【アメリア】Flavor of the Month 28 李 芳さん
情報・コラム
Flavor of the Month
<第28回>  全6ページ

李 芳さん
第28回

日本の文化を中国に紹介したい 翻訳と通訳を通して 日中の文化の架け橋に
       李 芳さん
Lifang

もっと日本語を勉強したくて、日本への留学を決意!


坂田:今回は、現在、東京在住で中国語の翻訳をなさっている李芳さんのお宅におじゃましています。中国の大学で日本語を学び、その後、日本に留学。卒業後は日本の企業にも勤め、現在はフリーで翻訳と通訳の仕事をなさっているそうです。今日は、日本における中国語翻訳の需要についてもお話を伺いたいと思います。李芳さん、よろしくお願いします。

:よろしくお願いします。

坂田:李芳さんは、中国はどちらのお生まれですか?

:江西省というところです。揚子江の南側にあります。

坂田:中国の大学では日本語を専攻なさったそうですね。

:はい。大学は長春大学という短期大学に行きました。希望の大学を受験する日本とは違い、中国では全国統一試験を受験して、その点数によってランク分けされた中から入る大学を選びます。もちろん、希望の大学のランクに届かなかったときは、翌年もう一度受験することもできるのですが。

坂田:では、日本語専攻は李芳さんの第一希望だったのですか?

:いいえ、違います。最初、大学受験の時は、日本語を勉強するなんて、全然思っていませんでした。私は1987年に日本語を勉強し始めたのですが、その頃、中国には英語を勉強する人はいっぱいいましたが、日本語を勉強する人は少なかったんです。でも、これから日本との交流が盛んになるだろうということで、日本語のできる人を養成するという国のプロジェクトがあったようです。私は、英語の成績はまあまあよかったので、語学の素質があると思われたのでしょうか。大学で日本語を学ぶことになりました。でも、今では日本語を勉強して本当によかったと思っています。

坂田:大学卒業後はどうしましたか?

:中国の旅行社に就職して、5年近くそこで働きました。主に、日本人旅行者のガイドをしていましたが、いつも同じようなことばかり話すので、これ以上日本語が上達できないなと思って……。

坂田:同じことというと、観光地の説明とか?

:はい。それに、日本人が中国に来て感心することは、不思議とみんな同じようなことなんです。だから、質問もいつも同じことが多くて……。この仕事を続けていたら、これ以上、日本語は上達しないので、日本に留学したいと思いました。日本の社会をもっと知りたいなという気持もありました。

坂田:日本ではどのような勉強をしたのですか?

:1993年10月に日本に来て、最初は語学の専門学校に入りました。予定では、そこで半年間日本語を勉強して、日本の大学か大学院を受験するつもりだったのですが……。

坂田:予定通りにはいかなかった?

:はい。日本の大学に入るためには留学生試験とか、日本語能力試験とか、いろいろな試験があって、それを受けないとダメなんですね。私は10月に日本に来たのですが、その試験の締切が9月中旬だったんです。だから、1年間待たなければなりませんでした。

坂田:その試験は1年に1度しかないんですか?

:そうなんです。それで、専門学校に半年間通った後、産業能率短期大学の留学生別科という、留学生が大学に入るための予備校みたいなところなんですが、そこで勉強して、結局、合計1年半、日本語学校に通いました。

坂田:みっちり勉強したわけですね!

:いやぁ、最初はいろいろ考えさせられました。何をしに、日本に来たかなって。

坂田:1年半後にようやく大学に入学できて、何を専攻したのですか?

:大学は日本語学科で、その中に、日本文化、日本語教育、国際地域社会など、いろんなコースがありました。3年目でコースに分かれるのですが、私は日本文化を勉強したくて“異文化間コミュニケーション”のセミナーに出たのですが、あまり面白くなくて(笑)。結局、日本語教育を専攻して、日本語教材の編集とか、日本語教授法などを学びました。
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