御囲 ちあきさん
イタリア語専攻の映像翻訳者
プロフィール
東京外国語大学外国語学部イタリア語学科卒。中学時代から映像翻訳に憧れ、大学卒業後は1年間、フェロー・アカデミーのカレッジコースに通う。その後、実務翻訳会社に就職し、翻訳コーディネーターとして勤務。在職中の2018年に映像翻訳学校に入学、2020年にトライアルに合格し、映像翻訳者としてデビュー。現在はフリーランスとして、主に配信系ドラマ・映画・アニメなどの字幕翻訳やチェックに携わるほか、制作会社にて字幕や吹き替え台本のチェック業務にも従事する。主な作品はNetflix『アバター:伝説の少年アン シーズン1(字幕)』、Netflix『エリック(字幕)』、Netflix『木曜殺人クラブ』、Disney+『ザ・シンプソンズ 神の御子は今宵しも?(字幕)』など。
カレッジコースから実務翻訳会社へ
加賀山:今日は千葉県にお住まいの映像翻訳者、御囲(おかこい)ちあきさんにお話をうかがいます。ちょっと変わったお名前ですが、どこかの地域特有の苗字ですか?
御囲:はい。祖父母の出身が富山の黒部なのですが、そのあたりに集中しているようです。
加賀山:黒部だから山に囲まれているということですかね?
御囲:昔、お殿様が狩りをしていた「御囲の森」というのがあって、そのまわりに住んでいた人たちが名乗るようになったらしい、と聞いています。
加賀山:そうでしたか。私の加賀山というのも東京ではあまり見かけませんけど、小学校のクラスには4人いました(笑)。
経歴からうかがいましょう。大学でイタリア語を専攻されたそうですね。
御囲:はい。外国語学部のイタリア語でした。語学オタクというか、英語以外のことばをやりたいなと思って、フィーリングでイタリアを選びました。たまたま両親がイタリア旅行に行っていて、その写真を見て、こういうところに住んでみたいなという憧れで(笑)。
加賀山:実際に行かれたこともありますか?
御囲:あります。大学3年のときに交換留学で1年間ナポリに住みました。現地の大学の授業に出ながら、まわりの国や、イタリア国内を旅行したり。
加賀山:いいですねえ(笑)。とくに印象に残っている場所はありますか?
御囲:すてきな場所はたくさんありましたが、やはり思い入れが強いのは実際に住んだナポリです。騒がしくカオスな街ですが、人情味あふれていて、ピッツァがおいしく、いろんな意味で“イタリアらしい”街だと思います。

仕事場風景。長時間座ることが多いので、座りやすい椅子や大型ディスプレイでなるべく体の疲れを軽減。
加賀山:大学を卒業されたあと、フェロー・アカデミーのカレッジコースにかよわれました。1年間のコースですよね?
御囲:そうです。全日制のコースで、実務、映像、出版を全般的に学びました。私がかよったときには、ひとクラス12、3人で、3クラスありました。
加賀山:すると最初から翻訳関係の仕事をしようと思っていたのですね?
御囲:はい。もともと翻訳に興味を持ったのは中学生のときでした。ちょうどハリー・ポッターの本が出たころで、それを読んで翻訳っておもしろいなと感じたのと、映画や海外ドラマが好きだった関係で、映像翻訳という仕事もあることを知りました。そういうことをやってみたいと考えながら進路を決めました。
加賀山:どんな海外ドラマが好きでしたか?
御囲:『ビバリーヒルズ高校白書』とか(笑)。リアルタイムで追っていたわけではないんですが、シリーズの最後のほうで出会って、そのあとすぐにレンタルビデオ屋さんで全部借りました。
加賀山:カレッジコース修了のあと、実務翻訳会社に就職されました。
御囲:カレッジコースで就職説明会がありまして、そこで紹介された1社に就職して、翻訳コーディネーターを務めました。
加賀山:13年間勤務というのは長いほうですね。
御囲:いきなりフリーランスで翻訳をするには経験が足りないと思ったので、就職しましたが、やってみたらけっこうコーディネーターの仕事が性に合っていて、おもしろかったので、しばらく続けていました。
じつは契約社員から正社員になって働いていたのは8年間で、そのあと映像翻訳の仕事を始めるタイミングで一度辞めたんですが、引きつづき同じ会社のパート契約で5年ほど働きました。
加賀山:フリーランスになったあとも同じ会社の仕事が続いていたということですね。どういう内容の仕事が多かったのですか?
御囲:最初はビジネス全般を扱う部署にいましたが、途中から医薬のグループに移って、そこでずっとコーディネーターをしていました。主に医薬分野の案件の翻訳者手配や、プロジェクト進行管理、リソース採用業務などです。
加賀山:分野がそれぞれ分かれている、けっこう大きな翻訳会社だったのですね。そして、会社勤めをしながら映像翻訳学校で学ばれました。
御囲:はい。会社勤めでしばらくは自分で翻訳をやりたいということも忘れていたんですが、仕事にも慣れてきて、だんだんそう思うようになりました。
加賀山:そのときにはメディカルの実務翻訳をやろうとは思わなかったのですか?
御囲:バックグラウンドが文系ですので、メディカルは、翻訳者にお願いはしますけど、自分で一から訳すには難しすぎると思いました(笑)。昔観た映画やドラマに対する憧れがまだありましたから、映像翻訳をやってみようと。
加賀山:その学校ではどのくらい習っていたのですか?
御囲:2018年から1年半くらいかけて、半年のコースを3つとりました。その学校はトライアルに合格すると仕事をまわしていただけるので、小さい案件からですが、手がけることができました。ただ、仕事はあっても単価が安かったりとか、収入面ではまだまだ苦しいということで、まえの会社のパートの仕事も継続しつつ、映像翻訳を増やしていきました。
会社のパート契約は週2日の勤務でした。ちょうどコロナの時期で、会社もリモートワークに切り替えていましたので、出社せずに済み、自宅で翻訳の仕事と両立しやすかった面はあります。
加賀山:2020年6月にフリーランスの映像翻訳者として開業したということですが、何か思うところとか、きっかけがあったのですか?
御囲:映像翻訳学校のトライアルに合格したタイミングで正社員を辞めて、フリーランスとして開業しました。まだ仕事が順調にいただけるのか確約はなかったのですが、前職が割と忙しく、残業なども多かったので、翻訳の仕事をするなら本腰を入れてしっかりと時間を割きたいと考えたのが理由です。
英語以外の映像作品も
加賀山:アメリアに入ったのはいつでしたか?
御囲:カレッジコースに入ったときですから、2011年です。会社勤めをしていたときにはあまり利用していなくて、会費だけ払っていましたが(笑)、結果的に翻訳の仕事を再開しましたので、役に立っています。新しい仕事を探して、何度かトライアルを受けたこともあります。
いまはまた、別の日本語版制作会社でアルバイトをしていて、週に2日、その会社に出勤しています。そこはアメリアをつうじてご縁ができたところです。
加賀山:仕事を見つけるのに役立ったのですね。いま翻訳者として何社ぐらいに登録されていますか?
御囲:登録は2社ですが、ほぼ途切れずにお仕事をいただいているのは1社です。
加賀山:実際に訳された作品についてうかがいます。映像作品の場合、こういうインタビューでタイトルを言っていいものといけないものがあるようですね。まずアメリアのプロフィールには、『ザ・シンプソンズ 神の御子は今宵しも?』があります。
御囲:アメリカで長く続いているアニメです。クリスマス版の特別編でした。これはアメリアで募集をかけていたクライアントさんからいただいた仕事でした。
加賀山:ネット配信されたタイのSFドラマの字幕も訳されました。
御囲:それは全部で4話あって、すべて訳しました。原音はタイ語でしたが、英語のスクリプトが提供されて、そこから訳しました。同じように、やはり字幕をつけたフィリピンのホラー映画も、原音はタガログ語でした。ちょうどそのころ、配信プラットフォームが東南アジアの作品に力を入れはじめたようで、他にもインドネシアの作品などにも携わりました。
加賀山:原語が英語ではない作品も増えているんでしょうか?
御囲:英語以外の作品もけっこうありますね。スペイン語、フランス語、ドイツ語が多い印象です。渡される英語のスクリプトのなかには、このニュアンスでいいのかなと思う箇所もありますが、タイ語やタガログ語はわからないので、英語と文脈から判断しました。
加賀山:伝記ドキュメンタリーの字幕も手がけたそうで。
御囲:マーサ・スチュワートというカリスマ主婦のドキュメンタリーでした。
加賀山:ああ、一時期とても有名な人でしたね。それから、ヒューマン・ミステリードラマ全6話、SFファンタジードラマ全8話。どちらも全話訳されたのですか?
御囲:そうです。急ぎの場合などには何人かの翻訳者で分担することもありますが、シリーズを全部担当させていただける場合は、私としてもやりやすいです。
加賀山:そのほうがキャラクターの一貫性なども考えやすいでしょうね。これらはすべて英日の字幕ですね。吹替はないのですか?
御囲:吹替は学校の授業では習いましたが、まだ仕事ではやっていません。いまのところすべて字幕です。
加賀山:そして『バクスター家 ~愛と絆~』の字幕翻訳。家族もののドラマです。

金沢の兼六園にて。旅行を楽しみに、仕事のモチベーションを上げる。
御囲:はい。これもまた配信プラットフォームの作品で、たくさんエピソードがあったので、複数の翻訳者で分けて、私は6話分の字幕を担当しました。
加賀山:複数でやるときには、「1、2、3話をまとめて」というような依頼になるのですか?
御囲:たぶん納期の関係で、ひとりが1、4、7話というふうに飛び飛びになることが多いです。
加賀山:あとは、映画祭の出展映画を多数訳されています。これはひょっとしてボランティアですか? このインタビューでも、国際映画祭でボランティアの翻訳をして、そこから映像の仕事が広がりましたとおっしゃる方が何人かいました。
御囲:私の場合、まったくの無償ではないんですが、ふだんの仕事に比べると少し安いかなという感じでした。短編映画をたくさん取り上げる映画祭だと、新人でも仕事がまわってくるので助かりますね。私も最初のころ、まとまったストーリーがあるものをなかなか担当できなかったので、映画祭の短編はそういうチャンスになりました。
毎年クライアントさんが同じ映画祭を担当していると、1年のその時期になると関連した仕事が入ってきます。
加賀山:そこで3つとか4つとか、まとめて訳されるわけですね。最後にあげておられるのが、海外アワード作品です。
御囲:映画祭とかケーブルチャンネルの授賞式です。現地で放送してから数時間後にデータが入ってきて、その日のうちに訳して、次の日に配信、というような忙しい仕事です。翻訳者が30人とか50人とか、ものすごい人数でやるんですが、ディレクターさんがすごくたいへんだろうな(笑)といつも思います。ひとり5分ぐらいを割り振られて、数時間で訳して、納品したものを合体するので。
ふだんは1日に10分から15分ぐらいの尺を訳しますけど、この時期は半日とか3時間で5分とか、そういうスピード感の仕事になります。
加賀山:朝9時に渡されて正午までにお願いしますとか?
御囲:そうですね。アメリカですと、日本の朝一に放送して、すぐ素材が来て、お昼までに納品とかありますね。アドレナリンがすごい出て疲れますけど(笑)。
加賀山:そういうときの単価はいつもより高いのですか(笑)?
御囲:特急料金というか、ふだんより少し高くなります。
プロフィールのほうには書いていませんが、先ほどちょっと話したように、今年の4月からアメリアで見つけた日本語版制作会社のアルバイトをしています。アシスタント業務で、字幕や吹替の最終チェックも仕事に含まれます。「完パケ(完全パッケージ)チェック」と呼ばれる、ほとんどできあがった段階での最後のチェックです。じつはフリーランスのほうでも字幕チェックの仕事が増えてきていて、全体の4割ぐらいになっています。
加賀山:自分で訳すときと、他の人が訳したものをチェックするときでは、心構えのようなものが違いますか?
御囲:チェッカーは第三者の客観的な目で見ますから、自分で訳しているときには気づかないような、日本語の不自然なところとか、表現がわかりにくいところにも気づく力が養われる気がします。誤字や誤訳のチェックも必要なので、細かく神経は使いますね。自分で作っているときには問題ない気がするものですが(笑)。
加賀山:本の翻訳もそうですけど、自分のまちがいに自分で気づくのは本当に難しくて、何回見直してもスルーしてしまいますね。やはり他の人の目が必要です。
吹替やイタリア語の作品も手がけたい
加賀山:これからはどういうお仕事を増やしていきたいですか?
御囲:まだ字幕しかやっていないので、今後は吹替もやりたいと思っています。作品の分野にはこだわりません。吹替って、師匠について学ぶもので、まるっきりの新人に来るお仕事はなかなかないのかなとちょっと思っています。字幕は新しい人でも小さめのものからやらせてもらったりするのですが。
加賀山:そうなんですか。いまも出版翻訳ですと、師匠について、師匠から編集者を紹介してもらって……という流れがありますが、それに近いのかな?
御囲:吹替の仕事をされている知人に話を聞いたりすると、そういう感じです。なので、私も吹替ではそういったチャンスを探してみたいと思っています。
加賀山:ドラマとか映画とか、手がけたい内容にとくにこだわりはありませんか?
御囲:ありませんね。内容にはこだわらず、いただけるものはやっていきたいです。しいて言えば、劇場版の映画まではまだ訳していないので、いつかやりたいという夢はありますが、いまは配信でもすごく作品が多いので、新人にもいろいろチャンスが多いのかなと感じます。
加賀山:コロナ禍で配信サイトはどこも大きくなりましたからね。大学でイタリア語を専攻されたから、今後はイタリア語の作品も訳したいとか?
御囲:それはありますね。国際映画祭とかだとイタリア語の作品もあって、このまえ、短い作品ですが訳す機会がありました。英語のスクリプトもありますが、やっぱりイタリア語のもとのニュアンスとか、イタリアが舞台だったりすると、文化的背景がなんとなくわかるので、楽しくやれました。
あと、カレッジコースにかよっていたときにも、文芸や児童文学の授業がおもしろかったので、絵本などもいつか手がけてみたいなと。
加賀山:興味は児童文学寄りなのですね。将来はイタリアに住みたいとか?(笑)
御囲:住むのはいろんな面でたいへんだなと留学時代に感じたので(笑)……旅行で行くのはすごく好きです。イタリアにかぎらず旅行は好きなので、年に1回は行きたいと思っています。韓国にも何度か行きました。韓国ドラマも好きで、去年は『ソンジェ背負って走れ』というドラマにはまりました。

今年は6月に奥入瀬渓谷へ。PC作業で疲れた目も新緑でリフレッシュ。
加賀山:私も好きでけっこう観るんですが、そのドラマは知りませんでした。最近は台湾ドラマの『零日攻撃』を観ていますが、韓国だと少しまえの『私の解放日誌』や『未知のソウル』がおもしろかった。あとは韓国の現代の政治関係の映画が好きなのでよく観ます。
ふだんはだいたい家で仕事をされていますか?
御囲:週に2日のアルバイトは東京に通勤していますけど、それ以外はずっと家です。体がなまりますね。運動しなければと思って、ときどき近所のホットヨガにかよっています。気分転換にもいいので。
加賀山:趣味のところに、クラシックバレエとフラメンコも書いておられます。
御囲:バレエは子供のときから15年ぐらい習っていました。いまは自分では踊らないんですが、観に行ったりとか、YouTubeでもバレリーナの方がけっこう動画をアップされていますので、観たりします。
フラメンコは、イタリアの隣の国スペインですが、大学のときに部活でやっていました。
加賀山:話は変わりますが、インボイス(適格請求書等保存方式)に登録されているそうですね。登録していかがですか? 取られる税金が増えるだけだから、いかがですかと言われても困るかもしれませんが(笑)。
御囲:よかったことはとくにないんですけど(笑)、新しい会社に登録するときに、自信を持って「インボイスに登録しています」と言えますね。ただ、前職の翻訳会社に勤めていたときに、そのときには会社側だったので、やはりインボイスを登録している方に仕事をお願いしたいという「中の声」は聞いていたんです。そうなると、自分も登録したほうが困らないかなと感じまして、年度が変わるところで入りました。
加賀山:たしかに発注する側から見ればそうなりますね。
御囲:アメリアについては、自分が翻訳会社に入ってしばらく離れていましたが、フリーランスになってからまたご縁が戻ってきたので、あきらめずに長くやっていれば、こういう仕事につながっていくのかなと思います。サイトの記事は情報収集になりますし、求人を眺めているだけでも「いまこういう仕事が求められている」ということがわかりますよね。
■ このところ、フェロー・アカデミーのカレッジコースで学ばれた方のお話を聞くことが多いのですが、最後に就職案内もあって、こういうデビューの道もあったのだなと再認識しています。御囲さんもその後、順調に軌道に乗られました。劇場公開の映画やイタリア語の長い作品など、夢は広がりますね。





