アメリア会員インタビュー

翻訳者は「郵便配達人」 鞄からこぼれ落ちた手紙を届けたい

濱野 :翻訳の仕事に大学院とお忙しい毎日だと思いますが、息抜きできる瞬間はどんなときですか? 何か趣味などはありますか?

金井 :最近ハマっているのは相撲ですね。テレビで観るのはもちろん、両国国技館に行って実際に観戦したこともあります。行司の服装や廻しの色使いなど、独特の雰囲気が好きなんです。もともと日本古来の文化に興味があり、とくに落語はむかしから好きで、いまでも寄席によく足を運びます。

濱野 :このインタビューをしていて思うのですが、翻訳者のみなさんは落語が好きな方が多いですね。ところで、運動は何かされていますか? 翻訳は意外と体力勝負のようなところがあるとお聞きしますが。

金井 :じつは去年、体力作りを兼ねて登山を始めました。翻訳は坐業ですので、やはり足腰が弱ってくるんです。自分でもそれを実感することが増えるようになって……。山に登る体力をつけるためにも、ずっとサボっていたスポーツクラブにいまは週4日通っています。

濱野 :週4回ですか! スポーツクラブで運動して、落語の寄席に行って、山に登って、大学院に通って、これだけの訳書を出されて……。すごいバイタリティです。さまざまな翻訳者の方の話を聞いていて常々思うのですが、活躍されている翻訳者のみなさん、仕事以外の興味をきちんと持って、行動的な方ばかりですよね。タイムマネジメントがうまい。だからこそご活躍されているのだと思いますが。

金井 :私なんかまだまだですよ。いつ寝て、いつ仕事をしているの? と思うぐらいパワフルに活動している翻訳者さんがたくさんいらっしゃる。親の介護をやって、子育てもやって、なおかつ趣味を楽しみ、訳書もどんどん出して……。たまに忘年会などでそういう方にお会いすると、自分もがんばらなくてはという刺激をもらえます。

濱野 :金井さんもすごいと思いますよ……。ぼくも見習いたいです。では、最後に今後の目標や夢があれば、お聞かせいただけますか?

金井 :最近はやはり翻訳書がどんどん読まれなくなっていますので、そのために何かしたいという思いが強くあります。「翻訳ミステリー大賞シンジケート」の活動や、西崎憲先生が中心となって起ち上げた「翻訳者大賞」など、いま業界全体でその状況を打破しようという動きがありますよね。私も、そういった活動になんらかの形で参加できればと思います。個人でできることとしては、仕事を通じておもしろい作品を紹介するのはもちろんのこと、さきほど申し上げたライフワークを通して、アメリカ史に埋もれた作品を日本の読者に届けたいな、と。ひとりでも読者が増えるのであれば、ぜひ発信しつづけたいと思います。

濱野 :そうやってひとりずつ読者を獲得していけば、翻訳業界全体を盛り上げることにもつながりますよね。

金井 :そうだといいですね。いつも考えているのですが、翻訳者というのはメッセンジャーだと思うんです。手紙を受け取り手に届ける郵便配達人と言ってもいいかもしれません。翻訳者は手紙、つまり原書の中身をそのまま細工をせずに読者に渡さなくてはいけない。でも、手紙は読まれなければ意味がない。歴史に埋もれて読まれなくなった本、それは配達途中で郵便屋さんの鞄からこぼれ落ちてしまった手紙と同じだと思うんです。それをひとつずつ拾って、受け取り手に届けたい。それが私の願いですね。

濱野 :翻訳者は郵便配達人――なんだかいい言葉です。今日は貴重なお話、ありがとうございました。最近の「文学」の事情など、たいへん勉強になりました。今後のさらなるご活躍、お祈りしております。

■柔らかな物腰で、穏やかで丁寧な口調の金井さんですが、大好きな文学、落語、相撲などへの情熱がひしひしと伝わってきました。ハイペースで訳書を出されているにもかかわらず、趣味や運動は怠らない。素敵です。アメリカ史に埋もれた作品、どんな内容なのか気になります。金井さんの訳で発表される日を楽しみにしています! きっと、同じように埋もれている作品が日本にもたくさんあるのだろうなあ、とふと思った今日でした……。

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