アメリア会員インタビュー

大量のリーディングの経験が出版翻訳者としての指針に 実務も出版もさらなる高みを目指して……

濱野 :初のフィクション訳書『亡霊学級 のろわれた小学校』を上梓され、現在も学習を続けている安齋さん。ほかに、翻訳力向上のために実践していることは何かありますか?

安齋 :思いのほか有用だと分かったのは、雑誌の比べ読みですね。息抜きのつもりでいろいろ目を通しているうちに、各ジャンルの特徴を押さえていたようで、文章作りや語彙選びに役立っているのかなと。フィクションの仕事では、限られた作業期間内で翻訳・推敲だけでなく校正もしますが、その際に「もっとこういうニュアンス寄りの訳し方をできないか」というような代替案を求められ、場合によっては即興で提案したほうがいいこともあります。このため、複数ジャンルの出版物などを使って、視点や発想の切り替えに慣れる努力をしておくと、いざというときに機動力を発揮できるかもしれません。共同作業では、最初に思いついたアイデアに固執せず、指摘や要望を正確にくみとって、過不足なく対応できるよう準備しておくことも大切ではないでしょうか。それから、これはきわめて個人的な意見ですが、マンガを読むことも文芸翻訳にはいい影響を与えると思います。

濱野 :マンガですか?

安齋 :ええ。台詞や物語の流れの作り方など、ほんとうに勉強になりますよ。

濱野 :ではズバリ、出版翻訳者を目指す人にいちばんおすすめのマンガは?

安齋 :勉強になるという点で言えば、手塚治虫の作品だと思います。手塚作品は映画をそのまま静止画にしたような作風で、マンガの基礎とも言うべきものだと思いますので。

濱野 :そのほかに、フィクションの仕事をするうえで役立ったことはありますか?

安齋 :よく指摘されていることですが、やはり一定期間のあいだに、広範なジャンルのリーディングを大量にこなすこともポイントだと感じています。もともと乱読派ではあったのですが、あらゆる分野の原書のレジュメを作成することで身についた技術は計り知れません。対象読者の見極め、日本人読者の嗜好の把握、読みこみ方、物語としての「仕上げ」……もちろん、すべて完ぺきに習得したとは言えませんが、数万ワード単位の翻訳作業を数カ月かけて進めるうえで、なにか迷ったときの指針になっています。

濱野 :最後に、今後の夢をお聞かせいただけますか?

安齋 :実務翻訳については、現在の分野をさらに深めていきたいです。医療機器は日進月歩で進化していますし、工業分野も含めて、扱える機器やパーツの種類をもっと増やしたいですね。ライフサイエンスなど、仕事で出合わなければおそらく関わることはなかった世界について、新しいことを知る喜びはいつになっても変わりません。出版については、いただいた仕事を一つひとつ丁寧に仕上げていき、今後はエンターテインメントを中心にできればと思っています。児童書、ロマンス、ミステリなどどれも好きなのですが、さしあたっては、企画書をまとめたい児童書シリーズが1つありますので、新訳版刊行の実現を次の大きな目標にしたいです。

濱野 :今日はお忙しいところ、ありがとうございました。実務翻訳と出版翻訳の両方で日々お忙しいにもかかわらず、さらに学習も続ける安齋さん。すごいパワーです。今後のさらなるご活躍、お祈りしています。

■優しいお人柄でありつつも、翻訳の話になるとエネルギッシュで情熱的な安齋さん。医療機器分野に不慣れな私のために、当日は細かな資料やウェブサイトのコピーを用意して、一つひとつ丁寧に説明してくださいました。児童書の持ち込み企画、実現することを願っています!

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