濱野 :翻訳学習者の方には、最初の仕事にたどり着いてもそのあとが続かないという方が多くいるようです。村地さんは12年ものあいだ受注が途切れることなく続いているということですが、何か秘訣はありますか?
村地 :そうですね……いろいろ幸運もあったと思いますし、実のところは定かでないのですが、思い当たることはいくつかあります。まず、私は非常に神経質です(笑)。日常生活では家族があきれるほどですが、翻訳業務ではこれは必要不可欠な性質だと思います。追加調査やチェック、推敲の「最後のひと押し」で手を抜かないかどうかで、訳文の品質が大きく変わることもあるからです。また、先ほどいくつかお話ししましたが、自分の得意分野の内容に強い関心を持ち、日ごろから勉強や情報収集を怠らないことも基本的な前提だと思います。
それから最も大切なこととして、在宅のフリーランサーであっても翻訳チームの一員であるということをいつも意識しておく必要があります。取引先あっての仕事ですから、いったんお引き受けすれば多少の無理にはつべこべ言わずに対応する必要がありますし、何よりも、何十人もの翻訳者を管理して複数のプロジェクトを同時進行させているコーディネーターの方に面倒や心配をかけないことが大切だと思います。チャンスがあれば、ぜひ翻訳会社側の仕事も経験すべきでしょうね。私の場合、以前に半年ほどオンサイト業務をしたことがあり、そのときに得た技術と経験があとあと大きなプラスになっています。
濱野 :決して手を抜かない、関心を広げて情報収集を怠らない、さまざまな経験を積む……フリーで活躍するためにはとくに大切ですね。見習いたいです! ところで、4月からはフェロー・アカデミーの「カレッジコース」で講師を務められるとお聞きしました。経済・金融系の講座の担当ということですが、意気込みをお聞かせください。
村地 :これまでの実務経験を活かして、翻訳のテクニックや調査の仕方など、プロとして通用する実践的なスキルをできるかぎり伝えていきたいと思います。それに加えて、経済・金融系の翻訳の面白さを知ってもらうことが大切だと考えています。私の講座を受けて、経済の翻訳に興味を持ってくれる人が出てくると嬉しいですね。
濱野 :今日お話を少しお伺いしただけで、経済・金融系の翻訳に興味が出てきました(笑)。ぼくもぜひ講座を受けたいくらいです! では最後に、翻訳者としての今後の夢や目標を教えてください。
村地 :実は、目標としている翻訳家が何人かいるんですよ。その人たちに少しでも近づけるように今後も努力を積み重ねていきたいと思います。IT・技術系では、フェロー・アカデミーの講師をされていた佐藤洋一先生。佐藤先生が執筆された『コンピュータ翻訳入門』(アルク刊、絶版)は、私を実務翻訳の世界に導いてくれた運命の一冊で、いまでもときどき読み返すほどです。その他の著書もほとんどすべて読んでいます。
経済分野では、数年前に亡くなられた山岡洋一さん。山岡さんは、経済、経営、金融など社会科学全般の本をたくさん訳していて、J・S・ミルやアダム・スミスといった古典の新訳まで手がけられていました。そういう一流の仕事ができるようになりたいですね。
濱野 :ということは、将来的には出版翻訳も?
村地 :そうですね、それは考えています。ただ、まずは現在の実務翻訳で自分が納得のいくレベルに到達することが先決だと考えています。実務翻訳もほんとに奥が深いですから。単純に言えば、どんな案件が来ても、その分野のプロが読んでまったく違和感のない翻訳を常に正確かつ迅速に生産できればいいわけですが、これは口でいうほど簡単ではないんですよね。そういう仕事ができれば、将来にわたって問題なく家族を養っていけるだろうし、同時に取引先の利益にもなるというわけです。現状に満足せず、不断に知識と能力を高めていく多面的な努力が必要だと強く感じています。
濱野 :4月からは講師としてのお仕事も増え、ますますお忙しくなりますね。今後のさらなるご活躍が楽しみです。今日はお忙しいなか、ありがとうございました。