不自然な言い回しになることもあります。直しすぎも良くない。そのあたりの見極めが必要だと思います。2年ぐらいでその感覚が分かってきたような気がします。やってみるととても奥深い世界です。
私が今登録しているのは、ほとんどがチェッカーのトライアルで合格した翻訳会社で、2年くらいチェッカーをしたあと、英日または日英の翻訳もやってみませんかとお声がけいただきました。
加賀山 :そういう入り方もあるんですね。いきなり翻訳のトライアルを受けるのではなくて、チェッカーとして始め、信頼を築いて、翻訳の仕事もするようになるという。
深瀬 :そうなると、いろいろな仕事を紹介してもらえるので、新たに翻訳のトライアルを受けなくても翻訳の経験を積むことができます。
加賀山 :実績も増えていきますし、効率のいいやり方という気がします。トライアルの案件は、チェッカーより翻訳のほうが多いんですよね?
深瀬 :最近見ていないのでよくわかりませんが、件数は圧倒的に翻訳のほうが多いと思います。私は最初、翻訳にあまり自信がなかったので、チェッカーから始めたという感じです。
加賀山 :今後のことをうかがいますが、こういう方向に進みたいというお考えはありますか?
深瀬 :まだフリーランスになって3年足らずですから、あと2、3年は、来るものは拒まずという今のスタンスでいくつもりです。特に専門分野は決めていませんが、やっていくうちに自然と絞られてくるのかもしれません。
将来の仕事としては、旅行関係が好きなので、世界中の遺跡や美術などをなんらかのかたちで紹介する英日翻訳の仕事ができればいいなと思います。もしかするとそれは出版翻訳になるのかもしれませんが。
加賀山 :今は1日じゅう埋まるくらい仕事量がありますか?
深瀬 :フリーになったばかりのころは、仕事がない時期もありましたけど、今はおかげさまで、たまに断らざるをえないくらいの忙しさです。今年に入ってからは特に忙しくて。なぜかわかりませんが(笑)。
ときどき休みたいと思うことはありますけど、やはり仕事はあったほうがいいので、ありがたいです。収入も最初は「こんなんじゃ生活できない」という感じでしたが、学校を辞めて翻訳家の道をめざすときに、「とにかくあきらめずに3年はがんばってみよう」という覚悟でした。3年目でぎりぎり生活できるところまでいっていれば、そのまま続けようと。
そして実際に3年やってみて、なんとか今生活できるくらいは稼げているので、今後もこのまま進みたいと思っています。歳をとっても、できる仕事なので。
加賀山 :タイ語で何か翻訳しようということは考えておられない?
深瀬 :とうていそのレベルではありません(笑)。旅行で使える程度ですから。でも、私はもともといろんな外国語を学ぶのが好きで、アルファベット以外の知らない文字を見ると、学びたくなってしまいます。タイ文字を見たときにも「難しそうだけどとても面白そう」と思いました。
ですので、これから時間ができれば、アラビア語とか、見てもぜんぜんわからない言語を学んでみたいですね。その国の言語を学ぶことでその国の文化が垣間見えるので。翻訳につなげるとか、そういうことではなくて、完全に趣味としてです。

時間があれば、何度も読み直したいです。
加賀山 :どんな言語でも、サバイバルのレベルまではそれほど難しくありませんけど、そこから先はやはり苦労して単語を覚えたりしなきゃいけませんからね。
深瀬 :一回挑戦してみたいんですが、たとえば英語とスペイン語は近いと言われますけど、今英語を理解したうえでスペイン語を勉強したらどんな感じなんだろうと。挑戦してみたいですね。
加賀山 :タイ語は英語や日本語から近くないのですか?
深瀬 :文型は英語に似ていて、わりと単純ですが、文字が何しろ複雑ですし、発音も中国語みたいに抑揚があって難しいかもしれません。とはいえ、知らない言葉はやはり面白いですね。
加賀山 :仕事以外の趣味をお聞かせください。
深瀬 :お菓子やパンを作ったり、旅行動画を見たり、それから、洋書を読むのが好きです。読みたい本はたくさんあるんですが、読書って心の余裕がないとなかなかできないじゃないですか。仕事が忙しい今はできていません。
加賀山 :どんな洋書を読まれるのですか?
深瀬 :いちばん好きなのは、スティーグ・ラーソンのミレニアム・シリーズとか、ダン・ブラウンとか。ケン・フォレットも好きです。彼らの本はほぼ全部読みました。ダン・ブラウンもミレニアムも、今年は新刊が出るので読みたいんですけど、なかなか。今年は子供のPTAと、地区の役員もありまして、翻訳の納期が迫っているときにそのような用事が入っていたりすると、カーッとなります(笑)。
あと英語の勉強と言えば、ナショナル・ジオグラフィックは今も英語で購読していて、日経の英語版も毎日読んでいます。
■ 「3年は生活が苦しくてもがんばろう」というのは大きな決断だったと思いますが、その覚悟が報われたのですね。タイ語も含めて、今後もお仕事が広がりそうな気がします。