【アメリア】Flavor of the Month 61 小坂恵理さん
読み物
Flavor of the Month
<第61回>  全4ページ


他の人に負けない私のウリは、短期間で翻訳できること

坂田:多重放送の翻訳の仕事が終わってしまい、それからどうしましたか?

小坂:この頃にはワープロが出てきていて、翻訳も手書きではなくワープロで原稿を打つようになっていたので、この機会に英日翻訳を勉強しようと思いました。それまでにも、雑誌に出ている翻訳課題を訳してみたりしていたのですが、家族に読んでもらうと「翻訳だとすぐにわかる文章だね」と笑われてしまって……。「本当にうまい人は、(日本の)小説を読むように書くんじゃないの」と言われ、そういうのは今の自分にはできないな、できないからこそ挑戦してみたい、そう思ったんです。

坂田:失礼ですが、この頃はもう40歳を超えられていたんですよね。通訳、日英翻訳の実績があり、さらに新しいことにチャレンジするって素敵ですね。

小坂:そんなに大げさには考えなくて、ただ本当にやってみたかったんです。日英翻訳は、なさっている方は皆さんおっしゃいますが、慣れてくると英日翻訳よりもとても楽なんです。なんていうか、パターンがあるので、それさえ覚えてしまえばできる、という面があります。ただ、できるとはいってもネイティブではないので、ネイティブチェックが入ると必ず直されるんです。上手になったからチェックはいらない、ということにはならない。それに比べて英日翻訳なら、うまくなれば最終的には自分の言葉のままで満足してもらえるものが作れる。そこが面白いなと思って、挑戦してみたくなったんです。本の表紙に自分の名前が載る、というのも憧れでしたし。
 それで、翻訳学校のノンフィクション翻訳のクラスに2年ほど通いました。授業で出される課題は、毎週当番の人が発表するのですが、自分が当番でないときも必ず全部原稿を作っていき、先生の的確な直しや他の方の訳文のうまい表現などをすべて自分の原稿に赤字で書き入れて、家に帰ってもう一度いちから翻訳をやり直して、という作業を繰り返しました。私には持って生まれた文才はないと思っていますので、だったら人のものを盗むしかない。一生懸命盗もうと決意して、授業に挑みました。

坂田:その結果、何か手応えがありましたか?

小坂:そうですね。2年くらいやった頃に、こういう感じでやればいいのかな、という感覚がつかめた気がしました。先生の下訳をしたり、紹介していただいた出版社からリーディングのお仕事を受けるようになり、そこから翻訳につながったりして何冊か訳書を出すことができました。
 そのうちの一冊にイラク戦争の本がありました。リーディングを依頼された本だったのですが、ちょうどイラク戦争が始まる直前に戦争回避について書かれた本で(邦題『イラク攻撃を中止すべき10の理由』日本放送出版協会刊)、とにかく一刻も早く出したいということで、短期間で訳してもらえないかと言われました。
 納期が短くて大変でしたが、そこで躊躇していてはチャンスが無くなってしまいます。”間に合うかな?”ではなく、”間に合わせよう”という感じでお引き受けしました。今考えると恐ろしいですが、3週間の納期で1冊を訳しました。

坂田:その3週間は休みなしで朝から晩まで翻訳という感じでしたか?

小坂:そうですね。このときばかりは家事を放棄して、掃除はしない、食事は買ってきたお総菜ですませる、といった具合で、家族には我慢をしてもらいました。
 でも短い納期に対応するというのが、私のウリでもあると思うんです。多重放送の翻訳をしていた10年間で短時間に集中して翻訳をするという訓練を積んできました。出版翻訳は特に、本1冊という大きな単位の仕事なのでいただくのが大変ですよね。やりたい人はいっぱいいますから。大勢の候補者がいる中で、自分にしかできないことは何かなと考えると、同じ条件で人よりもうまく訳すというのは今はまだ私にはできないと思うんです。それは自信がない。でも、人よりも短い期間で訳すことなら、今までの経験から、できるかもしれないと思えるんです。

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