安部 智子さん | 【Amelia】在宅でできる英語などの翻訳の求人・仕事探しはアメリア

アメリア会員インタビュー

安部 智子さん

安部 智子さん

文学から薬学まで、マルチな知識と技能で活躍中

メーカーに就職、小説執筆講座から大学院へ

加賀山 :今日は医療関連の実務翻訳家の安部智子さんにお越しいただきました。大学では英米文学や日本文学を学ばれたそうで、いまの医療関連のお仕事とはずいぶん離れていますね。

安部 :はい。短大では経済学を専攻しまして、その後、関西の外国語大学の英米語学科で学びました。在学中から英語を使う仕事につきたいと考えていて、通訳よりもこつこつと取り組める翻訳のほうが合っているかなと思っていました。

加賀山 :就職は関西ではなく東京に?

安部 :就職氷河期でしたので、新卒支援制度を利用しながら、東京の精密機器メーカーに正社員として就職することができました。最初は国内営業事務でしたが、海外との英語でのやりとりもありました。それがすごく忙しくて、終電に駆けこむような生活を1年ぐらい続けました。そのあと、もう少し落ち着いた部署を希望して、経理に異動しました。

加賀山 :時間の余裕はできました?

安部 :そうですね。定時に帰れるようになったので、習い事がしたいと思い、フェロー・アカデミーに通いはじめました。それが2001年のことです。半年間、土曜の昼間の翻訳入門のクラスで学んだあと、その先のジャンルをなかなか絞れないでいたのですが、ちょうどそのころ、漱石や鷗外の作品を読んで、小説を書きたいなと思いまして、小説の学校に通うことにしました。

加賀山 :小説家志望ですか! 学校というのは、カルチャーセンターのようなところですか?

安部 :小説の執筆と編集を教える専門学校ですね。月に1回、原稿用紙5、6枚の作品を書いて、ゼミ形式で生徒同士が話し合ったり、先生に添削してもらったりするクラスでした。そういう作品を書くことも、読むことも初めてだったんですが、そもそも文章を書くのが好きだったので、苦ではありませんでした。先生に褒められたり、クラスメイトによかったと言われたりするとうれしくて。伝わるだろうと思って書いたものがぜんぜん伝わらない人もあれば、そのまま伝わる人もいて、感じ方にいろいろあるのが新鮮でしたね。

加賀山 :そのあいだ、経理のお仕事もされてたんでしょう?

安部 :していました。そのうちに小説の意味というか、背景に興味が湧いてきたんです。図書館で漱石に関する評論や論文などを読んでいると、たとえば「それから」の代助の心情と風の関係とか、赤い色との関係とか、謎解きのような楽しみがあって、これは本格的に学びたいと思いまして、大学院に進みました。

加賀山 :今度は大学院に!

安部 :はい。大学院では近代文学が専攻でした。ほかの学生さんは大学で4年間、文学を学んでいて、私だけ畑ちがいでしたから、最初はうまく発表もできなかったのですが、2年生の春に、私の発表のあとで部屋のなかがしーんとなって、なんだろうと思っていると、先生に「化けるものだね」と言われたんです。別の機会に先輩から褒めてもらうこともあったりして、自分が変わったのだと思いました。分野がちがっても自分なりにがんばれば認めてもらえるんだと。

大学院からふたたび就職、子育ても

加賀山 :大学院を出たあとは研究者の道に進むパターンが多いのではありませんか?

安部 :文学系は博士号をとるのもむずかしいし、そのときはたまたま助教の空きもなく、時間がかかりそうでしたので、そちらには進みませんでした。

加賀山 :すると、また就職された?

安部 :はい。航空会社の運航技術部で日本語・英語の運航マニュアルの管理や改訂をする仕事でした。その後、乗員企画部でパイロットのスケジュール管理をしたときにも、英会話や翻訳の機会がありました。

加賀山 :がらっと分野が変わりましたね。

安部 :そうですね。次は接客がしたいと思って、鉄道会社に転職したのですが、クレーム対応や泊まりの勤務もあるたいへんな職場で、ちょうど結婚もしましたので、退職しました。出産後には時間ができて、英検やTOEICを受けたり、独学で翻訳を学んだりするようになりました。

加賀山 :翻訳に戻ったわけですね。

安部 :はい。アメリアでさまざまなジャンルのトライアルに応募しました。ネットや雑誌のコンテストにも挑戦しましたし、文芸翻訳の勉強会に参加したり、絵本の翻訳のネット上の勉強会でも学びました。児童書のコンテストに応募したこともあります。
 そのころ、病院に勤めていた弟から、上司の論文のアブストラクト(要旨)を英訳してくれないかと頼まれたんです。内容は栄養学だったのですが、わりとすんなり入ることができて、医療分野の翻訳は自分に向いているかなと思いました。

加賀山 :それがきっかけだったわけですか。

安部 :2回ほどそうやってお手伝いしたのですが、その1年後にアメリアの「会員プロフィール」を通じてスカウトメールが来て、トライアルののち、医学論文のアブストラクトを25本和訳することになりました。

加賀山 :25本も。医療関係の依頼があったのは偶然ですか?

安部 :アメリアで公開しているプロフィールに、医学論文のアブストラクトを訳した経験を書いていたからだと思います。納期は1週間ほどだったのですが、家族にも協力してもらって、なんとか間に合わせることができました。半年後には別の会社から医学論文のタイトルだけを訳す仕事をもらって、3年半ぐらい続けました。

加賀山 :タイトルだけを訳す仕事がそんなにたくさんあるんですね。

安部 :そうなんです。その間、パートタイムの仕事もしていたのですが、翻訳会社のほうには、このくらいできますという分量を知らせて、仕事をもらっていました。
 子供が小学校に入るときに、パートをやめて在宅の翻訳の仕事に専念したいなと思いました。小学校に入ってからのほうが、給食がなくて早く帰ってきたり、病気にかかったりすることが多くなったもので。それが2015年の3月でした。

加賀山 :そこで完全な在宅勤務に?

安部 :いいえ。それまで独学でしたので、翻訳を一から学ぼうと思い、医療関連の翻訳チェッカーの仕事を週に1、2回オンサイトで、残りは在宅で受けることにしたのです。いろいろなかたの翻訳をじかに見て、別の視点から翻訳を学ぶことができましたが、別会社からいただく翻訳の仕事とスケジュールが重なるようになったため、チェッカーより翻訳を優先させることにして、2016年3月から完全在宅になりました。

医療関連でもさまざまな仕事

加賀山 :医療関係の翻訳というと、高度に専門的という気がしますが、ふつうの翻訳とはずいぶんちがうものなんでしょうか?

安部 :そうですね。医師や研究者の論文になると専門家向けで、まったく一般向けではないので、まず医学用語が訳せるかどうかが鍵になります。

加賀山 :どうやって調べるのですか?

安部 :ある訳語が実際に論文などで使われているかどうか、インターネットなどでひたすら調べます。一般的な用語はすぐにわかるのですが、まだ定訳がないものはむずかしいですね。

加賀山 :研究の途中だと、けっこう決まっていないものがありそうです。

安部 :はい。医師の知識レベルにはなかなか到達できませんが、論理の流れが正しいかどうか考えて、はっと気づくこともあります。論文であれば、流れがありますので。

加賀山 :お仕事はどういう内容が多いのですか。医療関係といってもいろいろありそうですが。

安部 :これと決まっているわけではなくて、依頼されたものを訳すのですが、たとえば、医学論文、医薬品や医療機器のパンフレット、化粧品の説明書とか。訳文も、きっちりした感じから柔らかい感じのものまで考えなければならないので、おもしろいですね。大学院などで論文に触れる機会は多かったので、硬い文章にも慣れています。医療分野の製品のホームページの訳を頼まれたときには、庶民的な柔らかい訳を心がけますし、つねに対象読者と使用目的を意識して訳します。

加賀山 :柔らかく訳すにしても、医療だとまちがえると大ごとですよね。緊張しませんか?

安部 : します。数字についてはとくに厳しいですね。チェッカー時代には、命にかかわる仕事だから慎重に、と念を押されました。

加賀山 :これから仕事の分野を広げていかれますか?

安部 :医療関係を中心として、観光関連の翻訳なども手がけてみたいですね。最近、新しい会社から、観光関連のお仕事の打診をいただくようになりました。ポストエディットといって、機械翻訳した訳文に対して、おかしい部分があれば修正し、訳しなおす業務です。興味のある分野ですし、新しい形の翻訳だと思いますので、楽しみです。ゆくゆくはノンフィクションの翻訳もできたらいいなと思います。本だと名前が載りますから、一度は訳してみたいです。

加賀山 : フィクションはどうでしょう。

安部 : フィクションは……興味はあるんですが、またちがった意味でたいへんで、時間がかかりそうだなと思います。アルクのミステリーの翻訳コンテストにも応募したことはあるんですが。

加賀山 : お仕事のうえで苦労されたことは?

安部 : できると思って引き受けたら、ものすごくむずかしくて困ったことがありました。そういうときにはたいへんですが、毎回ちがう仕事が来て勉強になりますし、自分の訳したものが患者さんの役に立つという点で、非常にやり甲斐があると思っています。私自身は医療関係者ではないんですけれど、医療業界の端っこにいて、お手伝いをしているような感覚です。納品するときには、やり終えたという充実感がありますね。

フリーランスの日々

加賀山 :完全なフリーランスになられて、いかがですか?

安部 :フリーランスは子育てと両立できるのでいいですね。突発的な用事が入ったときにも、パートなら職場でなんとかしなければいけませんが、フリーなら仕事を夜にまわしたりという調整ができますし。
 ただ、締め切りが気になるほうなので、早め早めに仕事をして、ほかの緊急事態に対応できるようにしています。いままで納期に遅れたことはありません。

加賀山 :すばらしい。とくに医療関係が締め切りに厳しいというわけでもありませんよね?

安部 : 納期は短いかもしれません。いまはだいたい2000〜3000ワードで2〜3日が多いです。5000ワードぐらいの仕事もありますし、何万ワードになると1週間以上とか。まずまちがえないことが肝心なので、私は時間がかかるほうです。
 いまはつねに広い分野にかかわりながら勉強もできる環境なので、気に入っています。仕事の依頼があると、翻訳会社から用語集と過去の案件をもらえる場合もあるので、ほかのかたの訳からも学ばせてもらっています。
 The New England Journal of Medicineといったサイトもあって、英語の論文に日本語の対訳がついていますので、勉強に使っています。

加賀山 :これから医療分野に進みたいかたにアドバイスがあれば、お願いします。

安部 :私は文系ですが、いろいろな分野に挑戦して、評価もしていただきました。興味がある分野にがんばって取り組めば、芽が出るのではないかと思います。好きでないと熱中できませんから、好きな分野を見つけることが大事ですね。
 一方で、分野を最初から限定せず、いろいろチャレンジすることも必要です。私も医療関係は無理と思っていましたが、いまこうして仕事をしています。自分の適性はわかっているようで、わからないものです。みなさんも医療分野を含め、好きな分野を見つけて、がんばってください。

■ 驚くほど多方面に知識の幅を広げてこられた安部さん。適性はわからないものだということばにも重みがあります。いまは医療関連のお仕事で充実した日々を送っておられますが、ノンフィクションやフィクションの出版翻訳にもぜひ挑戦されますように。

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