アメリア会員インタビュー

石橋を叩いて……ひびが入る頃になって渡る性格 フリー転身のきっかけは「出版翻訳」

濱野 :さきほどからお話をお聞きしていると、会社に勤務されながら何年にもわたって翻訳の勉強をして、じっくり検討や準備をされてから次に動くということが多いようですね。

仁科 :自己紹介などでよく言うのですが、「石橋を叩いて叩いて叩いて、ひびが入る頃になって慌てて走り抜ける」性格なんです(笑)。良く言えば慎重ですが、橋を叩く時間が長すぎて、叩いた影響や経年劣化でひびが入ってしまっているのではないかと。そうなった頃に、突然ものすごい勢いで渡りはじめる……そんなことを繰り返している気がします(笑)。

濱野 :そんな慎重な仁科さんが、去年フリーランスに転向された。人生の中でも、これは大きな決断ですよね。何かきっかけがあったのでしょうか?

仁科 :メディカル分野の社内翻訳者・チェッカーとして働いて2年ほど経った頃に、フリーランス転向を見据えて、ある翻訳会社のトライアルを受けました。そのときに、「今回の募集とは別件で医療系の案件のトライアルを行うのですが、受けてみませんか」というお話をいただいたんです。せっかくのお話だから挑戦してみようと受けたところ、お仕事をいただける方向で話が進んだのですが……それが、実は書籍の一次翻訳(下訳)でした。

濱野 :ええ〜。実務系の翻訳会社から出版の仕事が来るとは驚きですね。トライアルを受けたときには、知らされていなかった?

仁科 :はい。トライアルの原文を見て書籍の一部だと考えてはいましたが、どこかの会社で社内資料として使うのかななどと勝手に想像していました(笑)。最終的に、会社勤務を続けながら1冊の本の大部分の下訳を担当させていただくことになって……。それが、去年出版された『顧みられない熱帯病:グローバルヘルスへの挑戦』(東京大学出版会)という本です。

濱野 :お勤めをしながら、本1冊を翻訳するのは大変なのでは? それも、経験のない出版分野で……

仁科 :それはもう、大変でした(笑)。半年ほど、平日の夜の数時間と週末のほとんどはこれにかかりきりで……月1日程度は完全休業にしましたが。ただ、終わったときの達成感は大きかったですね。

濱野 :それが、フリーランスになるきっかけに?

仁科 :はい。下訳とはいえ1冊の本をほぼ一人で訳すことができ、複数の関係者の方から訳文を評価する言葉をいただけたこともあって、自信につながりました。長い間、苦労して取り組んだ仕事だったので、本という形になったときにはとても嬉しかったですね。それに、本の「訳者序文」の中で名前も出していただきました……。この仕事をきっかけに、フリーランス一本でやっていこうと決心しました。

濱野 :評価の言葉は嬉しいですよね。それにしても、出版翻訳がきっかけで実務翻訳のフリーになった方にお会いするのは初めてです(笑)。

仁科 :自分でも驚いています。後でいろいろな方のお話を聴くと、このような経緯はやはり珍しいことのようなので、私は運に恵まれているのかなとも思っています。

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