【アメリア】Flavor of the Month 23 ジョナサン・カッツさん
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Flavor of the Month
<第22回>  全5ページ


集中講座で日本語の猛特訓を開始!一年後には奨学金で留学を果たす


坂田:カッツさんはどうして日本語を勉強しようと思ったんですか?


カッツ:私はずっと音楽を勉強していて、20歳の時に、大学のブラスバンドの演奏旅行で初めて日本に来たんです。

坂田:それまで、日本に興味はありましたか?

カッツ:全然。まったく興味がなくて、何も知らなくて、なんのイメージもなくて、演奏旅行の行き先が、たまたま日本だったんですよ。

坂田:何のイメージもなく、初めて来日した時の日本の印象は?

カッツ:それが強烈でね。それで、また日本に来たいと思って日本語を勉強し始めたんです。東京、京都、奈良、金沢など、いろんなところをまわりましたよ。奈良では高校生のブラスバンド部とジョイントしたり。

坂田:どこが一番印象に残っていますか?

カッツ:宇都宮ですね。3泊だけだったけどホームステイをしたから。すごく優しい人たちで、17年前のことだけど、今でもずっと仲良くしています。

坂田:カッツさんにとって、日本のどんなところが魅力だったんですか?

カッツ:風景や人もそうなんだけど、日本には“秩序”があるでしょう。電車がちゃんと時間通りに走っているとか、人が礼儀正しいとか。社会がね、安全そうで、ちゃんとしているっていうか。行くところはみんなきれいで、ゴミなんか落ちていないし。

坂田:それで、アメリカに帰ってから日本語を勉強し始めたわけですね。

カッツ:アメリカに戻ったときはまだ夏休みで、田舎のリゾート地のレストランでピアノを弾く仕事をしたんだけど、その街の図書館に行って日本語学習用の本を借りてきました。授業が始まる前に少しでも勉強をしておこうと思って。田舎の図書館だったけど、日本語学習用の本が1冊だけあって、ラッキーだった。

坂田:大学の日本語の授業が始まるまで待ちきれなかった。すごい情熱ですね!

カッツ:大学は音楽専攻だったんだけど、4年生だったから、もちろんちゃんと勉強するけど、論文以外はそんなにハードスケジュールじゃなかった。だから僕は初心者のための日本語集中コースをとったんです。集中コースというのは、普通のコースの2倍勉強するコースね。

坂田:卒業までの1年間、日本語を学んで、それからどうしましたか?

カッツ:僕はエール大学だったんだけど、奨学金制度があって、それに申請しました。でも、日本への留学は、普通は東南アジア学を研究しているような人でないと申請は通らない。だから友達のミュージシャンから日本人ミュージシャンの電話番号を教えてもらって、その人のレッスンを受け、日本語を勉強しながら日本のジャズ界を見る、という内容の申請書を作ったんです。そしたら申請が下りて、上智大学に留学できることになりました。

坂田:初来日から1年。熱意で勝ち取った日本留学ですね!

カッツ:日本語を勉強するには、日本に住むことが大事だと思った。

坂田:留学生活はどんなふうでしたか?

カッツ:比較文化学部というところに入って、その授業以外に僕は日本の歴史や美術史なんかも勉強した。でも、帰国子女や外国人留学生のための英語の授業に出ていると、友達と話してもいつも英語になっちゃうから、放課後はいろんなサークル活動に参加していたよ。吹奏楽研究会、ジャズのサークル、オーケストラ、テニスクラブにも入っていた。そのほうが早く日本語が学べるから。

坂田:積極的に日本語でコミュニケーションをとろうとしたわけですね。

カッツ:サークル活動っていうのは、小社会でしょう。会社みたい。役員がいっぱいいて、今日のアナウンスがある。それも日本の社会の窓ですね。

坂田:どのくらいの期間、日本で学びましたか?

カッツ:その時は、上智大学と、その後でプライベートの日本語スクールにも通って、10ヶ月間日本にいました。それから、専攻の音楽で大学院に進むためにアメリカに戻りました。
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