アメリア会員インタビュー

大学院に通い、「文学」を見直した3年間 アメリカ文学史に埋もれた幻の名作を日本に紹介したい

濱野 :3年前から大学院に通われているというお話でしたが、翻訳のお仕事が順調なこの時期に、あえて大学院に行こうと決断された理由は?

金井 :大学のときにアメリカ文学を専攻し、マーク・トウェインの研究をしていたのですが、文学というものを勉強しきれなかったという思いがずっと心に残っていたんです。会社を辞めて翻訳家になると、今度は「文学」が仕事の一部になりました。すると、さらに勉強しなければいけないという思いが増してきた。それで、3年前についに一歩を踏み出したというわけです。

濱野 :仕事と学業の両立、大変だったのでは?

金井 :大学院の期間は本来は2年なのですが、社会人は3年に延長できる特例があり、それを適用していただけたのでなんとか両立できました。ただ、両立よりも受験のほうが大変でしたね。論文を書いて受験したのですが、なんと言っても大学を卒業して20年以上経ってからのことですので(笑)。

濱野 :文学への愛と学習意欲、ただただ脱帽です。20年の時を経ると、「文学」の状況も当時と現在ではちがっていましたか?

金井 :まったくちがいました。私が大学生だったときには、「イギリス文学」とか「アメリカ文学」という区分けがわりと明確にできていましたが、いまでは文学は国境を越えて「世界文学」という枠組みになっています。それに、むかしは作家研究がメインでしたが、いまは文学理論を理解したうえでの研究が求められます。学ぶことすべてが新鮮で、勉強がとても楽しかったですね。

濱野 :なるほど、時代とともに学び方もそんなに変わるものなんですね。大学院の研究を進めるなかで、翻訳の仕事につながる収穫のようなものはありましたか?

金井 :文学をじっくりと学ぶことによって、作品の解釈が以前よりもできるようになったと思います。それに加えて、研究の途中で、翻訳における新たな夢というか、ライフワークのようなものを見つけることができたのが大きな収穫と言ってもいいかもしれません。

濱野 :おお、ライフワークですか?

金井 :論文執筆のためにいろいろと調べていたら、19世紀から20世紀にかけて、アメリカで大ベストセラーとなったにもかかわらず、忘れられてしまった作品が多数あることがわかりました。日本人のアメリカ文学専門の大学教授も知らなかったとおっしゃっていました。アメリカでもほとんど誰も覚えていない。当時は大ヒットしたはずなのに、完全に忘れ去られてしまった作品です。それを知ったとき、「なんてもったいないんだろう」とまっさきに感じました。そういった作品を訳して、日本の読者に紹介できないだろうか、と。

濱野 :ベストセラーでも、忘れられてしまうことがあるんですね。でも、その当時ヒットしたということは、内容はおもしろいということですよね?

金井 :そうだとは思いますが、ただ日本人がいま読んでおもしろいかどうかはわかりません(笑)。それは別問題としても、翻訳者として自分が果たすべき役割を見つけたような気がしたんです。誰もお参りに行かなくなった元有名人のお墓を見つけてしまったような感覚でしょうか。気づいたからには、何か手を打たなくてはいけない、と感じています。これでお金を稼ごうとかいう話ではなく、年をとってからの楽しみでもいいので(笑)。

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