五十川 香璃さん
実務翻訳をしつつ映像や出版も視野に
プロフィール
英日・日英翻訳者。大学で英文学を専攻し、在学中に米国へ留学。卒業後は中学校・高等学校で英語科教員として勤務し、授業や担任業務のほか、英語部の顧問や国際交流プログラムの運営を担当。結婚を機に退職し、フェロー・アカデミーのカレッジコースで翻訳の勉強を開始。
コース修了後、派遣社員として外資系IT企業の社内翻訳を担当する傍ら、アメリアなどを通じて複数のトライアルを受験。社内翻訳では主に社内マニュアルやウェブサイト上のヘルプページ、新機能・新サービスに関する社内向けブログポスト、カスタマー向けの文書などのローカライズ・翻訳に携わる。
現在はフリーランス翻訳者として、これまでにマーケティング文書の英日翻訳、教育分野の文書の英日・日英翻訳、Webサイトの日英翻訳などを経験。将来的に出版翻訳と映像翻訳にも携わりたいと考えており、アメリアの定例トライアルなどを活用しながら学習を続けている。
趣味は読書、映画・海外ドラマ鑑賞、裁縫、旅行、自然に囲まれた場所を歩くこと。
企業内の翻訳部門の仕事
加賀山:本日は、千葉県で実務翻訳をしておられる、五十川香璃(いそがわ かおり)さんにお話をうかがいます。さっそく経歴からですが、2024年にフェロー・アカデミーのカレッジコースを修了されました。
五十川:はい。2024年の4月に入学して、今年の3月に修了しました。このまえこちらのインタビューを受けておられた大井祐子さんと同じ代です。
加賀山:そうでしたか。いまは企業内で翻訳をされているとか?
五十川:じつはもうフリーランスになっています。今年7月まで外資系IT企業で派遣社員として社内翻訳に携わっていました。社内マニュアル、ウェブサイトのヘルプページ、新サービスに関する社内周知、カスタマー向けのテンプレート文書などの翻訳やローカライズの仕事でした。
会社に勤めながら少しずつトライアルを受けて、単独の翻訳の仕事をいただけるようになったので、8月に派遣社員は辞めましたが、翻訳だけではやはり収入が足りないので、いまはアルバイトで事務の仕事をしながらフリーランスで翻訳をしています。
加賀山:カレッジコースの最後に就職案内がありますよね。勤められたIT企業は、そのときに紹介された会社だったのですか?

仕事場の様子。最近、手に負担の少ないマウスに新調しました。
五十川:カレッジコースの求人のお話は全部聞きましたが、プロジェクトマネジャーのような仕事が多かったんです。私は企業のなかで実際に翻訳がどう活かされているのかということが知りたかったので、派遣会社に登録して自分で勤め先を見つけました。
加賀山:カレッジコースでは実務、出版、映像といろいろ学ばれたと思いますが、そのなかで実務翻訳を選んだ理由は何ですか?
五十川:最初から実務一本ということは考えていませんでした。カレッジコースに入るまえは、おもに映像翻訳に興味がありましたが、最初から映像だけに絞るより将来的な選択肢を増やしたいと思いました。そして実際に学んでみると、知らなかった世界が見えてきたというか、「実務翻訳ってこんな感じなんだ」ということがわかって、おもしろく感じたのがきっかけです。
加賀山:カレッジコースのまえは一般の大学ですか?
五十川:最初から話しますと(笑)、昔から英語とか海外が好きで、将来は英語にかかわる仕事にぜったいつきたいと思っていました。中学校のころにハリー・ポッターがすごく流行って、本も映画も大好きでしたので、そこから翻訳というものを意識するようになったんです。
加賀山:ハリー・ポッターがきっかけという方、多いですね。
五十川:大学は文学部の英文学科で、在学中にアメリカ留学もしまして、英語漬けの毎日を送りました。それにプラスアルファで教職課程もとって、大学卒業後は中高一貫校の英語教員として6年間働きました。
加賀山:一度、英語の先生になられたのですか。
五十川:はい。卒業してすぐにでも翻訳者になりたかったんですが、どうやってなればいいのか、当時はよくわかりませんでした。これこれの資格をとれば翻訳者になれる、というものもありませんし。また、英語が好きなだけではぜったい通用しない世界だろうとも思いましたので、まずいったん社会に出て、経験を積んでから、翻訳の仕事ができるようになればいいかなと。
加賀山:翻訳って、過去のあらゆる経験が活きる仕事ですからね。
五十川:文化の架け橋になるという意味では、英語教員も翻訳者も似ています。教員の仕事もやりがいがあって、濃い時間をすごしましたが、その後結婚もして、将来的に住む場所や働く場所に縛られない仕事ができるといいなと考えました。そこで、すごく悩みましたが、思いきって昔からやりたかった翻訳の勉強を本格的にやってみようということで、カレッジコースに入学しました。
加賀山:そのことを職員室で発表したら大騒ぎになったとか(笑)?
五十川:たしかに皆さん、びっくりしていました(笑)。
加賀山:カレッジコースのあとの企業内翻訳の話に戻りますが、仕事は絶えずあったのですか? 外資系企業の場合、日本に進出したときに全般的にローカライズすれば、あとは仕事が減るような気もしますが。
五十川:本社はアメリカの大企業でしたが、中身はベンチャーに近いところがあって、翻訳の部署はつねに納期に追われているような感じだったんです。新サービスとか、新機能がとにかく毎月のように出てきて、先週までこれでOKだったのに今週は変えます、みたいなことがけっこうあって(笑)。
加賀山:ローカライズは英日翻訳だと思いますが、日英もあったのですか?
五十川:マニュアルなどは英日ですが、カスタマー向けの文書とかヘルプページで日英翻訳が必要になります。ヘルプページなどは、本社の英語のものがそのまま使えず、日本向けにアレンジしなければいけないので、そういうところは日本の支社で英訳していました。
加賀山:そうやって働きながらトライアルを受けて、だんだん会社以外の翻訳の仕事が増え、フリーランスになられたのですね。
五十川:ありがたいことに仕事が増えたというのもありますが、会社でフルタイムで働いていると、勉強の時間がぜんぜんないんですね。カレッジコースに1年間かよったとはいえ、もっと継続して勉強しなければいけない、フリーランスになってその時間を確保しよう、と思いました。将来的には出版翻訳や映像翻訳もやってみたいという気持ちもありますので。
加賀山:職場自体は楽しかったのですか?
五十川:そうですね。スピード感もあるし、刺激的だし。会社組織ですから、まわりの人たちとの連携が欠かせなくて、いろんな部署とかかわりました。私はまわりとコミュニケーションをとりながらする仕事も好きなので。 一方、いまはいまで、バランスをとりながら、自分のペースで仕事ができるのはうれしいですね。
加賀山:アルバイトもされているそうですが、フルタイムではないのですね?
五十川:はい。それは週に2、3回です。
学術系の資料やウェブサイトの英訳も
加賀山:アメリアに入ったのはいつですか?
五十川:カレッジコースを受講したときに無料で入れました。そのまま無料期間がすぎても継続しています。
加賀山:トライアルはいつごろ受けましたか?
五十川:いつ受けたらいいのだろうということについて、最初から悩んでいました。何がきっかけになったかというと、カレッジコースを修了する条件として、前期と後期に翻訳力診断テストというのがあるんです。実務、映像、出版の3分野から少なくとも1分野を選んで受けます。私は前期も後期も3分野すべて受けましたが、そのテストが実際の仕事のトライアルを想定した内容で、自分が訳したものを先生や翻訳会社のプロの方に見てもらえる貴重な機会なのです。
後期の実務分野のテストを受けたところ、 ちょっとおこがましいんですが「プロの翻訳者として通用するレベル」という評価をいただいて、おかげさまで実際のトライアルを受けてみようという気持ちになれました。なので、初めて本番のトライアルを受けたのは、カレッジコースを修了する少しまえの2月か3月ぐらいです。
加賀山:なかなかトライアルに合格しないという話も聞きますが、そこは早いうちにクリアできたのですね。
五十川:題材が自分に合っていただけだと思いますが、意外に早く合格しました。ですが、まだまだ新規開拓中で、いま契約しているのは、アメリア経由と直接受けたところを含めて3社です。初めてお仕事をいただいたのはこの夏からで、合格からけっこうあいだも空きましたから、この先どうなるかは正直わかりません。
加賀山:ただ、登録してもなかなか仕事が来ない場合もあるようですから、順調と言えそうです。
五十川:それとは別に、アメリアでは定例トライアルも受けていて、学習に役立っています。AやBといった客観的な評価が得られますし、毎回ではありませんけど講評が返ってくることもあります。
加賀山:いまご登録の3社から来る仕事はどういうものが多いのですか?
五十川:最初は外資系IT企業のマーケティング資料でした。IT企業で実際に働いた経験が活かせたかなと思います。カレッジコースでIT・マーケティングの授業も受けたので、そこで学んだ知識もすごく役に立ちました。その会社のスタイルガイドや「トーン・オブ・ボイス」(顧客とコミュニケーションをとる際の一貫した言葉遣いや表現スタイル)を守りつつ、いかに読み手を引きこむような文書に落としこむかという過程自体はすごく難しいんですけど、やりがいのある仕事でした。
加賀山:「トーン・オブ・ボイス」という言い方があるのですね。
五十川:「トーン・アンド・マナー」ともいって、その企業独特の話し方とか、単語の選び方についての説明が資料として送られてきます。それを読みこんだうえで訳していきます。
もう1社からいただいたのは学術系でした。大学で論文執筆のためにアンケートをとる教授がいらっしゃって、そのアンケートを英語から日本語にする仕事でした。
加賀山:政治学とか心理学とか、分野でいうとどのあたりですか?
五十川:音楽系ですかね。
加賀山:音楽系? それは予想外(笑)。
五十川:専門分野だったのでけっこう難しくて、かなり調べ物もしました。3番目は日英翻訳でした。企業の歴史を紹介するウェブサイトの社史の部分で、これも事実関係の裏取りがたいへんでしたね。ただ、カレッジコースで日英翻訳を通年科目として受けていて、そこで社史に関する翻訳を扱ったので、とても参考になりました。
加賀山:日英翻訳のときにはネイティブの人にチェックをしてもらいますか?
五十川:守秘義務があるので、私のほうから誰かに頼むことはできないのですが、翻訳会社にネイティブのチェッカーがいて、チェックしてもらったものを再度私が確認するという流れでした。
わらしべ長者のようなキャリアアップを
加賀山:どんな仕事が来るか予測できないというか、本当にいろいろですね。
五十川:そうですね。いまは、この分野だからやらないというようなことはせずに、いただける仕事は選り好みしないでやりたいと思っています。
カレッジコースのIT・マーケティングの授業で、舟津由美子先生が「わらしべ長者のようにキャリアアップしていく」というお話をされました。わらしべを何に変えていくかは自分次第で、よりよい「わらしべストーリー」を作るには、柔軟であることが大切だというアドバイスでした。それがいまも頭に残っています。
いまやっている仕事が将来やりたい仕事と直接つながらないように見えても、やっぱりやったことは自分の経験になるし、その経験はかならずどこかでつながる瞬間がある、という教えが心の支えになっています。ですから選り好みをせず、自分のめざす方向に少しでも近づけるように、いま持っているお仕事のわらしべを次のものに変えていきたいです。
加賀山:いい話ですね。先ほど、将来的には出版翻訳や映像翻訳も考えているとおっしゃいましたが、ここからどういう方向に進みたいですか?
五十川:しばらくは実務翻訳で実績を積みながら勉強をして、出版翻訳もめざしたいです。カレッジコースの布施由紀子先生にも、ぜひ上級に進んでくださいというようなことを言われましたので。
加賀山:いろいろ褒められています(笑)。
五十川:ありがたいことです。といっても、お金がないのですぐには習えないのですが(笑)、いずれは勉強して挑戦してみたいです。私自身、固い文章というか、具体的な文章を書くのが得意なほうなので、とくにノンフィクション系に興味があります。
映像も気になっていまして、これも1年ちょっと学んだだけでは難しいので、この先もっと勉強して、よりクリエイティブな翻訳に携わっていきたいという思いがあります。勉強の一環として、2024年から現在にかけてTED Translatorsという字幕作成プロジェクトに参加しています。TEDトークに字幕をつけるボランティアなのですが、こうした活動を通して字幕作成の感覚を忘れないように努めています。
加賀山:映像ではどういう作品がお好きですか?
五十川:作品は全般的に見ますが、いつかやってみたいと思うのは、海外ドラマですね。シットコム(シチュエーション・コメティ)の笑える系からシリアス系まで、いろいろ観ています。いまは媒体がたくさんあって、活躍する翻訳者さんは足りていないというような情報も耳にしますから、訳してみたい気持ちはあります。
加賀山:そのうち映像関係のトライアルを受けたりも?
五十川:まず勉強してからではありますが、いずれ受けたいと思っています。年齢制限がないのが、この仕事のいいところなので。
加賀山:そうですよね。私も数年前、急に大学時代とか中高時代の友だちの集まりや飲み会が増えたことがあって、どうしてだろうと思っていたら、みんなそろそろ定年で、ガラッと生活が変わって時間もできたからなんですね。私がそういうことを意識していなかっただけで(笑)。いま年金だけでは生活できませんから、何かしなきゃいけないわけですが、翻訳はそういう意味で助かる仕事です。

趣味の裁縫。気分転換にミシンをかけていると、あっという間に時間が過ぎます。
五十川:そういう翻訳者になりたいですね(笑)。
加賀山:フリーランスで時間を自由に使えるようになりましたが、翻訳以外で日課としてやっていることはありますか?
五十川:読書が趣味なので、ノンフィクションも小説もよく読みます。日本の作者のものも翻訳書も。最近読んでおもしろかったのは『Butter』(柚木麻子著、新潮社)と『ババヤガの夜』(王谷昌著、河出書房新社)です。どちらの小説も英訳されているので、読んで違いを比較してみたいですね。お気に入りの作品は、『ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー』(ブレイディみかこ著、新潮社)です。ノンフィクションだと、2020年に出版された『NO RULES(ノー・ルールズ) 世界一「自由」な会社、NETFLIX』(リチャード・ヘイスティングス、エリン・メイヤー著、土方奈美訳、日本経済新聞出版)や『他者の靴を履く アナーキック・エンパシーのすすめ』(ブレイディみかこ著、文藝春秋)がおもしろかったですね。
あとは、裁縫が好きなので、これもうまくなったら商売につなげられないかなと(笑)。
加賀山:裁縫も年齢とは関係ありませんね。しかし、翻訳も裁縫もずっと家にこもる仕事ですけど、大丈夫ですか(笑)?
五十川:けっこうウォーキングはしています。週に3、4回は朝早く起きて歩きます。ひと駅行くと都内ですから、人が多くて、あまり自然を楽しむ感じではありませんが(笑)。
加賀山:最後に大きな質問ですが、五十川さんにとって翻訳とは何でしょうか?
五十川:難しい質問ですね……翻訳はたんなる情報の伝達ではなくて、読む人の心を動かしたり、行動を生み出したりする仕事だと思っています。なので、原文の意図を丁寧に汲み取って、読む人の文化的背景とか感情にまで内容を届けられるような翻訳者になりたいです。
■ 私の実感としても、翻訳では過去にみずから体験したことがすべて役に立つ(あるいは外に出てしまう)ので、わらしべ長者の話はとても説得力がありました。いまの実務のお仕事が今後、出版や映像のほうにも広がりますように。





