ベガ 希美さん
カナダでIR翻訳の日々
プロフィール
カナダ在住22年の日英IR・金融翻訳者。サスカチュワン大学国際開発学部を卒業後、現地の銀行に5年間勤務。窓口業務や後方事務を通じて、海外金融の実務とビジネスコミュニケーションを深く習得する。
2024年、学生時代に抱いた「日本と海外の橋渡しをしたい」という志のもと、翻訳者として始動。長年の海外生活で培ったネイティブ同等の言語感覚と、銀行員としての実務経験を融合させ、IR・金融分野を中心に手がける。
私生活ではコンペにも出場するボルダリングをはじめ、スキーやキャンプを愛する生粋のアウトドア派。今後は現在の核である金融・IR分野で安定したクオリティを提供しつつ、高い緻密さが求められるメディカル、そして自身のライフワークでもあるアウトドアや愛してやまない「猫」に関する分野など、情熱と知見を活かせる領域への挑戦も視野に入れている。
さまざまな講座で翻訳を学ぶ
加賀山:本日は、カナダにお住まいのベガ希美(のぞみ)さんのお話をうかがいます。おもにIR(Investor Relations/投資家向け情報提供・広報活動)分野の日英翻訳をされています。
まず経歴から。カナダのサスカチュワン大学を卒業して、カナダで就職されました。そもそもカナダに行こうと思ったきっかけは何ですか?
ベガ:高校のときに3週間くらい交換留学でカナダに行って、すごく気に入ったんですね。大学は最初、日本でしたが、休学してカナダに語学留学で行ったときに、やっぱり住みたいと思って(笑)、いったん日本の大学を卒業してカナダに移住しました。

カナディアンロッキーのペイトレイク。高校時代初めてカナダに来た時にこのターコイズブルーの美しさに心を奪われた。
加賀山:そのあとずっとそちらに住む気で就職されたのですね。5年間、カナダの銀行で窓口業務や後方事務をしてから、フリーランスになられました。
ベガ:勤めているあいだに子どもが産まれて、一度復職もしましたが、自分で子どもを見たいという思いがあったので、退職しました。そこからは専業主婦でしたが、仕事を再開する際に、まえから興味があった翻訳をこの機会にやってみようと。子育てとのバランスが取りやすいフリーランスというのも魅力の一つでした。
加賀山:最初からすぐ翻訳の仕事を得るのは難しいと思いますが、どういう感じで始まりましたか?
ベガ:そのときにはまだやりたい分野も決まっていなかったので、とりあえずフェロー・アカデミーの基礎翻訳講座を受けました。
加賀山:プロフィールによると「実務翻訳ベータ」を修了されています。
ベガ:実務翻訳の基礎的な内容でした。医療(メディカル)翻訳もおもしろそうでしたが、バックグラウンドもないので、銀行勤務でなじみのある金融関係の翻訳から始めてみるのがよいと実感しました。
加賀山:たしかにフェロー・アカデミーでは、「メディカル翻訳者のための医療統計学入門」、「ベータ応用メディカル」、「メディカル翻訳-同意説明文書-」も受講されています。ほかにも「翻訳支援ツール(Memsource)基本操作講習」、「翻訳会社ゼミ」、「ポストエディット講座(実践編)」など。いろいろ学んでいくうちに分野が決まってきたということでしょうかね。フリーランスの翻訳者になられて何年ぐらいですか?
ベガ:ちょうど2年です。
加賀山:わりと最近ですね。それまでは勉強されていたということですか?
ベガ:私の住んでいる州では幼稚園は1年間だけのところが多く、入学のタイミングで勉強を始めましたが、幼稚園が週に2-3日ということもあり、集中して勉強というのはなかなかできませんでした。少しずつ基盤を作っていった感じです。途中でコロナ禍もあって、子どもも家にいましたから、時間がとれなかったという事情もあります。
加賀山:そうですよね。アメリアにはいつ入会されましたか?
ベガ:フェローの講座を受けはじめたときだったと思います。現在契約させていただいている会社はすべてアメリアのトライアル経由ですし、スカウトで声をかけていただいたこともあるので、とても役に立っています。
いま翻訳会社は7社と契約していて、メインで依頼が来るのは3社です。
IR翻訳の仕事
加賀山:お仕事の内容ですが、IRの日英翻訳が中心ということですね?
ベガ:7割はIRで、臨時でマニュアルなど、ほかの分野の仕事があります。あとは翻訳のチェックもやっています。チェックも日英なので、いまの仕事で英日はほとんどありません。
加賀山:会社の決算は四半期ごとにありますよね。IRの仕事はそういう節目で来るのですか?
ベガ:はい。大体2-3カ月ごとにIRの仕事が来て、4-6月が繁忙期となります。あいだが空きますので、他の分野の翻訳の仕事を入れたり、レベルアップのために講座をとったりします。
加賀山:勉強も同時進行なのですね。IRというと特殊な分野という感じがしますが、翻訳するときにとくに注意することはありますか?
ベガ:ほかの分野のことはよくわかりませんが(笑)、数字を扱うことが多いです。会社にとってとても大事な情報なので、それはぜったいに間違えないようにします。翻訳でもチェックでも、そこにはすごく注意を払います。ただ、銀行に勤めていたときに数字をたくさん扱ったので、鍛えられている気もしますね。
あとは名前です。会社名、役員の名前なども重要な情報なので、気を遣います。
加賀山:日本語の名前の漢字の読み方など、苦労されるのでは?
ベガ:ふりがながついていたり、過去訳が提供されたりするので、それらを利用します。全体としてIRの翻訳では、素敵な言いまわしで華麗に翻訳するよりも事実を分かりやすく伝えることが重視されて、そういう意味では特殊なのかなと思います。
加賀山:プロフィールの翻訳実績についてうかがいます。まず「決算短信」というのは、四半期や事業年度の報告書のようなものですね。そこに(サマリー&本表)というカッコ書きがありますが、これは?
ベガ:「サマリー」は、最初の3ページぐらいで経営成績の重要なポイントをまとめたものです。「本表」は詳細な財務データと、業績の解説パートです。それを合わせたものが「決算短信」です。
加賀山:短信といっても短くなくて、けっこう分量があるのですね。「招集通知」というのは?
ベガ:株主総会前に会社の株主に発送する通知です。株主総会の日時・場所や、決議事項の内容などが含まれます。それが狭義の招集通知で、そこに参考書類がついています。選任される役員さんの名前や経歴などが記載されています。他には事業報告や計算書類が含まれます。
加賀山:分量はどのくらいになりますか?
ベガ:会社のサイズによっても違いますが、だいたい30-80ページぐらいですかね。短信のほうが短くて、15ページぐらいが多いと思います。不祥事や大型M&Aなどがあるとページ数が大幅に膨れ上がるときもあります。
加賀山:チェックの実績もあげておられます。プレスリリース、招集通知、決算短信、決算説明会資料、決議通知、アニュアルレポートなどありますが、「決算説明会資料」とはどういうものですか?
ベガ:アナリスト、機関投資家、個人投資家に向けて作られたパワーポイントの資料で、業績や今後の戦略についてグラフや図解を使ってプレゼン用に分かりやすく解説したものです。
加賀山:「決議通知」というのは?
ベガ:株主総会でどの議案が可決・否決されたかなどの結果を報告する通知で、1-3ページほどの短い書面です。
加賀山:アニュアルレポートは年に1回のレポートですね。これらの翻訳をチェックする。
ベガ:そうです。会社によって、どのくらいまでチェックするか、深さが違います。数字や名前といったポイントだけをチェックするときと、それに加えて訳文とレイアウトもチェックするときがあって、同じ会社でも今回はポイントだけとか、今回は全部というふうに変わりますし、繁忙期かどうかによっても依頼内容は違います。

趣味のハイキング。子供が生まれる前は毎週登っていたこともある。
加賀山:報酬のもらい方はチェック内容によって違うのですか?
ベガ:チェックの内容によって報酬が異なる会社もあります。この場合は文字数で単価が決定します。チェックにかかる時間で支払いがある会社もあります。その場合、チェック項目が少ない場合短い時間ですむし、チェック項目が増えれば時間が長くなって報酬も増えます。
加賀山:お仕事の納期は、短信や招集通知などの案件によって異なるのでしょうか? チェックだと翻訳の場合より短くなりますか?
ベガ:原文のボリュームや機械翻訳の使用によっても異なりますが、短信や招集通知の翻訳案件ですと、4-7日の納期が多いです。チェックですと、1-3日が平均といったところでしょうか。
加賀山:ポストエディット(PE)の実績もあります。これは機械翻訳で日英にしたものをチェックするということですか?
ベガ:そうです。たとえば、保守マニュアル翻訳のPEがあります。一般のユーザー向けではなく、工場などで使う機器や設備の手順をまとめた文書なので、なじみのないことが多いんですが、YouTubeなどで動画を見たりして、「こういう表現なら合ってるかな?」と調べながらチェックしています。
加賀山:現時点で機械翻訳はうまく訳せていますか(笑)?
ベガ:数字の間違いはありませんね。とてもきれいに訳せているときもあれば、辻褄の合わないときもあります。まだまだ人間の最終チェックは必要だと感じます。
加賀山:ほかに何かお仕事はありますか?
ベガ:AI関連で、アノテーションや翻訳クオリティーのチェックがあります。アノテーションはAIにデータを正しく学習させるためにデータや画像に名前を付けたり、話している言葉を書き起こししたりします。英語で指示書が来ますが、各言語の方言が入った会話などをAIが文字起こしして、それをそれぞれの言語の担当者がチェックします。こういう仕事をIRがないときにやっています。
加賀山:それはAIの学習用でしょうかね。津軽弁とか?
ベガ:いや、そこまでの方言はなくて(笑)、関西弁か標準語ですね。
将来的にはメディカル分野も
加賀山:フェロー・アカデミーのほかにも、サン・フレアアカデミーで、英訳の基本講座や、IR翻訳者のための各講座、医学・薬学に関する講座、さらにサイマル・アカデミーで、日英ディスクロージャー翻訳、英語で学ぶ財務諸表の講座などを受けておられます。どのへんから始めたのですか?
ベガ:最初に受講したのはフェロー・アカデミーでした。ネットで評判を見て、いちばんよさそうだったので。あとは、時間とお財布事情、トライアル合格にはどの知識が必要かなどを考えて受講しています。
加賀山:これらはオンライン講座ですか?
ベガ:通信講座で、教材が届いて自分のペースでやるものが多いんですが、フェローの「翻訳会社ゼミ」はオンラインでした。決まった時間に授業があって、そこで講座受講生用のトライアルがあったので、チャンスが広がりました。よく「3年の経験が必要」といった条件がついて、トライアルを受けられないことがありますから。
加賀山:その話はときどき聞きますね。「最初はみんな経験ゼロなのに、どうやって始めればいいの?」という(笑)。
ベガ:学校が翻訳会社さんを呼んで開いた講座でしたが、私の場合、その会社やほかの提携会社のトライアルを受けて、実際の仕事に結びつきました。通信ではなかなかそういうチャンスがないので、助かりました。
加賀山:大正解でしたね。受講された講座のなかに「ディスクロージャー翻訳」というのもありますが、ディスクロージャーというのは何ですか?
ベガ:「ディスクロージャー」は企業の情報開示全般を指していて、法律で義務づけられている法定開示と、企業が独自の判断でおこなう任意開示があります。そのなかで、おもに投資家やアナリストに向けた任意の情報開示、広報活動がIRです。
ほかの学校の講座でしたが、すごく実務的で、そのあと受けたトライアルで初めて合格したんです。「海外在住の翻訳者」を採用するトライアルでした。時差の関係で、日本の会社が夕方のときにカナダは朝なので、それを利用すると、日本の翌日の朝には翻訳が完了できているからでしょうね。これもまだ経験のない翻訳者にとってはプラスになる条件でした。
加賀山:いまは金融が中心ですが、今後はメディカルにも手を広げたいとか?
ベガ:そうですね。医療系の内容にとても興味があるということ、勉強するなかで、メディカルも事実を忠実に訳すという点で金融と似ていて、私にはなじみのある分野なのかなと思います。
あと、いまは日英のみなので、英日の翻訳も増やしていきたいです。IRは日英がほとんどですが、メディカルの応募には両方ありますから。そのあたりは、いま契約している翻訳会社さんから自然に広げられるとよいなと思っています。

ここ3-4年ハマっているボルダリング。ジムで出会う職種・年齢などが全く違うクライミング仲間たちとの時間はとても貴重なものである。
加賀山:金融以外を扱う翻訳会社とも契約されているのですね。そうやってトライしているうちに3年の条件が満たされそうです。フリーになって2年とおっしゃっていましたから、あと1年。
ベガ:「経験2年」という条件もあることはありますから、少し応募できる案件が増えました。
加賀山:ほかには何か? 映像翻訳に挑戦してみたいとか?
ベガ:映像は楽しそうだなと思いますけど、私は文章をかちかちと訳していくのが好きなので、まだ遠い分野ですね。出版翻訳では、絵本を訳してみたいなと思います。カナダで自分の子どもに日本語と英語の絵本を両方読み聞かせましたが、どちらの言語でも素敵だなと思った本がたくさんありますので。
加賀山:まだ訳されていないものを日本の出版社に売りこむチャンスがあるかもしれませんよね。
ベガ:あとはAI関係が増えていますので、AIに仕事を取られないようにレベルアップしていくことが必須になると感じています。今後はAI学習などに携わることも多くなるのではと思います。違った分野で刺激を受ければ脳が活性化しますし、もとの分野に戻ったときに新鮮な感じもします。
加賀山:今後はずっとカナダにいらっしゃる予定ですか?
ベガ:はい。サスカチュワン大学を卒業したあと、ロッキー山脈のふもとのカルガリーに引っ越して、カナダ在住22年になります。冬はマイナス40度とかになって寒いんですが(笑)、街のサイズもほどよい感じですし、1時間ちょっとで山にも行けて、すごしやすいんです。私は登山やスキー、キャンプが大好きなので。
加賀山:それは最高ですね。寒いといっても、あちらは家のなかは暖かくてTシャツとかですからね。もともとキャンプとか好きだから、カナダに行きたいと思われたんでしょうね。ひょっとしてご主人はカナダの方ですか?
ベガ:メキシコ人です。大学に留学していたときに知り合いました。
加賀山:お子さんはカナダで生まれたから、カナダ人ですね。国際的です。余談ですが、あちらは物価は高いんでしょうか?
ベガ:高いです。なので日本に帰ると食品や日用品が安いので、買いだめしています(笑)。
■ お話をうかがって、IR翻訳のイメージが少しつかめました。偶然ですが、最近、月刊誌『Amelia』でもIR翻訳の特集が組まれていましたね。いま需要の多い分野であることがわかります。それにしても、カナディアンロッキーでの生活、うらやましい!





