アメリア会員インタビュー

山崎 真優さん

山崎 真優さん

翻訳も人と人をつなぐ仕事

プロフィール

外国語大学の英文科を卒業。在学中に貧困問題を学び、自分の目で現実を見てみたいとの思いからバックパッカーでアジア・アフリカの国々を訪れる。その後、大手自動車部品メーカーや医療機器メーカーに6年間勤務。前者では生産技術部で翻訳に従事し、そこで翻訳とモノづくりの魅力に出会う。後者では海外調達や各種翻訳を軸に、海外工場の立ち上げにも参画。メーカーの現場で培った経験を元にフリーランスとして独立、英日翻訳者として、主に産業機器のマニュアルや仕様書などを手がける。仕事のモットーは手段に固執せず言葉の違う人と人とをつなぐこと。目まぐるしい時代の変化の中で、言葉や文化の違う人同士がどのように心を通わせていくのか、常に関心を寄せている。

産業機器を中心とする実務翻訳

加賀山 :今日は奈良県にお住まいの山崎真優(やまざき まゆう)さんにお話をうかがいます。フリーランスになられて2年目、おもに産業機器に関する実務翻訳をなさっています。
 実績を拝見すると、スペクトラムアナライザのデータシート、ガス検知器取扱説明書、校正ツールユーザーガイド、オシロスコープヘルプページ、血栓症リスク評価表、整形外科製品取扱説明書などがありますが、まず「スペクトラムアナライザのデータシート」というのは何でしょう。

山崎 :スペクトラムアナライザとは、電子機器や信号の周波数成分を分析する機器です。例えば、無線通信の際にどの周波数が使われているか、信号の強さや帯域幅を調べることができます。データシートというのは、この製品の仕様や機能、性能に関する情報がまとめられたドキュメントで、ユーザー向けに作成されるものです。

加賀山 :次の「ガス検知器取扱説明書」は、海外の製品の取扱説明書を日本のユーザー向けに和訳するということですか?

山崎 :そうです。この案件では、取扱説明書に関連した安全マニュアル、組立説明書なども合わせて翻訳しました。製品の用途としては、赤外線を使用してガスの存在を確認し、異常な濃度を検知するための機械です。約2週間の納期でしたが、メーカーの公式サイトだけでなく類似製品や動画などで調べながら翻訳しました。

加賀山 :「校正ツールユーザーガイド」というのは?

山崎 :これもユーザー向けで、ある製品の校正ツールを使用する際の注意事項など、言い方は違いますが、これも取扱説明書ですね。産業用の機械をずっと使っていると、ずれなどの不具合が出てくるので、それを定期的に調べて校正するツールがあるのです。

趣味は、プランターでガーデニング。先日バラをお迎えしました。

加賀山 :ああ、それを校正というわけですか(出版の際の校正が念頭にありました)。

山崎 :そうですね。機械の校正という概念は会社員時代に身についていたので、疑問なく翻訳に着手することができました。

加賀山 :「オシロスコープヘルプページ」も計測器に関するお仕事ですね?

山崎 :はい。電位差の周期的変化を画面に表示する計測器ですが、これはユーザー向けのオンラインページの和訳でした。電気系はあまりなじみがなかったので、かなり調べながら訳しました。

加賀山 :「血栓症リスク評価表」というのはメディカルの分野でしょうか?

山崎 :海外からの妊婦さんが日本で病院にかかるときに提出する書類の和訳でした。フリーランスで本格的に翻訳を始めるまえに、クラウドソーシングでいただいた仕事です。翻訳の大変さよりも、希望されたフォーマットに収まらなかったり、納期がかなり短かったりと、依頼者様との調整が大変だったと記憶しています。

加賀山 :「整形外科製品取扱説明書」はどのようなものですか?

山崎 :こちらは海外の翻訳会社から依頼があったもので、医療従事者向けに発行する義肢の取扱説明書の和訳です。医療機器関連の依頼は、前職で経験があるので時折いただきますが、やはり産業機器が圧倒的に多いです。
 会社員時代は、自社製品の製造工程に関するドキュメントや、製造に使用する機械や工具の取扱説明書を訳すことが、英訳和訳を問わず多かったです。フリーランスになってからは、製品やそれに関連する部品の技術文書、製品マニュアルやデータシートの和訳が多くなりました。最近では、ロボット、半導体、制御盤などに関連した仕事もあります。翻訳で扱う製品は多岐にわたりますが、いちばん多いのは電気関係の機器ですね。

加賀山 :お仕事は最初どうやって開拓されましたか?

山崎 :最初のころは、クラウドソーシングとか、ネットでいろいろ探していましたが、単価が安かったり、CATツールを使用しないのですごく労力がかかるといった問題があって、なかなか続けるのは現実的ではないと思いました。そこで情報収集したところ、アメリアがあることを知りまして、トライアルをたくさん受けるようになりました。

加賀山 :そして採用されたのですね。いま契約されている翻訳会社は何社ぐらいですか?

山崎 :アメリア経由では2社で、1社は月に数件、もう1社はある程度継続的に依頼していただいています。

加賀山 :ほかのルートで契約している会社もあるのですか?

山崎 :直接応募して採用された会社がいくつかありますが、依頼されるのはまれです。あと、AI翻訳に関連した企業と業務委託契約を結んでいて、そちらの社内翻訳や、翻訳エンジンの評価をすることもあります。どの翻訳エンジンがすぐれているか、とか。

加賀山 :このところ機械翻訳は優秀になってきていますか?

山崎 :そうですね。日々進化を実感しています。アメリア経由の翻訳会社の依頼でポストエディット(機械翻訳の訳文を人間が確認し、手直しする仕事)をすることもありますが、その訳もよくできていますし、業務委託のほうで見ている翻訳エンジンも優秀です。ただ、日常会話は主語を入れてきれいな日本語で話すと問題ないことが多いですが、技術的な分野になると、専門用語がうまく扱えなかったり、背景を理解していないと誤訳をしてしまったりということがあります。

少し車を走らせると自然を感じられるスポットがたくさんあります。

加賀山 :そうなんですか。友人の翻訳者から、むしろ専門分野のほうが、用語が一対一で対応しやすいのでAI翻訳がうまくいくという話を聞いたことがあるんですが、そのへんはどうでしょう。

山崎 :そうですね。とくに長文を投入すれば、AI翻訳も背景を理解して訳すので、うまくいきやすい面はあるかもしれません。

加賀山 :これまでのお仕事のなかでとくに記憶に残っているものはありますか?

山崎 :最初のころにいただいた大きな仕事を憶えています。まだ時間配分などもつかみ切れていなかったのと、ツールのTradosの使い方もままならない感じで、すごく苦戦しました。ある程度できあがった原稿を提出2日前ぐらいにチェックしていたときに、パソコンの不具合だったのか、一度原稿が全部消えて、数日前にさかのぼったバージョンが画面に出てきたんです。
 実際には、たぶんバックアップが残っていたとか、ほかの手立てがあったと思いますが、結局そのときには、数日前のところから訳し直しました。

加賀山 :それはショックですね。私もやったことがありますけど、半日分消えただけでもかなりショックですから。

山崎 :ええ、頭が真っ白になりました(笑)。2回目に訳すときには調べものが減ったり、多少早くはできるんですが、それでもたいへんでした。

加賀山 :仕事の内容というより、その事故が記憶に残っているんですね(笑)。バックアップはこまめに、ということですか。

会社員もバックパッカーも経験

加賀山 :翻訳以外の経歴についてうかがいます。プロフィールに、貿易実務、海外購買などを書かれていますが、これは会社員時代の経験でしょうか?

山崎 :そうです。会社で3年ほど、医療機器や材料などの輸出入や調達の仕事をしていました。そのまえには、自動車部品メーカーにも3年くらい勤めていました。自動車部品メーカーのほうは、翻訳・通訳のポストで採用されましたので、翻訳の仕事はそこから始まりました。

加賀山 :翻訳をしながら合計6年ほど会社で働いて、フリーランスになられたのですね。フリーランスになるきっかけは何でしたか?

山崎 :もとから自分で自由に仕事を得てハンドリングしたいという希望はありましたが、いちばん大きなきっかけは、子供ができて、いっしょに長い時間をすごしたいと思ったことですね。

加賀山 :なるほど。会社員時代には契約書の作成もされたそうですが?

山崎 :おもに海外購買で新しい取引先と契約するときの英語の書類でした。機密保持契約、取引基本契約など、取引先に応じて作り分けていました。

加賀山 :海外展示会の出展や商談会などもなさっていたのですね。

山崎 :はい。勤めていた医療機器の会社では、海外での展示会などがあると手配全般をしていました。こちらの会社からは、退職後もしばらく輸出入や海外出張の手配などの仕事をいただいていました。私の退職後に、仕事はあるのかと心配してくださって(笑)。とても有難かったです。

加賀山 :これはまったく違う経験ですが、英会話講師とTOEIC講師もされたそうですね。

山崎 :はい。英会話講師は、大学卒業後の求職中にパートタイムでした仕事です。TOEIC講師のほうは、自動車部品メーカーでエンジニアだけの部署の管理課にいたのですが、生産技術関連の仕事で海外展開もたくさんしていたので、皆さん英語が必要だったんですね。社内の昇進の要件にもTOEIC600点というのがありましたので、ちょっとやってくれないかという打診があって、20〜30人に教えていました。

加賀山 :フリーランスになるまえの仕事の経験は、翻訳をするうえでも役立っていますか?

作業環境。辞書類はすべてPCに。お気に入りの椅子と昇降式デスクは腰痛予防に◎

山崎 :とても役立っています。私は基本的に人と関わりながら仕事をするのが好きなんですが、会社で仕事を頼まれたときにも、ただ言われたことをやるだけではなくて、その依頼の背景とか、どんな場面で使うかとか、いろいろ会話をしながら、必要最低限ではなくプラスアルファの仕事をすることを心がけていました。
 いま翻訳は家でしていますが、依頼されるときに注意事項が書かれたドキュメントを渡されます。そこにクライアントからの過去の指摘事項や、他の翻訳物の修正歴などが書かれていると、その信頼関係にもとづいた訳文を作ろうと考えます。そういうときに、ひとつの仕事を背景も含めて考える会社員時代の感覚が生きていると感じます。

加賀山 :会社員のころ実際に機器を扱っておられたことも、翻訳をするうえで役に立ちますか?

山崎 :それも役に立ちますね。メーカーで翻訳をしていたときには、文書で渡されても内容がつかめないことがあって、現場に何回も連れて行ってもらったり、慣れてきたら自分で機器を見に行ったりしていました。

加賀山 :ところで、バックパッカーになって20カ国以上まわられたそうですが、そういう旅行はいつごろされたのですか?

山崎 :大学1回生のときに初めてボランティアでヴェトナムに行って衝撃を受けました。そこで大学でも国際関係を専攻して、貧困の問題などにのめりこんで学びました。

加賀山 :行き先はどちらかというと途上国が多かったのですか?

山崎 :はい。東南アジア、インド、東アフリカなどに行きました。外国語大学は留学に行く人が多いので、長期の休みがあるんですね。まるまる2カ月とか。なので、学校が休みになったら海外に行って、当時1泊数百円というような安宿に泊まりながら、街を転々としていました。

加賀山 :とくに印象に残っている場所や出来事はありますか?

山崎 :たくさんありますが、とくに印象に残っているのはウガンダですね。学校と孤児院が作られていたのですが、そこに1カ月半ほど滞在して、子供たちといっしょに生活しました。水や電気は通ってないので、1日ひとり2リットルぐらいの井戸水でシャワーや洗顔を済ませたり、子供たちと同じ質素な食事をしたりしていました。

加賀山 :よく病気にもかからずに活動できましたね。

山崎 :じつは病気にもかかりました。ウガンダから夜行バスでケニアに帰ってきたとき、熱が上がってきたので、子供たちとお別れするときにすごく泣いたからだろうと思っていたら、マラリアにかかっていました。マラリアは2日おきぐらいに42度の高熱が出て、それが1週間ほど続きます。

加賀山 :それはつらいですね。ウガンダでは英語が通じるのですか?

山崎 :通じる所もありました。子供たちもある程度は話せますが、私も現地のことばを勉強しました。

ことばや文化の壁を越えて人と人をつなぎたい

加賀山 :アメリアに入会したのはいつですか?

山崎 :まだ会社で働いている2021年の年末だったと思います。辞めるまえの準備期間として5カ月ぐらい、いろいろ模索していました。

加賀山 :アメリアに入ってよかったことは何でしょう?

山崎 :お仕事をいただけたことはもちろんですが、人とのつながりもできますね。たまたま会員の実績紹介の記事で、高校のときに英語を教わっていた先生が出ていらっしゃったんです。退職後に多くの映像翻訳をされていて、アメリアにも入っておられました。その先生と直接連絡をとって、アドバイスをいただいたりしました。

加賀山 :うれしい偶然でしたね。英語を専門的に学んだのは大学のころからですか?

山崎 :はい。大学は外国語大学で、英語で行われる授業も多かったです。翻訳・通訳の授業も受けたのですが、私自身は外に出るのが好きなタイプなので、当時は職業としてあまり視野に入っていませんでした。卒業後、子育てをしながらフルタイムで働ける仕事を探していたときに、家の近所のメーカーで翻訳・通訳の求人があったので、申しこんで採用してもらったのです。

加賀山 :それが最初に勤めた会社ですね。英語には中学高校あたりで興味を持たれたのですか?

山崎 :そうですね。幼少期から英会話を習わせてもらっていたのと、もともと海外には漠然と興味がありました。中学でも英語は好きだったので、暗唱大会に参加したりもしていました。
 そういう流れで高校では国際科のコースに入って、そこから真剣に英語を勉強しはじめました。

加賀山 :翻訳の勉強はどのようにされたのでしょうか?

ラオス・ルアンパバーンにて。小4の娘と旅した国は7カ国にのぼります。

山崎 :フリーランスになる前後に本などで勉強しました。翻訳の専門学校で習ったことがないので、いつか習いたいと思っていますが、いまのところ仕事が続いていて余裕がありませんので、その場その場で調べながら学んでいます。

加賀山 :仕事がそのまま翻訳の勉強になっているという感じですね。

山崎 :そうですね。わからないことを流してしまうと勉強の機会もなくなってしまうので、時間はかかりますがしっかり調べています。

加賀山 :今後お仕事で広げたい分野とか、してみたいことはありますか?

山崎 :翻訳では、産業翻訳以外もやってみたいと思っていますが、自分の根底に、違うことばや違う文化を持つ人たちをつなぎたいという気持ちがあります。翻訳はそのひとつの手段で、ほかにもことばや文化の壁を越えて人と人をつなぐ仕事の機会があればチャレンジしたいですね。

加賀山 :たとえば通訳とか?

山崎 :そのためにはかなり勉強し直さなければいけませんが(笑)。ほかにも、バックパッカーのときに子供たちと触れ合った経験から、教育にすごく興味があります。なので最終的には、英語教育とかそういうところに落ち着くような気がします。

加賀山 :それは日本にかぎらず、ほかの国でも?

山崎 :はい。いままで海外に長期で住んだことがないので、それも経験したいですね。

■バックパッカーの話をうかがったせいかもしれませんが、自宅で産業翻訳というイメージとはちょっと違う、内に秘めたバイタリティのようなものを感じました。今後、翻訳以外の分野でも活躍されそうですね。

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