【アメリア】Flavor of the Month 86 小々馬 信介さん
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Flavor of the Month
<第86回>  全5ページ


留学後、タイとマレーシアに勤務
東南アジア各地でニュース翻訳に関わる日々

濱野 :20代半ばで会社を辞めてインドネシア留学―聞いているだけだと楽しそうですが、実際の現地での生活はいかがでしたか?

小々馬 :首都ジャカルタから車で2時間ほどのバンドンという町にある大学の語学コースに通ったのですが、毎日がすごく楽しかったですね。インドネシアは民族が多様なので、文化的に飽きることがありません。バンドンは、インドネシア第二の民族集団であるスンダ人の文化圏で、一般的なジャワ人の文化とはまたちがった魅力があります。そんなスンダ地方の文化や音楽、芸能が好きになりました。

濱野 :音楽が好きだと、やはり東南アジアは楽しいですよね。それから、2年ほど同じ大学で学ばれたわけですね?

小々馬 :ええ。語学のコース以外にも、途中からは大学の経済学部と法学部の授業も聴講しました。会話の能力だけではなく、高度で専門的なインドネシア語を学びたいと思いまして。

濱野 :やはり、インドネシア語の翻訳で食べていくということを考えてのことですか?

小々馬 :そうですね。それに実は、留学時代からアルバイトで翻訳を少しずつ始めていたんです。新聞や雑誌の経済記事などがメインでしたが、日本のマンガをインドネシア語に訳す仕事なども手伝いました。それがすごくおもしろくて、翻訳って楽しいなあとそのとき強く感じました。

濱野 :なるほど、語学留学中に翻訳への目覚めがあったんですね。2年間のコースが終わったあとは、どうされたんですか?

小々馬 :東南アジア各地に支社を持つ報道機関に就職しました。ニュースや新聞記事の翻訳がメインの会社だったので、自分にはぴったりだな、と。応募してみたら、タイミングよくタイで欠員が出て、バンコク支社で1年ほど勤めることになりました。ただ、会社にはずっとマレーシア勤務の希望を出していました。そうしたら、1年後にやっとマレーシア勤務になりまして……

濱野 :お話をお伺いしていると、マレー語とマレーシアへの思いがお強いようですね。

小々馬 :そうですね、東南アジアで初めて旅行に行った場所ということもあると思うんですけど……インドネシア語をやることになったのも、マレーシアでマレー語に興味を持ったのがきっかけと言えばきっかけなので。結局、マレーシアには5年ほどいました。

濱野 :おお、長いですね。マレーシア支社では、念願のマレー語の翻訳ですか?

小々馬 :いえ、実はほとんど英語です(笑)。務めていた会社がビジネス分野をメインに扱うところだったのですが、マレー語で書かれた経済・ビジネス記事というのは少ないんです。それで結局、英語ばかりになってしまって。

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