アメリア会員インタビュー



書かれていないことも読み取る。それが台本の読み方

坂田:学生の頃からずっと芝居が好きで、独学で台本の翻訳を長年続けていても、実際に翻訳するというのは難しいことなんですね。ここで、舞台の台本翻訳はどのような方が主になさっているのか教えていただけますか?

山内:たいていは大学の先生です。台本翻訳の第一人者である小田島雄志先生は東大の教授でしたし、松岡和子先生も大学教授でした。それから、演出家の方が訳すことも多いです。一組のカップルが演じる朗読劇『ラヴ・レターズ』の訳・演出を手掛ける青井陽治先生もその一人です。

坂田:それは、舞台の演出家や研究家の方のほうが、より深く理解して訳すことができるからですか?

山内:昔はそうだったと思います。例えば、シェークスピアの戯曲を坪内逍遥が翻訳していた時代は、やはり研究者じゃないとわからない部分が多かった。でも、今は学者じゃなければ、ということはないと思います。上演ルートを持っている者が翻訳に関わるというケースも多いですね。つまり、演出家というのは、そもそも何か作品を見つけてきて上演するのが仕事ですから、舞台に掛けるルートを持っています。だから、英語がわかる人は海外の戯曲を読んで、それをやりたいと思ったら自分で翻訳もしてしまう、という具合です。舞台の台本翻訳の場合、そこには演出の要素も入ってきます。だから自分で演出するものは自分で翻訳したいという人も多いんです。でもそれとは逆に、自分で翻訳するとうまくいかないから、誰か別の人に翻訳してほしい、という人もいるんですけどね。それから、役者さんで翻訳もして演出もして、ご自身で演じるという方もいらっしゃいますね。

坂田:日本の作品でも、やはり自ら台本を書く監督さんもいらっしゃいますよね。俳優さんが台本も書いて、演出もしながら自分で演じるというのもあります。それと同じようなことなのでしょうか?

山内:そうかもしれないですね。芝居の台本を読むのって意外と大変なんです。サービスのないものだから。

坂田:“サービスがない”というと?

山内:小説なら状況や人間関係の説明がありますが、台本には台詞しかありません。ト書はあるけれども詳細な説明ではない。つまり、台詞を読んでも、この人はどこにいるのか、誰に向かって話しているのか、ということは書いていないんです。この登場人物はこの芝居の中で何をしようとしていて、ベクトルがどちらを向いていて、その中でなぜこの台詞を発しているのか、そんなことを考えながら読まなければならない。そんな時、舞台の現場を知っていれば、あるいは舞台が好きでよく見ていれば、ある程度推測しながら読むことができますが、翻訳の経験が豊富でも舞台のことをまったく知らないとなると、うまくいかないことが多いということなんです。

坂田:英語が理解できれば翻訳できるというものではないんですね。研究者や演出家の方が訳すことが多い理由が少しわかった気がします。

山内:そんな具合ですから、台本翻訳の場合、現場で鍛えられる部分が多いんですよね。

坂田:山内さんご自身も、現場で鍛えられた経験がありますか?

山内:はい、もちろんです! 最初の頃は、自分が翻訳したものを舞台に掛けてもらえるとなると、「わーい! やってもらえるー」って喜んで稽古場に行きますよね。いざ、本読みが始まると、役者さんやスタッフが聞いてくるんです。「この台詞はどういう意味なの?」って。もっとガンガン怒られたこともありました。「こんな台詞、言えないよ」とか「この人物がこんなこと言うはずないじゃないか」って。あるいは、演出家さんに「ここに、こう書いてあるけど、詳しく説明して」「前の部分と整合性がないけど、どうなってるの?」とか。

坂田:厳しいんですね。

山内:かなり怒られたこともあります。でも、それって、ありがたいことなんですよ。演出家さんや役者さんというのは、絶対私には思いつかない考え方をしてきますから。この人物は何歳ぐらいなの? どんな家庭に育ったの? と聞かれることもあります。それには、自分の中で考えていたことをきちんと発言しないといけない。例えば、この人は南部の出身で、昔は上流階級だったけど今は落ちぶれて……、とかね。

坂田:でも、それは書き込まれていないんですよね。それは翻訳家の仕事ですか? 演出家の仕事かな、とも思うのですが……。

山内:原語の台本を読んでいるのは翻訳者ですから、翻訳者の仕事でもあると思うんです。だから、わからないことは徹底的に調べておかなければならない。この間も、宗教のことで質問を受けてわからなかったんです。「すみません。宿題にさせてください」って言って、あとから詳しく調べました。

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二足(以上)のわらじ出版翻訳舞台台本講師