アメリア会員インタビュー

松下 千尋さん

松下 千尋さん

中国語の映像翻訳で活躍中!

プロフィール

大学在学中、中国と台湾の姉妹協定校に交換留学し、卒業後は在外公館職員として台湾に駐在。通訳・翻訳業務の他、政府関係者の視察対応、日台文化交流事業などを担当。その後、映像翻訳会社などを経て、メーカーの社長秘書兼通訳として中国に駐在。2020年に帰任後、幼い頃からの憧れだった映像翻訳者になるため一念発起。役員秘書を続けながら、字幕翻訳スクールを修了し、2021年から中日字幕翻訳者として映画やドラマの翻訳に奮闘中。今後は専業フリーランスとして、字幕翻訳以外にも吹替翻訳や他言語の翻訳を手掛け、マルチに活躍できることを目標にしている。

紆余曲折を経て、憧れの映像翻訳の世界へ。
中国・台湾の映画やドラマの面白さを広めたい。

加賀山 :今日は兵庫県で中国語の通訳・翻訳をしておられる、松下千尋(まつした ちひろ)さんにお話をうかがいます。中国語を訳しておられる方のインタビューは初めてですので楽しみです。今はどんなお仕事がいちばん多いのですか?

松下 :中国語から日本語の字幕翻訳ですね。

加賀山 :プロフィールには、ラブコメ、ファンタジー時代劇などのドラマや、アクション映画があげられていますが、現在はどんな作品を訳しておられますか?

松下 :今は中国の時代劇で、それも大河ドラマのような硬いものではなくて、構想ファンタジーというか、フィクションの要素が強い作品です。

加賀山 :訳すペースはだいたいどのくらいですか?

松下 :昼間はフルタイムで会社に勤めていまして、翻訳は残りの時間でやっています。時間がかぎられているので、たくさんはできないのですが、45分のドラマを1週間に1本仕上げるようなペースです。急なご依頼には週2本、対応することもあります。

加賀山 :翻訳会社からの依頼ですか?

松下 :はい。トライアルを受けた翻訳会社からいただいています。去年忙しかったときには、3社ぐらい掛け持ちで仕事をしていたんですが、会社との両立が難しく、今は無理のない量をお受けするようにしています。

加賀山 :依頼される翻訳会社は中国語が専門なのでしょうか?

松下 :ひとつはアジア専門の会社から案件をいただいています。韓国語も扱っていて、自社で映像の版権の買いつけもしている所です。

加賀山 :お仕事は全部字幕ですか?

松下 :全部字幕です。吹替も勉強して仕事の幅を広げたいんですが、今はちょっとキャパオーバーになってしまいそうなので。駆け出しということもあって、しばらくは字幕に集中するつもりです。

加賀山 :タイトルは出せないかもしれませんが、担当された作品のなかで印象に残っているものはありますか?

スポッティング作業に必要なヘッドホン。細かい音も拾ってくれるお気に入りですが、結構重いので、スポッティング以外は軽いヘッドホンを使い分けています。

松下 :今人気なのが台湾のBL(ボーイズラブ)ドラマでして、お話をいただいたときには、私自身あまりなじみのない世界で、独特の言葉遣いを調べたり、ちょうどBLに詳しいチェッカーさんだったので、教えてもらったりしました。

加賀山 :台湾でそういうドラマが流行っているんですね。

松下 :台湾は日本に比べるとその辺りに寛容だと感じます。同性婚も合法化されていますし。ドラマに出ている役者さんも日本で人気があって、ファンミーティングも開催されているようです。

加賀山 :中国と台湾では、どちらのお仕事が多いのですか?

松下 :今は中国ですね。創作時代劇みたいなものがどんどん出てきていて、配信も多いので。私が見た作品や担当した作品で言えば、宋代や唐代をベースにした恋愛ドラマが多かったです。中国語で「甜寵劇」と言うのですが、男性主人公がヒロインを溺愛するタイプのドラマが流行っていましたね。
 Netflixなどで配信されるドラマでは、まだ韓国のものが圧倒的に多いんですが、中国作品も増えてきています。

翻訳会社でチェッカーやコーディネーターの仕事も

加賀山 :経歴を拝見すると、映像翻訳会社で働かれたこともあるそうですが?

松下 :1年ぐらいの短期間ですが、東京の映像翻訳の会社にいました。字幕翻訳をすることはあまりなかったんですが、おもに翻訳者さんから納品いただいた原稿のチェックとか、吹替の声優さんやナレーションの方のコーディネートをしていました。

加賀山 :そこでクローズドキャプションも手がけられています。クローズドキャプションというのは、字幕翻訳とは違いますよね?

松下 :違います。その会社で担当したのは、聴覚障害の方のために、日本語で作られたアニメに日本語の字幕をつける仕事でした。

加賀山 :ゲーム翻訳もなさったとか?

松下 :はい。これも映像翻訳ではありませんが、その会社で中国語ができるのが私だけでしたので、少しだけ担当したことがあります。ゲームそのものというより、中国のゲーム会社から来たプレゼン資料のようなものを訳しました。ゲームになる前の制作関連資料だったと思います。

加賀山 :チェッカー業務では、ロシアやドイツやアメリカのドラマも担当なさったようです。

松下 :はい。原語はそれぞれの国の言葉で私は分からないのですが、英語のスクリプトがありまして、それを見ながら日本語の字幕をチェックする仕事でした。

加賀山 :アメリアの会員になられたのはいつごろでした?

松下 :2021年です。2018年に映像翻訳会社を辞めて、今の会社に勤めはじめました。入社後すぐ、中国に駐在して、秘書業務や、各種文書の翻訳、会議の通訳、現地同行通訳などをしていましたが、その間は映像翻訳から完全に離れていました。
 そして2020年に帰任して、会社に勤めながらオンラインで字幕翻訳のスクールを修了し、2021年から字幕翻訳の仕事を始めたのです。
 アメリアには、スクールの先生から話を聞いて、いろいろ情報があって役に立つと思うよ、ということでしたので、入会しました。

加賀山 :アメリアに入ってよかったことは?

松下 :求人情報も頻繁に更新されますし、コラムやインタビューの記事などをいろいろ読むと、励みになります。字幕翻訳スクールは東京にあり、地方にいる私はオンライン受講をしていたので、通学しているクラスメイトともあまりつながれないのが悩みでした。人とのつながりの中で得られる情報が少ないので、アメリアでいろいろ情報収集できるのは便利です。

加賀山 :トライアルも受けましたか?

松下 :受けました。ちょうど今の案件は、2021年の9月にトライアルを受けて合格したところから継続的にいただいている物です。翻訳や通訳の経験はあるにせよ、字幕翻訳に関しては新人ですので、拾っていただきありがたかったです(笑)。

加賀山 :とはいえ、中国語ができる方は少ないですからね。アメリアには中国語翻訳の求人もけっこう出るのですか?

松下 :やはり英語が多いので、中国語はたまに出るという感じですね。案件自体は増えていると思います。ゲームとか漫画の翻訳の求人が多くて、スカウトしていただいたり、Web漫画の翻訳のトライアルに受かったこともあります。

加賀山 :時間さえあればどんどん仕事ができそうですね。

松下 :昨年は会社の仕事とうまく両立するためにセーブしましたが、今年こそは専業フリーランスになって、より積極的に仕事を取りにいきたいと思っています。

高校時代に聞いた漢詩がきっかけ

加賀山 :職歴についてうかがいます。プロフィールに「在外公館職員として台湾に駐在」とありますが、これは外務省の職員だったということですか?

台湾のセブンイレブンのキャラクター・OPENちゃん。台湾に住んでいた時から色々集めています。
右がアームレスト、左はクリップ。癒しのアイテムです。

松下 :正規の職員ではありませんが、派遣員の制度があったんです。当時、台湾にいましたので、現地で試験を受けて採用されました。月並みですが、第二の故郷と思えるほど大好きな台湾と日本の懸け橋になりたいという思いがありましたので、素晴らしい経験を積めたと思っています。

加賀山 :そこで採用されて、中国語の通訳・翻訳をされた。その後先ほど話に出た映像翻訳会社に勤務、そして現在の会社に移られたということですね。中国のどこに駐在されたんですか?

松下 :ちょっと田舎のほうで……安徽省でした。上海から新幹線で片道3時間ぐらいかかります。勤めている会社がプラントを作っていて、それを建てる土地となると、どうしても都会からは離れます。駐在員の生活は、皆がイメージするのとは違って華やかさはなく、激務ですね(笑)。

加賀山 :帰国後、字幕翻訳のスクールにかよわれたということですが、中国語を活用する職種がたくさんあるなかで字幕翻訳をやろうと思った動機は何だったのですか?

松下 :子供のころから字幕翻訳をしたいなと憧れていましたが、「自分にできるかな……」と自信がないまま、遠回りをしてきました。ですが、ここ数年で、「今踏み出さないと一生このまま。後悔したくない」と思うようになったんです。中国語を使う仕事は多くありますが、夢だったこと、人とは少し違うことをやってみようと思いました。

加賀山 :字幕翻訳を始められてから、仕事は順調に入っているようですね。

松下 :トライアルはなかなか厳しくて、落ちたところもありますが、合格したところは継続して案件をいただけています。落ちた会社さんでも、めげずに勉強して、これからまた受ける予定です。

加賀山 :それに合格するとまた仕事が入ってくる?

松下 :登録翻訳者になれます。トライアルに落ちても、早めに気持ちを切り替えて、どんどん受けるようにしています。

加賀山 :そもそもどうして中国語に興味を持たれたのですか?

松下 :きっかけは高校時代でした。もともと英語が好きで、英語に力を入れている学科に入ったのですが、担任の国語の先生が中国語を独学で勉強されていて、古文の授業のときに中国語で詩を読んでくださり、そのとき衝撃が走ったんです(笑)。すごくおもしろそうと思って、そこから大学でも中国語を学びました。在学中に交換留学で中国に1年と台湾に1年の合計2年行き、日本に帰って卒業してから台湾の在外公館に就職したんです。

加賀山 :若いころの先生の影響は大きいですよね。中国語を学んでよかったと思われましたか?

松下 :思いました。最初に興味を持ったのは英語で、英語をやりたい気持ちは今もあるんですが、中国語を習う人がこんなに増えて、こんなにメジャーな言語になったのは驚きです。当時はまわりの人たちに「なんで中国語?」と言われましたけど、早くやっておいてよかったと思います。

加賀山 :先見の明がありましたね。中国語から字幕を作るときは、英語とはまた違った難しさがあるんでしょうか? 特別に注意しなければいけないようなことはありますか?

松下 :そうですね……日本語に比べて罵詈雑言のバリエーションが多いと言いますか、直訳してしまうと日本では差別語、放送禁止語に当たる言葉も多いので、訳出に悩むことがあります。日本語だと人をののしる言葉ってそんなに多くないので、配慮しつつ置き換えられる言葉を考えますが、自分がふだん使わない言葉は絞り出すのに苦労します。
 あと、時代劇とかだと、難しい漢字の表現があります。そのまま字幕に出しても意味がわからず流れていってしまうので、パッと見てわかる訳にしなければいけません。中国にしかないものや、官職なんかはとくに難しいですね。画面の横に注を出す方法もありますが、それもなかなか読みきれないので、いつも使えるわけではありません。

加賀山 :あ、たしかに韓国の時代劇などでも横に注がつくことがありますね。

松下 :たとえば職業なら、最終的には漢字から「これはこういう仕事かな」とイメージしてもらうしかないのかもしれません。昔の日本に似たような仕事がないか探したり、漢字をそのまま使ってルビをふったり、カットが長ければ横に説明を入れたり、方法はいくつかあるんですけど……。
 字幕は1秒4文字という字数制限があって、どうしても意味が入りきらないことがあるので、そこに苦労するのは中国語に限らずどの外国語でも同じです。前後の流れを考えて、意訳が必要な場面もありますし、「翻訳だけど翻訳じゃない」ようなところがありますね。

加賀山 :中国と台湾の中国語は違いますよね? ドラマなどを訳すうえでも何か違いがあるんでしょうか。

松下 :台湾では、とくにコメディなどで台湾語がバンバン出てくるので、そこのニュアンスは北京語と違って、方言にしか出せないおもしろさのようなものがあります。閩南語(ビン南語)とも呼ばれますが、台湾ドラマにしか出せない個性の1つでもあり、それをうまく訳出したいなと常々考えています。

加賀山 :言葉もそのへんまでわかると楽しそうですね。

今後はフリーランスも視野に

加賀山 :昔から本や映画がお好きだったのでしょうか?

松下 :そうですね。本も好きですし、父親が本当に映画好きで、私も小さいころからよくいっしょに観ていました。ですので、映画に関する仕事がしたいという気持ちは強かったです。最初に字幕翻訳の仕事を知ったのは、子供の頃に読んだ戸田奈津子さんの著書です。小学生の時に映画の「LEON」を観て、岡田壮平さんの字幕に感動しました。
 また、翻訳は定年もなく、場所を選ばない仕事ですので、ライフステージの変化にも対応しやすいですね。どの国にいても一生続けられるいい仕事だなと思っています。

デスク周りはお気に入りの物を揃えています。

加賀山 :ふだん翻訳の勉強のためになさっていることはありますか?

松下 :今は通勤中ぐらいしか時間がないんですが、中国語の最新ニュースを見たり、リスニングをしたりしています。あとは、なるべく時間を作って、映画館へ観に行ったり、家では海外ドラマを積極的に観て字幕の勉強をしています。会社から帰ってすぐに翻訳を始めますので、机に向かって特別に勉強することはできていませんが、隙間時間でなんとか新しいことを学んでいます。

加賀山 :仕事中に学ぶこともありますからね。これからやりたいこと、広げたい分野などはありますか?

松下 :翻訳はずっと続けたいと思っていて、今は字幕だけなんですけど、吹替の仕事もしていきたいし、英語やほかの言語にも幅を広げたいなと思っています。

加賀山 :今は会社にお勤めですが、いずれは翻訳だけをするということも考えておられますか?

松下 :そうですね。この春から完全にフリーランスになる予定です。今は、役員秘書という仕事柄、自分の予定通りには動けません。やりたい仕事があってもなかなか取りに行けないのがもどかしくて、一日も早く翻訳や通訳を専業にしたいなと。

加賀山 :フリーランスになれば、いろいろ計画を立てて進められる面もあります。最後に、ご自身が訳されたものでも、ほかの方の作品でも、何かお薦めのドラマがあったら教えてください(笑)。

松下 :Disney+に、台湾の『正義の法則(正義的算法)』という法廷ドラマがあります。コメディですが、掛け合いがすごくおもしろくて。

加賀山 :まえまえからDisney+に入ろうかどうしようかと迷っています(笑)。今観ているのはほとんどNetflixの韓国ドラマでして……。

松下 :私もサブスクに入りすぎていたので、最近ふたつぐらいに整理しました。韓国ドラマでは、『愛の不時着』も観ましたが、最近は『39歳』がよくて、毎話泣いてしまいました。

加賀山 :それは観ようと思いながらまだ観ていません。ああいう女性の友情みたいなタイプの中国語ドラマはありますか?

松下 :『39歳』のような友情とは少し違いますが、ありますね。これもNetflixですが『華燈初上』という台湾ドラマです。80年代が舞台のサスペンスで、主人公たちは友情の中に嫉妬や憎しみの感情を抱きながらも、それぞれの人生を必死に生きる様子が描かれています。さわやかな友情とは程遠いですが(笑)、見始めると止まらなくなります。ドラマを観ると、ほかの方の字幕が勉強になりますね。

加賀山 :趣味と実益を兼ねて(笑)。観たいドラマは本当にどんどん出てきます。

今後ますます伸びていくであろう中国語の映像翻訳の一端を、興味深くうかがいました。成長分野の話は、聞いていて希望が湧いてきます。しかしこれで中国語のドラマも観るようになったら、いったいいつ仕事をすればいいのか!?

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