アメリア会員インタビュー

伊藤 真美子さん

第138回

ワイルドで楽しいゲーム翻訳の世界へ伊藤 真美子さん

Mamiko Ito

派遣社員として翻訳を始める

加賀山 本日は、実務翻訳とゲーム翻訳でご活躍の伊藤真美子(いとう まみこ)さんにおいでいただきました。まず、実務翻訳のお仕事からうかがいます。プロフィールを拝見すると、自動車にかかわるものが多いようですが。

伊藤はい。自動車関係の仕事は、翻訳を始めるきっかけになったのですが、いまも続いています。技術ではなくて環境にかかわる法律や報告書、関連資料などを訳す仕事です。

加賀山 「欧州廃車指令」および各国の「廃車関連法」。これはどういうものでしょう。

伊藤廃車にしたあとで、解体したり、使える部品をリサイクルしたり、危険物を処理したりしますよね。その指針を示したものです。ほかにも、部品にどういう成分を使ってはいけないとか、何年かけてそれを削減していくとか、そういったことが書かれています。それらを日本語に訳して、自動車メーカーや自動車工業界等が日本の自動車リサイクル法や関連する仕組みを作る際の土台にしました。

加賀山 翻訳会社から来るお仕事ですか?

伊藤最初は派遣会社でした。留学から帰ってきたばかりで、何か仕事を見つけなければという時期に派遣登録したのです。その仕事は、「経験者のみ」という条件でしたので、落ちてもしかたがないという気持ちで応募したのですが、採用していただき、オンサイトで自動車メーカーに勤めることになりました。環境関連の翻訳はそのときから手がけています。
 派遣先では、まず環境部、次は経理部というふうにいくつかの部署で働いて、経理や監査にかかわる職場では、アニュアルレポート、金融関係のレポートや、統計データなどの和訳もしました。

加賀山 派遣社員として働くなかでの翻訳だったのですね。日英と英日とどちらが多いのですか?

伊藤昔はだいたい半々だったのですが、フリーランスのいまはほとんど英日になっています。オンサイトで働くと、和訳も英訳もということが多くなりますね。

加賀山 派遣社員の仕事はどのくらいされていたのですか?

伊藤途中でフリーランスになる時期もありましたので、飛び飛びですが、直近では2016年ぐらいまでやっていました。
 派遣の仕事をしながら、帰宅してからフリーランスの仕事をしていたこともあります。昼間は経理の仕事、夜や早朝は家でゲームの仕事というふうに、いま振り返るとよくやっていたと思いますが、気分が切り替わっていましたね。

男女の入れ替わりが発生!

加賀山 フリーランスで始めたというゲーム翻訳ですが、きっかけはどういうことからでしょう。

伊藤アメリアWebサイトで見つけて、未経験者でもトライアル可という条件でしたので、申しこんでみました。ちょうどそのころ、SNSでゲーム翻訳をやっているかたと知り合う機会もあって、そういう業界があるならチャレンジしてみようと。

加賀山 昔からゲームに夢中で、という感じでもなかったのですね。

伊藤いや、もともとゲーム好きでした(笑)。大学時代には、学校に行くと無料でネットが使えましたので、オンラインのチャットゲームのようなものをやっていました。授業の合間とか、朝から晩まで(笑)。

加賀山 興味があってこの道に入られたと。

伊藤そうですね。夢中になりすぎるので社会人になってからは控えていたのですが、仕事でやるぶんには、そんなにハマらないかなと思いました。

加賀山 実際に仕事でやってみて印象はちがいました?

伊藤いまでもいろいろな種類の仕事をいただきますので、日々新しい発見があって、ゲームをするのと同じくらい楽しいと思っています。

加賀山 ゲームというのはそんなに輸入が多いのですか?

伊藤いまは「世界同時発売」みたいなものが増えています。映画の世界同時公開のような感じです。映像もたくさん使われていて、映像シーンは字幕翻訳、吹替翻訳に近いものがあります。

加賀山 ほとんど映画やドラマのようになるということですね。

伊藤ただ映画とちがって、大量にある台詞をみんなで分けて訳します。ひとりで訳せば、この伏線がここで生かされるといったことがわかりますが、ゲームの翻訳では、最初の30分はこの人、こことここは別の人、最後はまた別の人といった分業体制で、ほかの翻訳者の担当箇所はもらえない場合もありますので、落ちている伏線もあるだろうなと思います。全体像を知らないまま進めていく感じですね。

加賀山 そうなんですか。ゲームのタイトルもわからない?

伊藤情報がもれることを怖れて、だいたい最初は仮のタイトルやジャンルぐらいしか教えてもらえません。
 最近では、ひとりで担当したり、担当者みんなが全体を把握しているケースも増えているようですが、翻訳会社を経由して来る仕事は、分割されていることが多いですね。

加賀山 担当のかた同士で話し合ったりはしないのですか?

伊藤そもそもほかの担当のかたがわからないのです。たまにイニシャルが入っていて、あの人かも、と見当がつく場合もありますが。

加賀山 原稿はどのようなかたちで来るのですか?

伊藤たとえば、エクセルにザーッと台詞だけが並んでいるとか。少し慣れたゲーム会社や翻訳会社からの依頼なら、ここはこういう場面です、台詞はこれです、というふうに整理されていることもあります。
 ただ、ゲームの場合、選択肢でストーリーが分岐しますので……

加賀山 「はい」とか「いいえ」で進む先が変わる。

伊藤はい、そうなんですが、それも区別せずにズラーッと書いてあることもある。ずっとイベントやアクションが並んだあとで、今度はそれと関係のない台詞がたくさん出てくるとか。

加賀山 だとすると、全体の流れは類推するしかない?

伊藤そればっかりです(笑)。次のファイルが来たときに、あれ、これってもしかして、まえのファイルとつながってるんじゃないかと(笑)。

加賀山 それはたいへんな……。

伊藤あと、男女の台詞が入れ替わっていたこともありました。

加賀山 えっ! たしかに英語だと男女の区別はわかりにくいですね。そういうときはどうするんですか?

伊藤いやもう、びっくりします(笑)。翻訳会社さんによっては、男女の台詞を色分けしてくださるところもあるのですが、一度そのとおりに訳したら、できたゲームでは男女が入れ替わっていて、しかも貴族の女性だったところが、実際には男性でした。これはすごいことになったなと……。

加賀山 でも情報がかぎられているから、そういうことは防ぎようがありませんね。

伊藤むずかしいですね。残念ながら訂正もできません。

加賀山 すると、翻訳会社が全体を見て、いろいろ判断するわけですか?

伊藤ゲームの開発と同時進行で翻訳する場合などは、ゲーム会社から翻訳会社に入るファイルも五月雨式で、翻訳者に振り分けたあと、最終的にほうぼうから出てきたものを組み合わせます。その作業を翻訳会社ではなくゲーム会社さんがやるときもありまして、するともう、こちらの申し送り事項も伝わらない可能性があります。

ゲーム翻訳は「妄想力」が勝負?

加賀山 知りませんでしたが、ゲームの現物を受け取って、確認しながら訳すわけではないのですね。

伊藤ええ。開発途中のゲームは、ふつうは見られないので、どういう場面か、ほかに誰がいるのか、といったこともわからずに訳すしかありません。テキストができたところからどんどん翻訳会社経由で入ってきて、訳していく。あとで順番が変わったり、差し替え版が来たりということもしょっちゅうです。

加賀山 驚きました。小説にしろ、映画にしろ、いちおう世界が完結していて、前後の文脈からいろいろ判断するわけじゃないですか。そういうことができない。

伊藤ひたすら妄想力を使います(笑)。

加賀山 訳すのはどういうタイプのゲームが多いのですか?

伊藤私の場合はロールプレイングゲーム(RPG)です。銃で撃つようなものがあまり得意ではないので。スポーツや、サバイバルゲームが得意なかたもいて、なんとなく棲み分けができています。
 でも、小説の場合には調べ物も全部ひとりでやらなければいけませんが、ゲーム翻訳では、不明な部分は「申し送り」というかたちで、くわしい人にまかせたり、教えてもらったりもできます。

加賀山 完成品を渡すというより、共同作業で進めていく感じですね。

伊藤そうですね。自分でゲームを買わないかぎり、完成品を見ることは一生ないと思います。先ほどの男女のまちがいも、自分でゲームを買ってやってみなければ、わからないところでした。

加賀山 いやー、おもしろい世界です。プロフィールには「モバイルゲーム」の翻訳というのもありますが、これは携帯ですか?

伊藤はい、携帯(スマホ)です。

加賀山 ゲーム機のソフトを訳すときと、勝手がちがったりしますか?

伊藤たいてい規模が小さくて、開発者さんと直接話せます。ひとりかふたりで最初から最後まで訳す仕事が多く、開発者さんからデモ版みたいなものをいただくこともあります。

加賀山 その場合には、それほど妄想力を働かせなくてもいい?

伊藤そうですね。ただ、最近のモバイルゲームは、たとえば月に1回アップデートがあるゲームですと、まだソフトに組みこんでいないという理由で、テキストのファイルだけを渡されることもあります。すると、また推測してやるしかない(笑)。
 モバイルの場合には、ゲーム機とちがって、あとからアプリをアップデートするときにテキストも一緒に訂正してもらえる可能性が高いというメリットはあります。もちろん、訂正はないに越したことはありませんが。

加賀山 お仕事はだいたいどんな感じで入ってくるのですか?

伊藤「明日ファイルを渡して、XX日までにどのくらいできますか?」という問い合わせで始まることが多いですね。分量としては、ふつうの翻訳と同じように1日2000語ぐらいかなと思いますが、前作との関連やキャラクターを調べるような作業も加わりますから、私はそれよりいくらか少なくなります。なかには3000語や4000語できるかたもいると聞きますが。

加賀山 ゲーム翻訳のやり甲斐のようなものはありますか?

伊藤もともと演劇や本が好きでしたから、RPGなどでは物語を読んでいるような楽しみがあります。あと、実際のゲームだったら自分が選ばないであろう選択肢のストーリーもわかります。裏にはこんな設定があったのかという。遊ぶまえに筋がわかってしまう残念さもありますけれど。

加賀山 報酬は1語いくらというかたちですか?

伊藤そうです。実務翻訳などと同じです。

加賀山 けっこう手探りでやっていく仕事なのですね。

伊藤最初はもっとたいへんだったようです。私はいろいろな翻訳者さんが努力してこの業界を改善してきたあとに入りましたので。

加賀山 ゲーム翻訳のかたたちの集まりのようなものはあるのですか?

伊藤あります。昔は誰が何を訳したのかもわからない状態でしたが、ゲーム翻訳者同士で顔を合わせて情報交換する場を企画するかたたちがいて、東京や大阪でイベントをおこなっています。そのときには、翻訳者だけでなく、ゲーム翻訳に興味がある学生さんたちもどうぞ、というふうに間口を広げて集まっています。

演劇に魅了されて

加賀山 イギリスの大学を卒業されたのですね。

伊藤はい。日本の大学に入ったあと、1年で休学してイギリスに行ったのですが、そこでミュージカルにハマりまして、1年の留学の予定がもう1年、科目も政治学から演劇(Theatre/Performance Studies)のほうに移って、結局卒業するまで学びました。

加賀山 帰国後に演劇関係の仕事につこうとは思いませんでしたか?

伊藤ご縁がありませんでしたね。今後演劇とか台本とか、機会があればぜひやってみたいです。
 とはいえ、ゲーム翻訳の仕事にも演劇的なところが多分にあって、ここはこういう場面だろうとか、ここの「イエス」はこういう意味だろうというふうに、演出を考えなければなりません。

加賀山 ああ、映画やドラマだと目のまえに映像の答えがあるけれど、ゲームの場合には「舞台」を想像して演出するのですね。

伊藤吹替翻訳に近いところもあって、実際に発声しながら訳すこともあります。たとえば、山登りをしているときには、息が苦しくなっているからたくさんはしゃべれない。

加賀山 ゲームで「吹替」もあるのですか?

伊藤最近はけっこうあります。台本用データと音声ファイルをいただいて、それを訳します。

加賀山 字幕のようにゲーム翻訳にも字数制限はあるのですか?

伊藤たいていは、何文字までといった細かい指示はありません。こちらが訳したものを、ゲームの制作側で手を入れて使用する場合もありますし。

加賀山 いま仕事量は、実務関係とゲーム関係のどちらのほうが多いですか?

伊藤ゲームのほうが少し多くなっています。介護などで実家に帰ったりしていまして、融通を利かせてくださる仕事を中心に引き受けていたら、そうなりました。

加賀山 ふだんの生活で、仕事に役立てるために心がけているようなことはありますか?

伊藤漫画を読むことでしょうか。しゃべり方がとくに参考になります。小説よりも早く流行が反映されるので。実務翻訳もやっていますから、新聞を読み、ポッドキャストも聞きますが、それだけだと、最近の若い人のしゃべり方についていけなくなります。
 あと、日本の漫画のネタがめぐりめぐって海外のゲームに採用されていることもあります。日本のアニメや漫画が外国語に訳されて出ている影響でしょうか。

加賀山 ポッドキャストは、翻訳者でも聞いているかたが多いですね。最後に、ゲーム翻訳をやってみたいなという人にアドバイスがあれば、いただけますか?

伊藤とりあえず飛びこんじゃえ、ですね(笑)。求人があれば、経験がなくても飛びこんでみればいいと思います。アメリアのようなサイトを活用してもいいでしょうし、ゲーム翻訳をしている会社の求人に直接応募する手もあります。知っている人に、どんな翻訳会社があるか訊いて、そこに応募してみるとか。「ゲーム翻訳」で検索するだけでも、常時1、2件の募集はあると思います。
 それから、英日だけでなく、最近は中国語など他言語への翻訳も増えていますから、興味のあるかたは挑戦してみてはどうでしょう。

■ゲーム翻訳は、私がまったく知らない興味深い世界でした。出版翻訳では、いちおう完結したひとつの世界のなかで辻褄を合わせようとしますが、ゲームではそれがむずかしい。発想がちがいますね。勉強になりました。
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