【アメリア】Flavor of the Month 32 吉池幹太さん
読み物
Flavor of the Month
<第32回>  全4ページ

吉池幹太さん

第32回
旅立ちの春 この1年、自分のいろんな可能性を探ってみたい
  吉池幹太さん
Kanta Yoshiike

実は詩人になりたかった 学生のころから、ずっと詩を書いています


宮田:今回は、旅立ちの春にふさわしい方をご紹介しましょう。この春、高校教師を辞めて、新たな人生をスタートさせる吉池幹太さんにお越しいただきました。実は吉池さん、翻訳学校での私のクラスメートなんですが、英語教師を務めるかたわら翻訳を勉強し、持ち込み出版をされた経験もあります。デビューするまでの詳しい経緯などについてうかがいたいと思いますので、どうぞよろしくお願いします。

吉池:よろしくお願いします。

宮田:まずは、吉池さんの英語歴についてうかがいたいと思います。英語の勉強をはじめたのは、いくつのときからですか?

吉池:ごくふつうに地元の中学校に入学してからです。英語はけっこう得意なほうでしたよ。英語の先生が新任の若い女性で、ちょっと憧れていたから、がんばって勉強しました(笑)。高校生のとき、父親の転勤でアメリカのシアトルに行ったことが大きな転機になりました。

宮田:それは、高校何年生のときのこと?

吉池:1年生の半ばです。受験して進学校に進んだんだけど、進学校的な雰囲気が苦手で、けっこう行き詰まってて。自分ひとりでも留学に行きたいなと考えていたときだったから、親の転勤はラッキーでした。

宮田:まさに渡りに船ですね。でも、言葉の面で苦労はしませんでした?

吉池:中学3年間、ずっと英語を勉強してきたから、それほど苦労はしませんでした。逆に弟は中学1年生で、ほとんど英語を勉強したことがなかったから、すごく苦労してましたね。それと比べると、ぼくは一応読めるし、文法的なこともわかる。最初はしゃべれなかったけど、だんだん耳が慣れてきたら、しゃべれるようにもなったしね。半年ぐらいで、まあなんとかやっていけるようになりました。

宮田:現地の学校に通ったんですか?

吉池:むこうで最初に通ったのは、ESL、English as a Second Languageという学校。海外からの転校生が最初に入るところで、現地校の一部なんだけど、そこで午前中勉強して、午後からは一般のアメリカの生徒たちと一緒に勉強するというスタイルでした。そこの卒業試験に合格したら、1日中現地の子と勉強できるんです。ぼくの場合は、ESLで1年ぐらいタイやベトナム、フランスの子たちと勉強しました。テストは筆記だけだったから、ぼくなんか優等生でした。

宮田:英語力を高めるために、ほかにはどんなことをしましたか?

吉池:とにかくネイティブの友だちを作ること。日本人どうしでつるんで日本語ばかりしゃべる子たちもいたけど、そういう集団は意識的に避けてました。あと、ぼくはテニスをしてたから、言葉は上手じゃなくても、テニス友だちとの会話を通じて耳が鍛えられましたね。家ではテレビを見るようにしました。最初のうちはドラマを見ても意味がさっぱりだったから、スポーツ系やMTVなんかの音楽系の番組を見て、耳を鍛えましたね。自分が興味のある分野なら、ある程度の単語は拾えるじゃないですか。テレビを見るのも英語の勉強だって、いい口実にもなったし(笑)。現地校での英語の授業も、すごく刺激になりました。

宮田:アメリカでの英語の授業というと、いわゆる「国語」の授業ですね?

吉池:そう、むこうの英語の授業では本を1冊読んで、それについてディスカッションするんです。で、最初に読んだのが、サリンジャーの『The Catcher in the Rye』。原書を読むのは初めてだったからすごく苦労したけど、ものすごい達成感を味わってね。それ以降、自分で本屋に行っては英語の本を読むようになりました。文学に興味をもち、日本の大学の英文科に行きたいなと思うようになって調べてみたら、筑波大学にいい感じの学部があったので、そこを受験することにしました。

宮田:アメリカの高校に通っていたのに、日本の共通一次試験かなにかを受けたんですか?

吉池:いや、筑波には帰国子女枠があるんです。だから、ぼくは9月入学。6月にアメリカの高校を卒業して、7月に筑波を受験したので、共通一次やセンター試験とは無縁です。大学の専攻は、比較文化学類の中の比較文学。日本文学とアメリカ文学の比較なんかをしてたけど、おもしろかったね。

宮田:卒業後、英語教師になろうと思った理由は?

吉池:就職時に仕事先を考えたとき、自分の適性上、サラリーマンはとても無理(笑)。将来的には自分でなにか書いてみたいと思ってたけど、すぐに食えるわけじゃない。だったら、教職もとったし、教員になろうかなと。入学した時点で教員になるつもりはなかったんだけど、筑波ではみんな教職課程を受けているから、ぼくもなんとなくとってたんです。

宮田:自分でなにか書いてみたいというのは、小説ですか?

吉池:基本的には、詩です。ぼく、実は詩人になりたくてね。学生のときから、詩や簡単な文章をずっと書いてるんです。でも、詩だけで食っていけるわけじゃないし。教員なら、自由な時間も多いかなと思って。

宮田:自分の夢を追いかけつつも、現実的な道を選んだわけですね。
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