アメリア会員インタビュー

伊藤 悦子さん

伊藤 悦子さん

持ち前の探究心で特許翻訳に取り組む

プロフィール

旅行会社での勤務後、単身インドへ。ヨガの聖地といわれるリシケシでヨガの師に出会い、ヨガや仏教の思想、歴史に興味を持つ。その翌年、現地で滞在型ヨガスクールが開校されることを機に、日本人向けの通訳・翻訳者としての職を得る。7年間のインド滞在中は、インド哲学や心理学、解剖学などヨガに関する学びを深めながら、ネパールやマレーシア、エジプトなどを長期で旅行することも。帰国後は、日英翻訳者としてIT関連企業に就職。いくつかの通信講座を通して、技術翻訳について学ぶ。その中で特許翻訳に興味を持ち、特許翻訳に特化した通信講座を受講。アメリアの定期トライアルでAAランクを取得したことをきっかけに、フリーランス特許翻訳者としてデビュー。2021年には、知的財産翻訳検定試験1級に合格。特許翻訳の楽しいところは、常に学びがあるところ。新しいことに挑戦することも好きで、最近はバイオリン教室に通っている。インド哲学にはいまも興味があり、いつか訳書を出すのが夢。

旅行会社からヨガの学校、IT企業へ

加賀山 :今日は名古屋市で実務翻訳をしておられる伊藤悦子(いとう えつこ)さんにお話をうかがいます。今お仕事は何が中心ですか?

伊藤 :今は特許の英訳がメインです。

加賀山 :その特許の内容というのは?

伊藤 :最初は機械・電気が中心でしたが、最近はコンピュータのプログラム関係とかIT関係が増えました。画像やデータの処理に関するプログラムや、通信システムに関わるものが多いです。一方で、例えば美容機器などの身近なものに関する案件もあり、とても興味深いです。来るものはなんでも受けています。

加賀山 :翻訳会社からの依頼ですか?

伊藤 :そうです。特許は未経験でしたが、5〜6年前にアメリアの定例トライアルで特許がテーマになりまして、応募したところクラウンをいただき、それをきっかけに翻訳会社さんからオファーがありました。本当にアメリアさんのお世話になって今に至っています。

加賀山 :アメリアに入会してよかった(笑)。

伊藤 :はい。未経験でもお仕事をいただける、すごくいいチャンスでしたから。フリーランスになって5年半ほどですが、ありがたいことに、その後途切れることなく依頼をいただいています。
 フェロー・アカデミーには、いろいろな分野の短期集中のマスターコースがあって、新しい分野に挑戦しやすいですね。

加賀山 :お仕事は最初から順調でしたか?

伊藤 :そうですね。今の翻訳会社さんから連絡をいただいて、最初は慣れるためにゆっくりしたペースでやらせてもらい、それから徐々に増やしていって、今はフルタイムで働けるほどいただいています。

インドのヨガ

加賀山 :ちょっと変わった経歴をお持ちなんですよね。プロフィールを拝見すると、まず旅行関係の会社に勤められました。そこで翻訳はされていなかった?

伊藤 :していませんでした。旅行の仕事も国内向けだったし、添乗員もしましたが、それも国内だけでしたので。ただ、いろいろな国の情報に触れる機会は多かったので、プライベートで海外旅行はよく行っていました。
 その会社を辞めて、せっかくだから長期の旅行に行こうということで、初めてインドに行きました。そのころヨガをやっていて、インドのヨガはどんな感じかなと思ったんです。そこで出会ったヨガのふたり組の先生が、インド人の旦那さんとカナダ人の奥さんでして、当時は日本人旅行者も多かったので、ヨガを学びにくる日本人のために通訳・翻訳の仕事をしないかと持ちかけられたのです。

加賀山 :そして働きはじめたのですね。

インド時代

伊藤 :彼らの会社がカナダにありましたので、そこに雇われ、職場はインドというかたちで、通訳・翻訳の仕事を始めました。英語も真剣に勉強しました。

加賀山 :それがプロフィールの実績にある「在インド・外国人向け教育施設での通訳・翻訳」ですね。学校で教えるのはおもにヨガだったのですか?

伊藤 :そうです。授業はすべて英語でしたので、習いに来る日本人のためにその場で通訳をしたり、日本語のテキストを作ったりしました。
 インドに行ったのは2005年でしたが、翌年ぐらいからその仕事をして、7年後に日本に帰ってきました。そしてIT企業に入社し、車載システムに関する社内翻訳にたずさわりました。地元が愛知県ですので、自動車関係の仕事が多いんです。

加賀山 :それは英日の翻訳でしたか? それとも日英?

伊藤 :たまに英日もありましたが、おもに日英でした。それまで日本人向けの和訳しかしていなかったので、最初は少し抵抗がありましたけど、やってみようと。2年ほどその仕事をしました。

加賀山 :それから?

伊藤 :退職後に職業訓練にかよって、プログラミングを学びました。

加賀山 :一気に技術系になりましたね。

伊藤 :コンピュータ系の翻訳をするのに、いろんなことを知っておいたほうがいいと思ったんです。

加賀山 :プログラミングは特許翻訳に役立っていますか?

伊藤 :勉強しておいて本当によかったと思います。プログラム関連の翻訳では、機械や装置の翻訳と違って形もなく、図面を追って理解することが難しいので。業界特有の言い回しも多いですしね。基本的な知識がないままにことばだけで翻訳してしまうと、意味不明の訳文ができあがってしまうので、今でも新しい概念はその都度勉強するようにしています。

 その訓練学校にかよっているあいだに、今の翻訳会社さんから仕事をいただけるようになり、しばらく両方をしていました。職業訓練が終わったのと同時に翻訳をフルタイムでするようになったので、移行はスムーズでしたね。

勉強することが楽しい

加賀山 :プロフィールの翻訳の実績のところに、インド哲学、思想、宗教、解剖学、心理学等の講義テキスト・論文というのもあります。

伊藤 :それはヨガの学校にいたときです。インド哲学とか仏教思想の勉強もしますので、そのもとになる文献を和訳しました。

加賀山 :へえー、解剖学まで。あ、これはヨガで必要だから?

伊藤 :そうなんです(笑)。そういう分野も含めて、この時期はすごく勉強しました。でも、楽しかったです。

加賀山 :サンスクリット語も勉強されたそうで。

伊藤 :昔の文献を翻訳するのに必要だと思いました。仏教の文献は、サンスクリット語から一度英語になったものを日本語にするのですが、英語をあいだに挟むので齟齬が生じやすいのです。
 サンスクリット語は単語数が少なく、ひとつの単語の意味が幅広いので、人によって解釈がずいぶん変わります。もとのサンスクリット語の単語がある程度わかれば、英訳した人の思想や解釈が入らない意味を理解しやくなります。

加賀山 :ああ、なるほど。それにしても勉強家ですね。あと、ネパールにあるNPO団体や、マレーシアにある体験型宿泊施設のウェブサイトの英日翻訳もされたようですが。

伊藤 :インドで働いているあいだにいろいろな国に旅行に行きまして、そのときにした仕事です。チベット仏教の勉強もしていたので、ネパールにはわりと長く滞在しました。しばらくうちに泊まらせてあげるから日本語に訳してもらえないか、というふうに依頼されて。
 マレーシアもそんな感じでした。こちらは完全な観光施設でしたが、動物保護のような活動もされていたので、外国の人に少しでも知ってほしいということだったようです。

加賀山 :そういう文書は各国語に訳されていたのでしょうか?

伊藤 :そうです。私は日本語担当でしたが、ほかの国の人たちにもお願いしていたようです。インドでも、同じヨガの会社が学校を作って、貧しい子供たちを受け入れるようなNPO団体を運営していたので、その資料を日本語で作って寄付を募るようなことを手伝いました。

加賀山 :旅慣れた人はインドに行き着くと聞いたことがありますけど、すごい活動力ですね。
 今のメインの特許の英訳で、とくに気をつけていることはありますか?

伊藤 :わかりやすいことばを使うことでしょうか。私は大学で英語を専攻したわけではありませんので、ちょっとコンプレックスがあるのですが、英訳の場合には自分のボキャブラリーの範囲でできるだけわかりやすい文を作ろうとしますから、逆にそれがいいのかなと思っています。
 特許でしか使わない表現もありますね。そのへんはIT企業で2年間働いていたあいだに通信教育で学びました。英日基礎、IT関連の実務翻訳、環境関連と特許の日英翻訳の通信講座を受けました。

加賀山 :そこからアメリアの定例トライアルにつながったのですね。

伊藤 :はい。特許っておもしろそうだなと初めて思ったのも通信講座でした。

加賀山 :それはインドから帰ってこられたあとですよね。そのころからフルタイムで翻訳をしたいと思っていましたか?

サンスクリット語教室

伊藤 :あまり深く考えてなかったんですけど(笑)、英語を使う仕事がしたくて探していたときに、たまたま見つかったのが英訳の仕事でした。

加賀山 :資格もいろいろ取得しておられます。一般旅行業務取扱主任者というのは、最初に就職された旅行会社のときですね。ほかに、通訳案内士、工業英検2級、初級システムアドミニストレータ、などなど。

伊藤 :帰国してからは、受けられるものはなんでも受けました。ずいぶん昔のものもありますが(笑)。つねに何かやっていないと落ち着かなかったんでしょうね。

加賀山 :今も何か勉強中でしょうか?

伊藤 :日々の仕事が勉強になりますけど、ほかにはあまり。ただ、インドの文献は好きですのでよく読んでいます。あと、東京の武蔵野大学という仏教系の大学でサテライト教室がありまして、月に2回かよってサンスクリット語で経典を読むのが楽しみでした。残念なことに、コロナで授業そのものがなくなってしまいましたが。

旅行中に定例トライアルに応募

加賀山 :そもそも仏教に興味を持たれたきっかけは何でしょう。

伊藤 :ヨガからですね。仏教もヨガもルーツは同じで、そこから分かれていったはずなので。その同じ部分がわかれば、宗教や儀式なんかを取り除いた「純粋な思想」みたいなものがわかるんじゃないかと。そういうところはこれからも追究していきたいですね。

加賀山 :そもそもヨガを始めたきっかけは?

伊藤 :これはたんに健康のためです(笑)。旅行会社にいたときに、肩こりがひどかったとか、そういう理由で始めました。でも、ヨガってなんだろうと調べてみると、ただの健康体操ではないということがわかりまして、興味が湧いたんですね。

加賀山 :プラクティカルな理由で始めたのに、源流を探るようなところまで……だから旅行先としてインドが自然に出てきたのですね。

伊藤 :そうですね。インドかタイと思っていました。

加賀山 :タイのほうはどうして?

伊藤 :断食道場があって(笑)、おもしろそうだなと思いまして。

加賀山 :ヨガか断食道場の選択ですか(笑)。とはいえ、ほかの国にも行っておられますよね。エジプトとかイタリアにも。スペインのサンティアゴ巡礼路も。私、あそこ歩いてみたいんです。行かれたのは旅行会社を辞めたあとですか?

伊藤 :IT企業を辞めて、職業訓練学校に行くまえです。ちょうどその旅行中に定例トライアルを受けました。

スペイン巡礼

加賀山 :えっ、旅行中に?

伊藤 :パソコンもありませんから、携帯で訳文を書いて、それをノートに写して、チェックして送ったら、合格して……いい思い出です。

加賀山 :どうしてそのときにはアジアではなく、スペインに行かれたのですか?

伊藤 :どうしてでしょう。やっぱり信仰の力というものに興味があったからかな。信仰の力だけで、あの長い道のりを1カ月歩きつづけるじゃないですか。そこがすごくおもしろいと思って。途中とか最後の部分だけ歩く人もいますけど(笑)。

加賀山 :エジプトはまたどうして行かれたのですか?

伊藤 :ベリーダンスを習っていたので、本場に行ってみたいと。

加賀山 :源をたどらずにはいられない性格なのですね(笑)。

伊藤 :そうかもしれません。つねに本物を見たいというか。

ことばの壁を取り除く仕事がしたい

加賀山 :翻訳という仕事の魅力はどういうところでしょう?

伊藤 :うーん……なんか生まれ変わっていく感じ(笑)? 何もないところから生み出すのはむずかしいし、苦手なんですが、元があるものを、形を変えて新しくよみがえらせるという感じが好きです。

加賀山 :ああ、それはわかります。

伊藤 :最初はざっくり訳して、だんだん研ぎすましていく。余分なものを取り除いて、育てていくというか。

加賀山 :育てていく――おもしろい表現ですね。ITとか機械関連というのは、ご自身の興味分野から少しはずれたところかなとも思いますが、どうなんでしょう?

伊藤 :今までなかった新しいものはおもしろいと思いますね。特許を扱っていると、こんなに技術が進んでいるのかと知るきっかけにもなるし、自分が翻訳にかかわったことが、モノとしてこの世に残っていくのが興味深いです。

加賀山 :翻訳した技術がここに使われている、と気づいたりすることがありますか?

伊藤 :あります。例えば、電子タバコとか。たまたま購入したシェーバーが、自分が翻訳したメーカーのものだったということもありました。あとは例えば自動車のパーツやエレベーターの仕組みに関する翻訳をしているときには、今まで目を向けていなかった細かい部分が気になったりしますね。

加賀山 :ふだん翻訳の勉強として心がけていることはありますか?

伊藤 :このところ、自分の日本語力が落ちてきているなと感じています。会社勤めをしていたころは、仕事が終われば自由時間だったので、通勤途中や寝るまえに本を読んだりしてたんですが、今は空いている時間があれば仕事を入れてしまうし、日本語をアウトプットすることも減っています。
 ですので最近は、フィクション、ノンフィクションにこだわらず、意識して日本語の本を読むようにしています。フリーになって5年間、経歴を積むために仕事中心でやってきましたから、ちょっと見直そうと思っているところです。

加賀山 :働き方改革ですね(笑)。これからやりたいことや、進みたい分野はありますか?

伊藤 :インドの思想に関してはもっと勉強したいし、好きな先生の著作もたくさんありますので、いつかそういうものが訳せればいいなと思います。

加賀山 :観光に関する翻訳にも興味があるとか?

伊藤 :そうですね。観光についても、自分が翻訳したものがそれまで知らなかったことを知ってもらう機会になればうれしいですね。英語がわかるとすごく世界が広がるじゃないですか。ことばの壁を取り除いてあげれば、読む人の可能性も広がると思うんです。これからもそういうふうに、あいだに入ってことばの問題を解決する役割を果たしたいですね。

加賀山 :これから特許翻訳をしたいというかたにアドバイスがありますか?

伊藤 :専門的な講座を受けて、ベーシックなことを勉強しておくのはすごく大事です。それから、いつチャンスが来ても逃さないように、ムダかもしれないと思うような準備もしておくことは大切だと思います。例えば用語集を作ってみるとか、対訳集を作ってみるとか。特許翻訳はツールとの相性も良いので、なにかひとつでも使えるようになっておくのも良いと思います。ほかには、特許翻訳に関する書籍は多くはないので、ひと通り目を通しておくと良いと思います。
 あとは、興味を持つことですかね。技術に関しても、新しいことばとか新しい概念に出会ったときに、おもしろいと思って調べたりすると、いろいろな角度から理解できます。そこで調べるのが面倒くさいという人は、あまりこの仕事に向いていないのかもしれません(笑)。

加賀山 :そこはけっこう素養の問題かもしれませんね。

■常人離れした探究心と行動力。それがお仕事にも活かされているのだと思います。語学の話など、私も大いに刺激になりました。いつか念願のインド思想の翻訳にもたずさわれますように。

関連する会員インタビュー
地方で翻訳実務翻訳特許