【アメリア】Flavor of the Month 16 子安亜弥さん
読み物
Flavor of the Month
<第16回>   全3ページ



本づくりは訳者と編集者の二人三脚、作り手の愛情が必要だと思いました。

坂田:さて、そろそろ今回出版された児童書『クジラのウォルドーとココナツ島の魔女』についてお話を伺いたいと思います。まず、どんな本なのか教えてください。

子安:ウォルドーというマッコウクジラが主人公の冒険物語です。短編が三つ収められていて、第一章は、弱虫だったクジラのウォルドーが、親友のお月さまを助けるために海の底までもぐっていき、おばけダコの一味とたたかう物語です。第二章は、ウォルドーが北極の海に出かけるのですが、南に向かって帰るのが遅れ、氷に閉じ込められて出られなくなってしまうという話、第三章は南の海でドラゴンの子どもと仲良くなり、力をあわせて悪い魔女をやっつける話です。作者のアラン・テンパリーさんはもと船乗りという方で、どのお話も海の描写がとても美しいんです。

坂田:この第一章は、2001年3月に開催されたアメリア新人翻訳コンテスト<第10弾>の課題でしたね。まず、コンテストの課題文を初めて読んだときの感想は
?

子安:難しいな、と思いました。原文を読んでいると、情景がすごく目に浮かぶんです。でも、いざそれを日本語にしようとするとなかなかうまくいかず、七転八倒……。まあそれはいつものことなんですが(笑)。今回は「子どもにも理解できる表現で」という出題者からのコメントがあったので、いっそう苦しかったです。英語ではなんてことない簡単な表現が、日本語にすると急に難しくなってしまうことがあるん
です。 よね。そこをどうやって子どもにもイメージがつかめるような表現にするかに、非常に苦しみました。

坂田:子安さんは見事最優秀賞に選ばれ、翻訳者に決定したわけですが、コンテストに応募した訳文はそのまま使われているのですか?

子安
:いいえ、その後も編集者の方と話し合いながら、かなりの手直しをしました。コンテストに応募した訳文と最終的な原稿が大きく変わったところというと、(1)「ですます調」を「〜だ調」に変えた (2)キャラクターを際立たせるよう登場人物たちの口調に工夫した、という点です。課題文を読んだときには「ですます調の感じかな」と思ったのですが、第二章以降、主人公のウォルドーくんがどんどん元気いっぱいになっていくんですね。それで担当の編集者の方と相談して、「元気よくいきましょう」ということになりました。 登場人物それぞれの描き分けについては、コンテストの講評でも指摘されていたので、いろいろと工夫してみました。

坂田:例えば、どんな風に?

子安:そうですね。「ささやきの魔女」が出てくるのですが ”神秘的でちょっと不気味な感じ” なので口調もその雰囲気が伝わるように工夫しました。
例えば……

<英文>
I have not seen her. But my whisperes have told me: the wild waves know; the pebbles know; the sea winds have breathed it into my ear. Black Gog has stolen her- down, down, into the depths of the sea.
<コンテスト応募訳>
<最終訳>
「わたしは見ていない。けれど、わたしの家来たちがしっていた。波や、小石や、海をわたる風たちが、こっそりおしえてくれた。ブラック・ゴグが月をゆうかいした。深い海のそこに、月をつれていってしまったってね」
「わたくしは見ておらぬ。けれど、わたくしの家来たちが見ておった。波や、小石や、海をわたる風たち。かのものたちがこっそり知らせてよこした。ブラック・ゴグが月をさらっていった。ふかい海のそこに月をつれていってしまったと」

坂田:口調によって、ずいぶんと雰囲気が変わりますね。最終訳のほうを読むと頭の中に魔女の姿が浮かんでくるような気がします。

子安:そうですか。ありがとうございます! ほかにも、ブラック・ゴグというおばけダコの手下たちはいじめっこ風に、すれ違う星たちは無責任でおしゃべりな感じになど、細かいところまで色づけしました。

<英文>
."Games!"they cried roughly. "You've finished with games! No more games for you! Ha-ha! You're coming with us!"
<コンテスト応募訳>
<最終訳>
「あそばないかって?」いじわるそうにさけびます。「ゲームはおしまい! おまえは二度とあそべない!ハッハッハ!おれたちといっしょに来るんだ!」
「『あそばない?』だとさ!」
「へっ、ゲームはおしまいだよ!おまえは二度とあそべないのさ!」
「ハッハッハ!おれたちといっしょにくるんだ!」

子安:最終的には、いじめっこ風にはやしたてる感じを出すために、3つにセリフを分けました。

坂田:3つに分けると随分とテンポが出るんですね! そういえば絵本だとこうしたセリフの並びをよく見かけるような気がします。「〜さ!」「〜だよ!」「〜だ!」といった語尾もテンポを出しているように思います。ここも意識されたのですか?

子安:そうですね、逆に同じ語尾の繰り返しでリズムを出そうかとも思ったのですが、あまりうまくいかず、結局これに落ち着きました。リズムという意味では、次の箇所も苦労をしました。

<英文>
Some creatures liked the black nights. These were the fierce, ragged-toothed, spiky, squirmy, stinging things that lived in the depths of the sea.
<最終訳>
ところで、海には、くらやみが大好きないきものたちもいる。ぎざぎざの歯にとげとげのせなか、のそのそ全身ではいまわる、見るもおそろしいすがたをしたやつらだ。

子安:ここは、spiky, squirmy, stinging というテンポを少しでも出したくて、工夫しました。

坂田:ここのところ、ひらがなにしたのには意味がありますか?"ギザギザ " "トゲトゲ "はカタカナと迷いませんでしたか?

子安:私は擬態語・擬音語はひらがなのほうが何となく好きなので、あまり考えず自然にそうしてたんですね。でも編集者に「擬態語はひらがな、擬音語はカタカナもしくはひらがなで」とアドバイスされたので、「ああ、原則があるのか」とはじめて知りました。もちろん視覚的な効果や面白さをねらってカタカナを使うとか、それに当てはまらない場合もあるかとは思いますが。

坂田:こうした変更については、どのようにして決定していったのですか?訳者である子安さんが「このようにしたい」と申し出るのか、編集者側から「このようにしては」と提案があるのでしょうか?

子安:全体のトーンについては、最初の打ち合わせで決めました。事前に編集者の方に言われていたのが、「文章のトーンは、訳者がこの本全体から受けるイメージにかかってきますので、原書に目を通してイメージをふくらませておいて下さい」ということでした。それで、原書を読んでの感想などをまとめたレジュメを作っていき、それをもとに話し合いをしました。
話し合いは、

 ・ウォルドーは人間でいうと何歳ぐらいか?
 ・何歳ぐらいの子どもに読んでもらいたいか?
 ・どちらかというと男の子向きのお話か、女の子向きのお話か?

などの点を中心に進めたのですが、必ず「子安さんはどう思われますか?」と聞かれ、訳者のイメージを大切にしてくれるんだなあと思いました。私も聞かれて答えているうちに、漠然としていたイメージが段々固まってきたという感じです。そして、最終的には「対象は8〜10歳ぐらいで、普段あまり本を読まないような男の子にも、面白く読めるようなものにしよう。『〜だ調』で元気よくいこう」ということになりました。それから全体の訳にかかり、何度かやりとりをして、最終稿を仕上げました。この段階では、編集者の方のチェックがたくさん入りました。「状況が伝わりにくいです」とか「もっとにぎやかな感じを出すよう工夫してみてください」とか「こういう表現は?」などなど……。

坂田:まさに、訳者と編集者の二人三脚で本は出来上がるのですね。

子安:編集の方も私も、かなりの時間と愛情をかけて、すみずみまでていねいに作っていったという気がしています。終わったときには「もうウォルドーくんとお別れか」とさびしかったほどです。作り手が愛情をこめて送り出すということが、児童書には絶対に必要なのかもしれないなーと思いました。

坂田:今回は児童文学での受賞でしたが、分野としては児童文学翻訳家を目指しているのですか?

子安:児童文学やファンタジーは、子どものころから好きな分野でした。でもこれまで、「絶対に児童文学の翻訳を」と目標をしぼって勉強してきたわけではないんです。もともと本を読むのが大好きで、フィクション・ノンフィクション、大人向け・子ども向けなどのジャンルにこだわらず、興味のあるものには何にでも手を出す乱読タイプでした。それで翻訳も、「ジャンルにこだわらず、いろいろなものを訳してみたい」という欲張りな気持ちで、コンテストなどにチャレンジしてきました。でも今回ラッキーにも児童向けフィクションの仕事をいただき、改めて「子どもの本」についてあれこれ考えることになりました。昔よく読んでいたものを読み返したり、新しいものも読んでみたりして思ったのは、「本当に面白い子どもの本は、大人が読んでも絶対に面白い」ということです。そして今は、そんな「大人も楽しめる子どもの本」を訳すことができたらいいなというのが、目標のひとつになっています。

翻訳家への道はまさに山あり谷あり。でも、あきらめずに続けることがやはりなによりも大切なのですね。子安さんも、翻訳をやめてしまうことなく続けてきて本当によかったですね。 これからも夢に向かって頑張って下さい!
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