石川 梨那さん
多彩な仕事のなかでの翻訳
プロフィール
フェロー・アカデミーで映像翻訳を学習、映像制作会社でチェッカーを経験。以後、フリーランスに。字幕翻訳、吹替翻訳の他に、バリアフリー字幕、音声ガイド制作も経験。現在は翻訳の他に着付け師、役者としても活動中。
チェッカーの仕事からフリーランスの翻訳者に
加賀山:今日は、東京都在住の映像翻訳者、石川梨那(いしかわ りな)さんにお話をうかがいます。まず経歴からですが、フェロー・アカデミーで最初に「ステップ24」(入門講座)を受講されています。
石川:大学時代に英米文学を専攻して、とくにアメリカ文学を学んだんですが、ちょうどそのころ映像翻訳家の戸田奈津子さんが活躍しておられて、「ああ、こういう仕事もあるんだ」と興味が湧きました。そこで大学卒業後に少し翻訳を勉強してみたものの、ぜんぜん自信がつかず(笑)、いったんあきらめて別の仕事についたんです——フィットネスクラブのインストラクターでした。
加賀山:それは意外な(笑)。
石川:スタジオで教えるインストラクターでしたが、30歳をすぎたころに体力的なこととか、5年後、10年後にどうするかということを考えはじめました。「何か勉強しよう。以前あきらめた翻訳をもう一回やってみたい」と思って、そこで「ステップ24」を受講しました。通信講座でした。10年ぐらい英語に触れていなかったので、また一からという感じでしたが、なんとかついていけそうだったので、通学のコースに進み、次は、出版、実務、映像の3分野が含まれた「フリーランスコース」(現在の名称はベーシック3コース)でした。
加賀山:そのあと映像翻訳の上級講座をたくさん受けられたそうですね。15回ほどということですが。
石川:そんなに受けてましたか(笑)。ほかの仕事もけっこう忙しくなったりして、なあなあで続けていましたかね。中級から上級にかけては、もともと興味のあった映像翻訳に特化していきました。
加賀山:長く受講していると、途中で先生が変わったりしましたか?
石川:いいえ、ずっと同じ先生でした。全部で4〜5年習っていたと思います。字幕と吹替の講座がそれぞれ隔週であって、同時期に受けたりもしました。
加賀山:そうやって映像翻訳を勉強しているときに、とくに気づいたこととか、 印象に残ったことはありますか?
石川:吹替の授業の最後で、声優さんが実際に教室に来て台詞を読んでくださったことがあって、よく憶えています。「自分の訳で大丈夫かな」なんて思いながら(笑)。でもやっぱり声優さんは上手なので、感動しました。
加賀山:アメリアに入ったのはいつごろですか?
石川:フェローに通学を始めたころです。最初の仕事はアメリアで見つけました。映像の仕事でなかなか未経験者を採用してくれるところはないんですけど、たまたまアメリアで見て、だめもとで応募してみたら、トライアルを受けることになって合格したんです。
加賀山:学校で習っているときから先生の仕事を手伝ったりしましたか?
石川:していません。なので、ありがたいことにアメリアで見つけた仕事が最初でした。
加賀山:いまは翻訳者として何社ぐらいに登録していますか?
石川:登録は4〜5社していますが、定期的に仕事をいただくのは2社ぐらいです。
加賀山:学習後、映像制作会社で1年間、チェッカーの仕事もされたようです。それはいつごろですか?
石川:トライアルを受けるまえですね。募集があったので応募して採用されました。アメリア経由だったかもしれません。けっこうグローバルな会社で、日本に進出してまだあまりたってなくて方向性が固まっていない感じでしたが(笑)、仕事はおもに英日の字幕のチェックでした。
加賀山:その仕事からフリーランスになったときには、何かきっかけがあったのですか?
石川:大学卒業後に会社に就職していなかったので、ずっと机に座っているということが苦手で、1年間会社で働いてみると、体調を崩すことが多かったんです。インフルエンザにかかったり。
加賀山:インストラクター時代はフリーランスだったのですね。
石川:はい。なのでまた、会社員からフリーランスに戻りました。
翻訳のほかにもさまざまな活動を
加賀山:いまはどういうお仕事が多いのでしょうか?
石川:字幕翻訳と校正が4対6ぐらいの割合です。
加賀山:校正のほうは以前勤めていた会社から引きつづき依頼されているとか?
石川:それはなくて、別の翻訳会社からです。
加賀山:チェッカーとして働いていたことが、いまの仕事に活かされている面はありますか?
石川:いろいろな訳を見てきたので、「この人うまいな」というのはわかりますね。私自身、いくらか盗んだかもしれません(笑)。
加賀山:出版翻訳でもそうですけど、自分の訳を評価するのはすごく難しいですよね。チェッカーをすると、そのへんの訓練になるのかとも思いましたが。
石川:自分の訳を客観的に評価するのは別の能力かなという感じです。ただ、このまえキネコ国際映画祭の仕事をいただいて、吹替を担当した作品を観る機会があったんですけど、そのときには「こうすればよかったな」とちょっと後悔するところがありました。
加賀山:客観評価できているような(笑)。そういえば、映像翻訳をする方から、キネコ国際映画祭にかかわったという話をよく聞きますが、ボランティアのときもあるし、翻訳料をもらうときもあるのですか?
石川:そうですね。私も今年を合わせて4回やっていますが、翻訳料はもらっています。
加賀山:フリーランスの翻訳者になられて何年ぐらいでしょう?
石川:2018年からです。最初は翻訳だけでしたが、ほかの仕事もするようになって、いまも並行してやっています。収入全体で見ると、いま翻訳は半分くらいです。
加賀山:インボイス制度(適格請求書保存方式)の登録もされていますか?
石川:しています。
加賀山:翻訳者のなかには未登録の方もわりといますが、フリーランスでいろいろやっておられるから、やはり登録されているのですね。
これまでの映像関係の仕事のなかで、紹介できるものはありますか? 映像作品の場合、担当してもタイトルを公表してはいけないこともあるようです。
石川:タイトルはあげられませんが、いちばん最初の仕事が、アメリカのプロレス関連の作品でした。実況中継ではなくて、アメリカで放送されたテレビ番組の字幕でしたが、私は残念ながらぜんぜんプロレスを知らなくて(笑)、そういう状態で訳すのが本当にたいへんでした。
加賀山:どうやって乗り切ったのですか?
石川:翻訳会社さんから過去の映像を見せてもらったり、YouTubeに動画があったりするので、それらを参考にしました。あれで調べ物の力はちょっとつきましたね。
加賀山:それが最初のトライアルだったとか?
石川:そうです。最近は映画とかドラマが多くなりましたが。
加賀山:翻訳会社にもよるのかもしれませんが、特定のジャンルがとくに多いということはありませんか?
石川:ジャンルは本当にいろいろですね。最近の仕事で多いのはポストエディットです。字幕でしか経験はありませんが、機械翻訳されたものを字幕のフォーマットに直すというものです。話者が認識できないのか、話がかみ合っていなかったり語尾がおかしかったり(笑)。
加賀山:まだレベルが低いんですね。字幕と吹替ではどちらがお好きですか?
石川:今後増やしていきたいなと思っているのは吹替です。なぜかというと、いまちょっと演技を習っていて——
加賀山:演技? 俳優ということですか?
石川:そうです。声優の先生に教わっていて、習っている生徒も声優の卵とか駆け出しの方が多いんです。
加賀山:内容はアニメとかですか?
石川:アニメや海外ドラマです。3年ぐらいまえに少し仕事が来なくなった時期がありまして、まえから映像作品の撮影の裏側を見てみたいなと思っていたので、そのタイミングでエキストラとして現場に入るようになりました。最初に出演したのが時代劇だったんですけど——
加賀山:時代劇!
石川:実際にやってみて、「こんなに多くの人がかかわっているんだ」と実感しました。「こういう思いを壊さないように翻訳しなきゃいけないな」と。それが演技を習いはじめたきっかけでもあります。エキストラの事務所にはいまも所属しています。

深夜ドラマの刑事役で手錠をかけさせていただきました。
加賀山:出演は「この日に来てください」というふうに指定されるのですか?
石川:こちらのほうから空いている日に応募して、選ばれれば出演する、という感じです。
加賀山:これまでのインタビューで、そういう仕事をしている方はいなかったと思います。
石川:あまりいないかもしれません(笑)。よく「訳者は役者」と言われますし、何かしら得られるものがあるのではと考えています。
加賀山:「表現する」という意味では翻訳と共通するところがありますよね。撮影場所はだいたい東京ですか?
石川:東京が多いんですけど、長野とか地方に行くこともあります。海外の撮影を日本でやることもあって、今年はたまたまアメリカの作品に出演して、雰囲気が違っておもしろかったです。ただの通行人役もありますが、台詞がつくこともあります。
加賀山:韓国ドラマなどでも日本が舞台になったりしますよね。

年末年始はひたすらマネキンで練習し、何とか成人式当日を乗り越えました。
石川:いちばん思ったのが、よく作品の特典映像とかで、俳優さんが撮影の裏話をするじゃないですか、スタジオはこうだったとか。そのなかで、撮影中に雨を降らすシーンについて話していたことがあって、私は雨を降らす機械の実物を見ていたので、よく理解できました。タンクローリーのような車にシャワーがついていて、本物のように雨を降らす装置があるんですよ。
加賀山:実際に見ているとぜんぜん違いますよね。すると俳優業をしながら、夜は翻訳というような生活なのですね?
石川:エキストラの仕事はそう多くはありませんけど、あともうひとつ、これは始めたばかりなんですが、コロナのときに、まえから着物を自分で着てみたいなと思っていたので、着付け教室にかよいはじめました。自分で着られれば満足だったんですが、「先のクラスに進んでみない?」と言われて、結局どんどん進んで、1月の成人式で着付けを担当することになりました(笑)。なので、いま必死で練習しています。
加賀山:それはどうして興味が湧いたのですか?
石川:もともと興味があって、結婚式とかに呼ばれたときにも着物で行ってみたいなと思っていたんです。
加賀山:着付けはインバウンドとかでも需要がありそうですよね。
石川:そうですね。いまちょうど浅草に住んでいるので(笑)、今後増えるかもしれません。
バリアフリー関連の仕事も
加賀山:ほかに何かおもしろいことをやっておられるとか(笑)?
石川:週に1回とか、手伝っている仕事があります。ヨガの配信です。
加賀山:ああ、以前インストラクターでしたからね。
石川:そのつながりもあって。スタジオにインストラクターの方がいて、カメラがあって、その裏で撮影用のカンペを出したり……。
いちばんやりたいのは翻訳ですが、英語も日本語もそんなにできるわけではないので、どこで差をつけるかというと「経験」かなと思ったんです(笑)。なので、けっこういろいろなバイトをしたり、経験をしようと思っています。
ひとつきっかけになったのが、コロナのまえの年に病気が見つかったことでした。手術を受けたんですが、「病気も他人事じゃないな」、「やりたいことはやれるうちにやらなきゃだめなんだ」とすごく思ったんですね。
加賀山:そうですよね。翻訳でもほかの仕事でも、これからやりたいことはありますか?
石川:文化としてヒップホップが好きなんです。自分自身も昔からダンスをしていますし、アートとかも好きなので、アメリカの1970年代から80年代ぐらいの作品を訳してみたいという思いはあります。映画でもドキュメンタリーでも。
ちなみに、どうしてもやってみたかったジャンルがありまして、若いころ挑戦したんですけど、できなくて、いまやっているのが、ブレイクダンスです(笑)。
加賀山:ブレイクダンス! あれは首とかに負担がかかりませんか?
石川:あまり大技はやっていませんが、力は必要なので体は鍛えられるかなと思って。健康のためにも。
加賀山:話を聞けば聞くほどおもしろいものが出てきますね。
石川:あとはドキュメンタリーをやりたいですね。過去にまだ1回ぐらいしかやったことがないので。ドラマを訳すことは多いんですが、ボイスオーバーはあまり。
とくに歴史関係のドキュメンタリーに興味があります。高校生のときに世界史がすごく好きでした。写真がいっぱい載っている資料集があって、それが大好きで、見ながら脳内で旅行していたような(笑)。

期間限定で行われていた浅草寺のプロジェクションマッピングは、とてもきれいでした。
加賀山:私も受験は日本史と世界史でした。点を取るならたぶん政経や地理のほうがよかったんですが、いま思うと、あの物語の宝庫のようなものから離れらなかったんですね。すると、ヒストリーチャンネルのようなものを手がけたいと?
石川:そうですね。とにかく翻訳はずっと続けていきたいです。あといまはときどき、バリアフリーの聴覚障害者用の字幕の仕事もしています。
加賀山:日本語から日本語の字幕ですね。それもふだんの翻訳会社からの依頼ですか?
石川:以前に字幕で登録したところから声がかかります。英日の字幕と違って、すべてのことばを文字にするんです。1画面に2行までしかかけないので、細かく切って。配信サイトで「日本語CC字幕」と書いてあるものです。
加賀山:言ったことを全部書くのであれば、それこそAIの得意分野という気もしますが?
石川:そうでもありませんね。やはり聞き取りができない部分があって。バリアフリーの関係では、映像作品の「音声ガイド」というのもあって、これも勉強して1回だけ仕事でやらせていただきました。
加賀山:ほかの方のインタビューで聞いたことがあります。「いま湖が映っている」とか、映像について説明を入れるんですよね。
石川:そうです。台詞とかぶらないように入れなきゃいけないので、どこをどうやればいいのだろうと(笑)。字幕や吹替とはまた違う技術で、難しいですね。
加賀山:最後に大きな質問ですが、いろいろほかのお仕事もされているなかで、石川さんにとって「翻訳」とは何でしょうか?
石川:明確な答えではありませんが、お金と時間をかけて何回も学校に行っていますし(笑)、「生涯、突きつめていきたいもの」ですね。
■ ほかの仕事と並行して、というのも翻訳のひとつのあり方だと思います。それにしても、その仕事のバラエティの豊かさに驚きました。うらやましいくらいです。ほかでいろいろ学んだことも、かならず翻訳の成果となって返ってくることでしょう。





