特許、契約書、機械翻訳もこなすフリーランスの実務翻訳者河目志津加さんFlavor
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Flavor of the Month
河目 志津加さん

第133回

機械翻訳のポストエディットに果敢に取り組む 河目 志津加さん

Shizuka Kawame

通信教育から、特許・契約の翻訳のプロに

加賀山本日は、実務翻訳経験10年以上の河目志津加(かわめ しずか)さんにおいでいただきました。いまのお仕事からうかがえますか?

河目いまは翻訳、チェック、機械翻訳のポストエディットをしています。あと、ポストエディット後の最終チェックもしています。

加賀山翻訳の英日、日英の割合はどのくらいでしょう。

河目 :英日が7〜8割、残りが日英ですね。英日では、おもに通信やコンピュータなどの情報技術系の特許関連文書や契約書を訳しています。日英のほうは、コンピュータなどの分野の契約書やプレゼン資料の翻訳です。
 翻訳チェックの仕事も、契約書が中心です。

加賀山 :どれも翻訳会社を介して来る仕事ですか?

河目はい。

加賀山 :この業界にどのようにして入られましたか?

河目大学生のときにフェロー・アカデミーの通信講座を受けて、卒業後に上京し、複数の翻訳会社でアルバイトをしました。
 通信講座では、まず「ステップ18」を学びました。そのときには文芸翻訳をめざしていたのですが、その後、もう少し入りやすそうな分野からやってみようと思い、佐藤洋一先生のIT翻訳を受講しました。その受講中に大学を卒業したので、それと同時に、アメリア経由で見つけた都内の会社でアルバイトを始めました。
 東京で急いで翻訳の仕事を始めた理由は、じつは別にあります。大学の専攻は外国語学部国際関係学科でしたが、そこで学んだ国際関係や開発学に興味がわいて、国際協力NGOでインターンをしたいと思いました。ただ、東京に出ないとなかなかNGOで働くチャンスはないので、卒業まで待たなくてはなりませんでした。さらに、上京していきなりインターンとなると生活ができないので、まず翻訳を学んで在宅で働けるようになってから、そうしたインターンの仕事にも手を広げることにしました。

加賀山 :ずっと翻訳を続けた理由として、やはりおもしろかったということもあるのでしょうか?

河目本当におもしろくなったのはここ半年です(笑)。フリーランスになって機械翻訳の勉強をいろいろ始めてから、おもしろくなりました。それまでは、なんとなく、翻訳の仕事が自分に合っている気はしていましたし、周りからもそう言われることがあったので、じゃあもうちょっと続けよう、という感じで続けていました。

加賀山 :半年前まで会社勤務をされていた?

河目 :はい。特許翻訳の会社に勤めていました。上京して2年目にその会社の英文和訳のトレイニーとして採用されて、そのときのご縁のおかげでずっと特許翻訳を続けています。途中、2008年から2012年の途中まではいったんフリーになって、上京時の予定どおり、NGOでインターンやボランティアをしました。

加賀山 :具体的にはどのようなことを?

河目広報系の仕事と、日本語教師をしていました。広報では翻訳ができるということで、よく翻訳を頼まれました。あとはウェブサイトの更新とか、国際フェスティバルに出す屋台の手伝いとか。日本語教師は難民支援団体でやっていました。

機械翻訳の現在と未来

加賀山「ポストエディット」というのが機械翻訳関連の仕事ですね?

河目はい。機械翻訳にかけた訳文に手を入れて、完成させる仕事です。いまの仕事量としては、ポストエディットより自分で最初から訳す翻訳のほうが多いのですが。

加賀山ポストエディットの仕事はどういう経緯で始められました?

河目産業翻訳、とくに特許などの分野は、「美しい表現」を追求するわけではないので、いずれ機械翻訳に取って代わられるのではないかと昔から思っていました。翻訳であと30年、40年と生活していくのはむずかしいだろうと考えて、ポストエディットを早めに手がけることにしたのです。早い時期ならまだ報酬のレートも低くないし、やっている人も少なくて、何かと有利だろうということで。

加賀山先見の明がありましたね。ポストエディットのどのへんに興味を持たれたのでしょう。

河目ポストエディットという仕事自体の魅力は、翻訳とちょっとちがった作業ができるところです。私はもともと、いろんなツールを試したり、ひとつの案件を仕上げる手順をいろいろ変えてみたりしながら仕事をするのが好きなんです。単純に飽きるというのもあるんですけど、いろいろ試していいやり方を見つけていくのが楽しいのです。
 ポストエディットは、翻訳の経験を生かしつつ、いままでとまったくちがう課題がある新しい作業を、どうやったらうまくできるか、と日々考えながらすることができるので、そこが楽しみのひとつになっています。
 あとは、これはポストエディットというか、機械翻訳のおもしろいところだと思うのですが、単純に翻訳者が下訳として機械翻訳を使おうとしても、なかなか効率は上がらないんですね。使いこなす方法はかなり試行錯誤しないと出てこないと思いますし、いろんな翻訳会社があるなかで、スムーズに機械翻訳を活かせる環境がすでにある会社と、そうでない会社というのが、たぶんあります。
 私、この10年でいろんな翻訳会社を転々として、けっこうな数の、いろんな分野の翻訳会社さんとお仕事をさせていただいたんですが、扱う分野も、翻訳者、チェッカー、コーディネーターのスキルやその分布も、翻訳会社により様々です。機械翻訳の特性をよく理解すれば、どの分野に向いているか、あるいはどの翻訳会社に合うかといったこともわかってくると思うんです。
 そういうことを考えるのも楽しいです。

加賀山機械翻訳というのは1種類だけですか? それともいろいろな種類がある?

河目いろいろありますが、いま私が関わっているのはふたつです。大きく分けるとニューラル、統計、ルールベースというカテゴリに分かれて、それぞれいろんな企業が翻訳エンジンを出しています。最近の主流はニューラルですけど、ほかとどうちがうのかとか、技術的な詳しい話は私にはわかりません。
 ゆくゆくはもうちょっと突っこんだ勉強もしたいのですが、そのためには数学の勉強もしたほうがいいと知り合いから言われています。

加賀山数学ですか。プログラミングをするわけではありませんよね?

河目プログラミングはしなくても、機械翻訳の仕組みを理解するためにいろいろな本を読んでみると、数式がけっこう出てくるのです。数学の勉強ってずっと避けてきたのですが、どうしてもその本を読みたいので勉強するしかないかなと思っています。もちろん、研究者になろうというわけではないので、そこまで高度な勉強をする必要はないはずです。参考文献を理解したり、専門の方ともうちょっと深い話ができるようになったりしたいだけなので……高度な知識は必要ないことを願っています。

加賀山ポストエディット専門の会社があるのですか?

河目専門というよりは、翻訳会社のなかでひとつのプロジェクトみたいな感じで取り組んでいることが多いと思います。機械翻訳を取り入れて、コストの削減や納期の短縮ができないか、試行錯誤している会社は多いと思います。

加賀山実際にその仕事をしてみて、将来的には機械に置き換わると思いますか? 少なくとも特許などの分野ではどうでしょう。

河目いまの技術を見るみるかぎり、近い将来に置き換わることにはならないと思います。まだかなり使いこなすのがむずかしい段階です。

加賀山どのあたりがむずかしいのですか? 使いものにならないというわけでもなさそうですが。

河目Google翻訳などでも使われているニューラルでは、けっこう読める感じの訳文は出てきます。1年半ぐらいまえからだいぶ翻訳の質も向上しているのですが、まだ訳抜けとか、数字のまちがい、否定と肯定の取りちがえとかがあって、けっこう手がかかるのです。訳語の統一ができないのも大きな欠点です。

加賀山Google翻訳はたしかに少し利口になった気がしますが、わりと決まった型がある分野でも、まだ頼りない感じなのですか。

河目まだまだですね。

加賀山ポストエディットの求人自体も増えていますか?

河目まえよりは増えたかなという感じですが、激増はしていません。やっぱりちょっと使ってみて、「あれ、こんなにたいへんなんだ」というのが現状なのだと思います。熟練した翻訳者であれば、(機械を使わずに)自分でやったほうが早いというレベルです。結局かかる時間は同じくらいかな、と言っている人(同業者)もいます。

加賀山すると、特許などと比べてあまり定型がない小説などの機械翻訳は、まだまだという感じですか。つまるところ、英語から日本語にするパターンの「組み合わせ」ですから、膨大なデータを集めれば原理的には可能になる気がするのですが。

河目そういう指摘も聞いたことがありますが、現実にはまだまだです。

加賀山それはちょっと意外でした。ポストエディットという仕事は、誰かの下訳を使って訳す感じに近いのでしょうか。

河目そうですね。できの悪い訳文を直しているような感じです。

加賀山また初歩的な質問ですが、使っている機械はだいたい共通なのですか?  クラウドのようなもので共有されているとか? それとも会社によってちがうのですか?

河目翻訳会社によっていろいろですね。誰でも使える機械翻訳で訳文を作る会社もありますし、自社で翻訳ソフトやデータベースを持っている場合もあります。

加賀山機械を使ったということは、あらかじめ翻訳会社から知らされるのですか?

河目そこはきちんと通知されます。ベースが機械の訳文か人間の訳文かで、報酬のレートがちがう場合もありますから。

加賀山あ、そうなんですか。機械翻訳のエディットのほうがレートは高いのですか?

河目低いです。まだ機械翻訳の質がそれほど高くないので、むしろレートを上げてもらってもいいくらいだと思います。ただ、このへんは、標準的なレートの設定ができあがっている段階ではないと思いますので、一般的な産業翻訳よりも価格交渉とかをしやすい部分だと思います。
 私がいいなと思ったのは、「時給制」のポストエディットです。機械翻訳の訳文は原文の質に左右される部分も非常に大きいですし、もし事前に機械翻訳の出力を確認させてもらえない場合、ひどいエンジンの訳文を渡される可能性もあります。逆に、これは本当に経験があるのですが、機械翻訳が素晴らしい訳文を出してくれるときもあるんです。「これでワードあたりこんなに支払ってもらっていいの?」というくらい。
 ですので、ポストエディットに関しては、私は時給制のほうが、ポストエディターにとっても翻訳会社にとってもいいと思っています。
 もちろん、ポストエディターが作業に慣れれば、機械の癖のようなものもわかってスピードが上がるでしょうし、今後は支援ソフトなんかも出てきて、仕事がはかどるようになると思います。そうなると、ポストエディターとしては、時給制じゃないほうがうれしくなるんでしょうね。

加賀山なるほど。興味深いですね。

河目じつは、翻訳者さんのなかには、機械翻訳にあまり協力したくないという方もいらっしゃるんです。自分の仕事を奪う流れをなぜ加速させるのだ、ということで。

加賀山ああ、たしかに。でも、それは全産業に言えることですよね。ホテルのフロントの人も怒らなきゃいけなくなる(笑)。このまえ、坂本龍一さんが対談で、AIが無数の組み合わせを蓄積して「いい曲」を作るんだったら聞いてみたいというようなことを言っていて、小説や翻訳でも同じだなあと思いました。「いい訳」が出てくるんだったら興味深いし、読んでみたい。ただ、そういう作品を作って、開発費用に見合うかどうかはわかりませんけど。

河目いま、通訳もけっこう自動化を進めようという動きが出ています。誰とでも話せるようになるとずいぶん世界が広がると思います。

加賀山まさにそうですね。機械による通訳と翻訳ではいまどちらが進化しているのですか?

河目どうでしょう。聞いた話ですが、通訳の場合、音声認識をしたあとは機械翻訳にかけるので、機械翻訳を超えるのはむずかしいんじゃないかと。自動通訳は、自動翻訳のプログラムに音声認識がくっついているわけです。

ポストエディットだけではなく、プリエディットも

加賀山プロフィールには「プリエディット」というのも書かれていますが、これは何でしょう。

河目機械にかけるまえに英語の原文を多少書き換えて、よりよい訳文が出るようにすることです。ただ、そういう仕事の求人はまだ見たことがありません。翻訳会社さんのほうでも、原文をいじるというのはハードルが高いようで。
 とはいえ、機械翻訳の開発者から聞いた話では、プリエディットをしたほうがぜったい機械翻訳の質は高くなるので、そういう使い方を勧めますということなんですね。たとえば、文章を短く切るとか、凝った表現をシンプルなものに変えるとか。

加賀山なるほど。そういう仕事もこれから増えるのかもしれませんね。

河目そうですね。あと、マニュアルとかであれば、最初に書くときから機械翻訳しやすい文体を使うことも考えられますし、そういう取り組みをされている方もすでにいらっしゃいます。

加賀山この分野の最先端という感じですね。ずばり、機械が完全に訳せるようになるのは何年後だと思われますか?

河目いまのところは見えない感じですが、急にぐっとよくなる気はします。たとえば、東京オリンピックがひとつのチャンスで、オリンピックが終わってしまうと開発の勢いが弱まってしまうのかなと。

法律も会計も税務も日々学ぶ

加賀山ふだんからスキルアップのために何か勉強されていることはありますか?

河目機械翻訳、自然言語処理、数学の本を読んだり、科目履修生として大学の法学部の授業を受けたりしています。

加賀山法学部ですか。

河目はい、仕事で契約を扱いますから。民法、商法、会社法をひととおり勉強して、かなり役に立っています。

加賀山すごい。国際法なども?

河目国際法はこれからです。あと、契約書の翻訳をやっていると、会計関係の知識が不可欠ですね。

加賀山ほとんど学生ですね。自然言語処理の本を読んだり、これだけたくさんの法律を学んだり。

河目手を広げすぎかもしれません。いえ、まちがいなく広げすぎです。でも、楽しんでいるのでいいということにしています。

加賀山仕事と勉強が半々ぐらいの生活ですか?

河目いいえ、仕事がメインです。学校のほうは通学ではなく、通信教育なので。法律は何年もまえから時間をかけて学んでいます。そういえば、法学部のまえは、放送大学で統計学とかコンピュータとかも履修してました。

加賀山勉強したり本を読んだりするという点では、会社員のときのほうがやりやすいですよね。電車のなかで読めるから。

河目そうですね。会社員の頃は帰りの電車で読むだけでかなり消化できていました。いまはそれがなくなったので、どこかに用事に出かけるときに1時間早く出発してカフェで本を読むなど、意識的に読書の時間を作るよう心がけています。

加賀山翻訳が仕事として初めて頭に浮かんだのはいつですか?

河目大学受験のときに、外国語学部を選んだ理由が「翻訳」でした。たしか、日本語を書くのが好きで、作家は無理だけど翻訳はなんとかなるかも、と思ったからです。中高生の頃から英語は好きでしたし、得意でもありました。浅田次郎さんとか司馬遼太郎さんとか、日本の作家も好きでした。

加賀山いまお仕事は在宅ですか?

河目自宅の近くにアパートを借りて仕事場にしています。

加賀山リラックスするときには何をされます?

河目うーん、なんでしょう。最近は猫と遊ぶことでしょうか。暖かいときは早朝ランニングとかしてます。  いまはそういうことよりも、とにかく今年の目標として、週に1回休もうと思っています(笑)。目標が実現したら、本を読みたいですね。それも勉強の本になってしまいそうですが。

加賀山今後の目標は?

河目これはまだ、ぼやーっと考えているだけなのですが、いつか、ボランティアやインターンとして関わってきた難民支援団体を、機械翻訳で支援できないかな、と考えています。難民申請にはひとりにつき大量の翻訳が必要になるのですが、それを通常は、ボランティアが翻訳したり、プロボノで法律事務所が翻訳したりしているそうなのです。もしそこを少しでも自動化できれば、もっとほかの部分に法律家やボランティアの力を注げるようになると思います。

加賀山最後に、これから特許や契約書の翻訳をしたいという方に何かアドバイスをいただけないでしょうか。

河目特許や契約書の翻訳を本当にしたいのかよく考えてもらいたいです(笑)。なぜかというと、自分が興味を持てる分野を選ぶのがいちばん大事だと思うからです。興味を持てば、継続できますから。
 翻訳の仕事ってたぶん、作業時間の半分以上は調査の時間じゃないですか。その調査自体にもしまったく興味がもてなかったら、悲惨だと思います。もちろん、好きな分野だけでお仕事をするのはとてもむずかしいです。私は法律分野がいちばん好きですが、契約書の翻訳を始めて、会計、税務、保険とかいう、一度も興味を持ったことがなかった分野の知識が必要だと気づいて愕然としました。なかなか興味はわきませんが、仕事なのでこれもきちんと調べます。でもこれを続けられるのは、コアになっている分野が法律だからです。
 これから始める翻訳者さんには、ぜひ興味を持てる分野で挑戦してほしいですし、仕事を始めてからも、どの分野で自分がわくわくするのかというところを意識しながら、長く楽しんでほしいと思います。

■実務翻訳をしながら、勉強も怠らない学者肌。機械翻訳について私自身があまり知らなかったもので、根掘り葉掘りうかがってしまいました。現在進行形の分野はやはり興味深いですね。今後何か大きな進展があったら、ぜひ教えてください。
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