
池田 美和子さん
フェローで映像翻訳を学び、フリーランスに
プロフィール
映像翻訳者。大学では英語を専攻し、4年間少林寺拳法部の活動に精を出す。
大学卒業後、商用車メーカーで人事の仕事に従事する傍ら、フェロー・アカデミーで字幕・吹替翻訳を学び始める。翻訳の道に進むために転職を決意し、計測器の輸入商社で日英翻訳の仕事に約4年半携わりながらフェローでの学習を継続。2015年にフリーランスに転身し、以降あらゆるジャンルの映像翻訳、映像関連の資料翻訳を手がけている。
最近の担当作は「ベサニー・ハミルトン:アンストッパブル」「バースデイ・パーティ/天国の暴動」「キツネのフォスとうさぎのハース~森を救え~」「プライム・ターゲット 狙われた数列」「ラブ・ユー・トゥ・デス」「バカニアーズ」シーズン1、2など。
趣味はランニング。仕事や家事の合間を縫って走行距離を稼ぎ、毎年秋~冬のレース出場を目指している。
映画やドラマの字幕を中心に
加賀山 :今日は、映像翻訳者の池田美和子(いけだ みわこ)さんにお話をうかがいます。2015年からフリーランスで活動されていますが、まず、最近手がけられた作品からうかがいましょう。
『ベサニー・ハミルトン:アンストッパブル』、これはサーファーの話のようですね。
池田:はい。昔、『ソウル・サーファー』という映画がありました。サメに襲われて片腕を失ったハワイの女性がサーファーになる実話を描いています。『ベサニー・ハミルトン:アンストッパブル』は、いまもプロのサーファーとして活躍しているその女性、ベサニー・ハミルトンの活動を追ったドキュメンタリーです。
翻訳自体はかなり前に終えていて、リリースされたという話も聞いていなかったのですが、去年、「カリテ・ファンタスティック!シネマコレクション(カリコレ)」で取り上げられ、新宿シネマカリテで上映されました。
加賀山:ドキュメンタリー映画だったのですね。『バースデイ・パーティ/天国の暴動』もそうでしょうか。バンドの演奏活動を追っている?
池田:そうです。バースデイ・パーティは、70年代後半~80年代に活躍していたオーストラリアのバンドです。
加賀山:これは字幕のお仕事ですね。歌詞も訳されましたか? 歌に合わせて訳すのは難しいと思いますが。
池田:権利上、歌詞は訳さないでという場合もあるので、クライアントさんと相談しましたが、今回は歌詞もお願いしますということで、本編中の曲も、エンディングの曲も訳しました。
たしかに歌詞の字幕は難しいのですが、アニメとか、シンガーソングライターが主人公のドラマとかで歌詞を訳す仕事をいただくことが結構ありまして、この作品でもあまり抵抗はありませんでした。
加賀山:歌詞の場合、やはり通常の字幕とは違いますか?
池田:ぱっと見てわかるようにするのは、通常の翻訳でもそうですが、とくに雰囲気をどう伝えるか、どうすれば瞬間的に情景が浮かぶか、というようなことを考えます。バースデイ・パーティはポスト・パンク・バンドなんですが、ぶっ飛んでいるというか、一般の人が「えっ?」と驚くような世界観があるんです(笑)。そこが難しいところですね。
あまり自分の解釈を押しつけてもいけないと思うので、原文を活かしつつ、ボーカルのニック・ケイヴが言いそうなことや雰囲気が伝わるように訳しました。

仕事部屋のデスク。リビングに移動してノートパソコンで作業することもあります。
加賀山:パンクのメッセージだったら、世界を破壊してやるとか?(笑)
池田:それならむしろわかりやすいんですが、なんでこんなこと言うんだろうというような……(笑)。
加賀山:次の作品は、『キツネのフォスとうさぎのハース~森を救え~』。これはアニメでしたね。
池田:はい。オランダの絵本が原作で、「EUフィルムデーズ2025」という映画祭で長編作品のひとつとして上映されました。
加賀山:子供向け、というわけではない?
池田:原作の絵本を見ると文字も多くて、クライアントさんに訊くと、映画祭で幅広い年代の方々が見る予定なので、常用漢字の制限などもないということでした。同じ映画祭で短編の仕事もいただきました。
加賀山:『プライム・ターゲット 狙われた数列』というのはサスペンスですね。
池田:そうです。天才数学者が重大な陰謀に巻き込まれていくドラマで、全話の字幕を担当しました。
加賀山:それから、『ラブ・ユー・トゥ・デス』。
池田:これもドラマで、主人公の不運から始まる物語なんですが、どの登場人物もキャラが立っていて明るく、非常にテンポのいいラブコメです。原語はスペイン語なんですが、英語のスクリプトをいただいて訳しました。ときどき英語以外の作品が来ることもあり、昨年はタイ語のドラマも訳しました。タイのドラマはとくにBL(ボーイズラブ)系の配信が増えていて、私が担当したのも、イケメン同士の恋愛を扱った作品でした。
加賀山:タイのドラマが増えていることについては、ほかの映像翻訳の方もおっしゃっていました。そして、AppleTV+で配信された『バカニアーズ』のシーズン1と2。「バカニアーズ」というのはどういう意味ですか?
池田:原語の意味は、カリブ海なんかの「海賊」です。1870年代のアメリカの裕福な女性たちのドラマなんですが、彼女たちは、お金はあっても称号とか家柄がないので、社交界の仲間入りができないんですね。そこで結婚してステータスを手に入れようと、わざわざイギリスに渡る。そういう意味での「海賊」です。
加賀山:ネタバレになるかもしれませんが、彼女たちのその作戦はうまくいくのですか?
池田:それが、ひと筋縄にはいかなくて。公爵と結婚しても、ほかに好きな人がいたりします……。イギリスの家族はもともと貴族なので、義理のお父さんやお母さんにも好かれなかったり。
加賀山:アメリカ英語をしゃべるだけで、「あなたどっかに行って」という感じかもしれませんね。
池田:まさに異文化の衝突という感じで、「何、あの子たち」という目で見られるシーンもありました(笑)。
会社員時代から翻訳の勉強を開始
加賀山:ほかにもいろいろ訳されていますが、とくに記憶に残っている作品はありますか?
池田:駆け出しのときに、ダンスオーディションのリアリティ番組を訳したことがありまして、それをよく憶えています。歌のオーディションの番組もありました。
加賀山:わりと音楽に縁があったんですね。担当されたほかの作品のなかにも、ピアニストのラン・ランのディズニー音楽や、X JAPANのYOSHIKIさんが出ているものもあります。
池田:私自身は音楽をやりませんし、それぞれクライアントさんも違うので、1社から続けて依頼していただいているわけではないんですが、音楽関係はいろいろありますね。
加賀山:クライアントとおっしゃるのは翻訳会社でしょうか?
池田:はい。翻訳会社さんとか、日本語版制作会社さんです。ふだんよく連絡をいただくのは3、4社で、登録自体はもっとあります。
加賀山:邦画の英語字幕も作られています。こういう仕事もされるのですか?
池田:英語字幕の仕事もときどきいただきます。
加賀山:字幕翻訳者でも、英日はたくさんいらっしゃいますが、日英はあまりいないと思います。英語の場合にも字数制限はあるんでしょうか?
池田:あります。表示可能な字数は日本語字幕より多いのですが、英語字幕も文字数の制限があります。
加賀山:英日の字幕の仕事と比べてどうですか?
池田:ぱっと見て目に入りやすい字幕というのは、英語でも日本語と同じように心がけていますが、私の場合、英語は母国語ではありませんし、バイリンガルでもないので、ネイティブの方が見て自然な表現かどうかということはつねに気になります。もちろん最終的にはネイティブチェックをしてもらいますが、やはりたくさん赤が入るのは英語の字幕のほうですね。
加賀山:経歴についてうかがいます。自動車メーカーで人事を経験されたとありますが、これが最初に就職した会社ですか?
池田:そうです。トラックメーカーでした。
加賀山:ふつう人事部というのは、会社でわりと長く働いてから行くイメージがあります。
池田:そうなんですよね。海外営業を希望していましたが、なぜか人事に配属されて(笑)。ただ、海外人事で、海外駐在者の給料などを扱う仕事でした。そのあと転職して、計測器の専門商社でおもに日英の実務翻訳をやりました。海外のメーカーから計測器を仕入れて、日本の客先に販売する会社なので、主に各分野の計測器メーカーと、日本側の営業や技術の人たちとのメールのやりとりを英訳していました。
加賀山:そこで4年半ぐらい働かれたようです。
池田:そのまえの自動車メーカーにも4年半ぐらい勤めていました。翻訳の勉強は自動車メーカーにいたときから始めて、まずフェロー・アカデミーの翻訳入門から学びました。

ランニング以外の楽しみは家族と夢の国(舞浜)に行くこと。回数を重ねてだいぶ詳しくなり、余裕を持って楽しめるようになりました。
加賀山:通信教育ではなく、学校に通われたんですか?
池田:はい。フェローさんに直接通いました。そうしてしばらくたったときに、仕事でも翻訳をやりたいと思い、転職したんです。
加賀山:翻訳入門のあとは何を学ばれましたか?
池田:翻訳入門と映像基礎を同時期に受講し、その後は吹替・字幕それぞれの実践クラス、ゼミクラスに進みました。ゼミクラスは何年か継続して受講しました。
加賀山:どうして映像翻訳の道に進もうと思ったのですか?
池田:もともとは、高校のときの先生に字幕翻訳という英語の仕事があることを教えてもらったんですね。そこで戸田奈津子さんの名前が出てきました。高校時代の「個人課題研究」という小論文の課題でも字幕翻訳について調べ、大学では外国語学部で英語を専攻しましたが、卒論も字幕にからめて書いたんです。
なので、自分ができるとは思っていなかったんですが、映像翻訳が仕事として存在することは知っていました。その後フェローに通いはじめて、先生や先輩からいろいろ実際の話を聞いて、自分も仕事としてやることを意識するようになりました。
加賀山:商社で働くうちに、フリーランスになりたいと思ったのですか?
池田:商社での仕事は日英の実務翻訳でしたから、学校で学びながら、将来どうしようかということを漠然と考えていました。ちょうどNetflixなどが日本に進出してきた頃で、フェローの先生が私たち受講生にいろいろ仕事を紹介してくださいました。会社でも翻訳の仕事をしていましたが、そちらも毎日緊張感を持って全力を尽くす感じだったので両立が難しくなってきて、どこかのタイミングで会社を辞めようと決意しました。
加賀山:その頃の翻訳の仕事は、先生のお手伝いが中心でしたか?
池田:先生の下訳もありましたし、ドラマの字幕を1話ごとに翻訳者に割り振るような仕事も引き受けていました。
加賀山:会社員時代に事実上、翻訳者としてデビューしていたわけですね。
池田:デビューと言っていいのかどうか。でも、そうですね、辞める数カ月前からはそういう感じでした。休日は全部、翻訳にまわしていました。
加賀山:収入面で不安はありませんでしたか?
池田:もちろんありました。そこがいちばん心配で数年迷っていて、フェローの先生に相談したり、実際にもうお仕事をしている受講生の方の話を聞いたりしました。そのとき、フリーになるなら数年は貯金だけで暮らしていくぐらいの蓄えは必要だよと言われて、そういうものなのかと。
加賀山:私もそうでしたが、会社に勤めながら翻訳もするのは、体力的にもたいへんですからね。すると、フリーになられたあとは、貯金をあまり切り崩すこともなく(笑)、わりと順調に来られたのですね?
池田:そうですね。生活に困ったら近所でバイトするつもりで退職しましたが、幸い完全に収入ゼロになることはありませんでした。配信サービスが増えた時期でもありましたし、先生の下訳の仕事もときどきいただいたりして。
加賀山:2015年からフリーランスということですから、もう10年になります。最初はどうやって仕事を開拓されましたか?
池田:先生の仕事のお手伝いもありましたが、フェローに入学したときからアメリアには入っていましたので、トライアルもたくさん受けました。
加賀山:アメリアに入ってよかったことと言えば、そういうトライアルが仕事に結びついたことでしょうか?
池田:それもありましたし、スカウトで声をかけていただいたこともあります。あと、定例トライアルも勉強になりますね。
マラソン関連の作品を訳してみたい
加賀山:字幕のお仕事が多いようですが、吹替もあるのですか?
池田:吹替もひととおりフェローで学びましたが、最近は字幕の仕事のほうが多いです。自分が映画とかを観るときには、俳優さんの声を聞きたいので字幕を選びます。吹替のほうが時間もかかりますし、自分は字幕のほうがすぐ書けるので取り組みやすい印象はあります。
加賀山:これから訳してみたい分野や作品はありますか? それとも、来たものをどんどん訳していく方針でしょうか?
池田:いただいたものはジャンルにかぎらずやっていきたいのですが、ドラマシリーズも世界に入り込めてすごく楽しいので、ドラマの実績も積んでいければと思います。あと英語字幕も、オンラインの講座を受けたりして勉強を続けているので、これからも取り組んでいきたいです。
加賀山:高校生の頃、字幕翻訳に目覚めたというお話でしたが、やはりそのまえから映画が好きだったということでしょうか?
池田:そうですね。ものすごい映画フリークというわけではありませんが、会社員時代も暇があれば映画館に行っていました。
加賀山:以前、出版社の方との打ち上げがあったときに、「あなたの人生最高の映画は何ですか?」と質問する方がいて、みんな答えたんですね。私は『ゴッドファーザー』だったんですが、池田さんにもそういう映画はありますか?
池田:衝撃を受けたという意味では、『リトル・プリンセス』という映画があります(原作はバーネットの『小公女』)。小学生の頃、アメリカに住んでいたときにそれを英語で観て、人生で初めて映画で泣いたんですね。そのことがずっと残っていて、もしかすると今も映画が好きというのはあの頃から観ていたからかもしれません。
加賀山:原体験があったのですね。映像翻訳以外でやってみたいことはありますか?
池田:趣味がランニングでして、秋とかにレースに出るので、仕事とのバランスをとりながらこれからも走っていきたいです。
加賀山:毎日走っているのですか?
池田:毎日ではありません。週末はかならず1回走るようにしていて、平日にもう1回走れたらな、というくらいです。昔はフルマラソンにも出ていましたが、いまはハーフです。制作会社さんに「何か訳したい作品はありますか?」と訊かれたときには、「マラソンに関する作品があったらやりたいです」と答えるんですけど、いつも「あー、それは……」って(笑)。
加賀山:たしかに、なかなかありませんね。『炎のランナー』とか(笑)。
池田:男子や女子マラソンの中継を録画しておいて、夜に見ながらお酒を飲むのが楽しみなんです(笑)。
加賀山:そうなんですか。いつからランニングを?
池田:計測器の専門商社にいたときです。日本橋の会社で皇居が近く、ランニングクラブがありました。会社の人に走らないかと誘ってもらって、そこからです。慣れるまでは苦しくて、今でもレース中に「もう二度と走りたくない」と思ったりするんですが、終わると忘れちゃうんですね(笑)。
加賀山:私は山登りが好きなんですが、あれは途中がつらくても登ってしまえば景色がきれいだったり、いろいろあるじゃないですか。でも走るのって、ただ走って終わりのような(笑)。
池田:会社員時代はランナーズクラブの先輩たちとレースに出て、そのあとに食べたり飲んだりという楽しみがありました。ただ最近は、会社も辞めてひとりでレースに出ていますから、本当に走って帰るだけです(笑)。不思議なものですね。
でも、私の周りで若い人はあまり走っていません。ランニングのアプリがあって、オンラインでつなげて全国の走行距離ランキングみたいなのが表示されるんですが、見ると年上の人たちばかりなんです(笑)。5、60代の男性が圧倒的に多くて、私より若い人はほとんどいません。

国立競技場発着ハーフマラソンのスタート時。東京都心を走るレースは人気があり、抽選に外れることもしばしば。
加賀山:ランニングも高齢化が進んでいるんでしょうか。登山もやはり高齢の人が増えています(自分も高齢者ですが……)。途中で行き倒れみたいになっている人もいたり。あと女性も増えました。つまり、女性と老人が増えている(笑)。
いまも英語字幕を学んでおられるということですが、ほかに何か勉強されていることはありますか?
池田:世界遺産検定の勉強をしています。ひたすら世界遺産を憶えるんです。まだ始めたばかりですが、世界遺産はドキュメンタリー番組にもときどき出てきますから、それにも活かせるかなと思いまして。でも、結構細かいことまで憶えなきゃいけないんです。「構成資産」という、ひとつの世界遺産を構成するたくさんの建物や場所、動物や自然なども試験に出ます。
加賀山:ランニングといい、わりと苦しい趣味がお好きなんですね(笑)。
池田:そうかもしれません(笑)。
■ ランニングのことをとても楽しそうに話しておられて、このバイタリティが翻訳の仕事にも活かされているのだろうと思いました。将来きっとランニング関係のお仕事も入ってくることでしょう!