【アメリア】Flavor of the Month 32 吉池幹太さん
読み物
Flavor of the Month
<第32回>  全4ページ


持ち込みで、念頭の詩集を出版 大切なのは、実際に動くこと


宮田:ところで、吉池さん、詩人になりたいと言ってましたが、実はすでに自分の詩集を出してますよね? その詩集、今日お持ちいただけました?

吉池:ああ、もってきました。これです。(と、かばんから本を取り出す)

宮田:わあ、すごい! 『日本詩人文庫196 世界と別れる50の方法』(近代文藝社、1996年)。りっぱな詩集じゃないですか。どうやってここまで漕ぎつけたんですか?

吉池:教員3年目ぐらいのとき、それまで書き留めてきた詩をどうにかしたいと思うようになって。実はぼく、大学の卒論がレイモンド・カーヴァーだったんです。本人はもう死んでるけど、奥さんがテス・ギャラガーって詩人で、いまでもシアトルに住んでます。ぼく、卒論を書いたとき、強引にテスに会いに行って、それ以来、親しくさせてもらってるんです。テスはぼくが詩を書いていることを知ってて、日本の谷川俊太郎を知っているから紹介するわって言ってくれて。

宮田:ええっ!? 谷川俊太郎って、あの谷川さん?

吉池:そう、あの谷川さん。で、実際に谷川さんに詩を見てもらったんです。そしたら、けっこう評価してもらえて。で、こういう感じの出版社があるから、そこにもっていったらどうかなと言われて。

宮田:す、すごすぎる……。谷川さん、出版社に口を利いてくれたんですか?

吉池:さすがにそこまではしてくれなかった(笑)。でも、ぼく1人でその出版社に行って、谷川さんにこう言われました、と伝えました。そうしたら、とりあえず原稿を送ってくれと言われ、1、2週間後には、詩集を出しましょうって連絡をもらったんです。


宮田:うーん、ますますすごい。(パラパラとページをめくりながら)「ラブレター」「ときどき、ドキドキ」「海と君の涙」「永遠に咲く花」――恋の詩が多いみたいだけど、これって全部、自分の経験から書いてるんですよね?

吉池:詩って、基本的にはそうでしょ。フィクションっぽいのはあまりないんじゃないかな。だいたいは、実体験からきてると思いますよ。

宮田:このなかで一番気に入っている詩は?

吉池:最近この詩集、ぜんぜん読み返してないから……(と、しばし詩集に目を通す)。ああ、けっこうなつかしいね。でも、どれも好きですよ。自分なりにいいなと思うのを選んでいるから。

宮田:ちなみにこの本の原稿料とかはどうだったんでしょう?

吉池:それがちょっと変則的で、本を出すかわりに初版の印税はなし、ってことでした。そのかわり、50冊ぐらいもらったかな。初版で1500部ぐらい刷ったけど、多分初版で終わってるはず。詩ってそういうものらしい。やっぱ売れないからね。でも、カネの問題じゃなくて、どうしても自分の詩集を出したかったし。

宮田:もともと手元にあって原稿を持ち込んだわけだから、詩集が出せただけで御の字ですよね。タイトルの『世界と別れる50の方法』は、どこから取ったんでしょう?

吉池:ポール・サイモンの歌のもじりです。「恋人と別れる50の方法」っていう曲があって、それのもじり。

宮田:なるほど。次に訳書についておうかがいします。2003年に『イチローへの手紙』(河出書房新社、ジーン・D・オキモト作)という絵本を翻訳してますが、こちらはどんな経緯で手がけたんですか?

吉池:実はこの絵本の作者のジーンが、おふくろの知り合いで、ぼくもおふくろを通じて、1、2回会ったことがあるんです。ジーンがこの本をアメリカで出版することになり、日本でも発売したいので、ぼくにエージェントになってほしいと言われて。日本ではまだ出版社も決まってないから、ぼくが翻訳したものを出版社に持ち込んで、売りこんでほしいって頼まれたんです。だから、とりあえず自分で訳して、原書と一緒に児童文学の出版社に送りました。手紙もちゃんとつけて……。10社ぐらい送ったけれど、あんまり反応はよくなかった。検討中ってところも1、2社あったけど。そんなとき、河出書房から連絡がきて。河出書房には持ち込んでなかったけど、むこうの編集者がアマゾン・コムかなにかを見て興味を持ち、ジーンに直接連絡をとったそうです。で、ジーンがぼくに話を回してくれて、出版が決まりました。けっこうラッキーでしたね。

宮田:ええ、本当にラッキーですね。はじめての絵本の翻訳はどうでしたか?


吉池:河出から連絡があった時点で、もう原稿はできあがっていました。絵本だから、そんなに時間もかからず、ちゃちゃちゃって感じだったし。とはいえ、やっぱり大変な部分もありました。河出からの要求も厳しかったし、どのレベルの言葉で書くのかってところにも気を使ったし。児童文学って、きちんと勉強したことないから。小説の翻訳で勉強していることとは違うむずかしさを感じました。

宮田:子どもの対象年齢は?

吉池:たしか6歳ぐらいだったはず。ただし、イチロ−がらみの本だから、大人もターゲットにしたいという意向が出版社側にはあったわけです。アメリカで出版されたのは、イチローがマリナーズ2年目のとき、まさにむこうでイチロー旋風を巻き起こしていた時期だったから。


宮田:この本、書店の児童書コーナーでよく見かけましたよ。けっこう売れてるんじゃないですか?

吉池:これは初版1万部。絵本で1万って多いらしいです。出版社も最初はどうなるんだろうって感じだったみたいだけど、ぼくも気になっちゃって、本屋に行くたびにチェックしてました。でも、そこそこ売れたみたいで、去年再版されました。


宮田:それは、なによりです。この本の訳者あとがき、いいですよね。ちょっと感動しました。吉池さんの場合、詩集にしろ、訳書にしろ、人とのご縁というか、ものすごく幸運に恵まれて出版が決まってますよね。持ち込みがらみで2冊も本を出して得た教訓ってありますか?

吉池:うーん、当たり前だけど、「実際に動く」ってことかな。行動を起こすのって、案外大変なんですよ。けっこう時間と労力がいるし、出版社に手紙を書くのだって、手間がかかるわけだし。たいていはうまくいかないんだけれど、それでも実際にやってみることが何よりも大切だね。

宮田:この春、勤めていた高校を辞めて、海外に行かれるんですよね?

吉池:まあ、いろんな事情があって、すこし休養してみようかなと思いまして。4月からネパールに1ヶ月ほど旅行に出かけます。数年前からヨガを習ってるんだけど、その先生のお弟子さんがむこうにいるので、その人に現地のアレンジをお願いしてて。むこうでは毎日、ヨガや瞑想をやったり、トレッキングに行ったりするつもりです。7月からは、オーストラリアのキャンベラ大学に半年間留学し、TESOL(Teaching English to Speakers of Other Languages)という英語教授法を学ぶ予定。日本にくるNOVAの先生なんかは、この資格をとってからくることが多いみたい。最新の教授法といえますね。

宮田:帰国後の予定は? また来年の春から、教職に復帰するつもりですか?

吉池:教師の仕事は、いちばん大きな選択肢だけど、いまの時点ではまだわかりません。ほかにも可能性があるのなら、そっちにも興味を向けたいし。この1年でいろいろ模索してみたいです。理想としては、翻訳のほうにシフトしていきたい。エンターテインメント系もおもしろいし、純文学も興味がある。小説だったら何でもいいかな。当然、詩もやりたいし。アメリアを活用して、持ち込みもやって、コンテストにも挑戦して、コネもどんどん使って、できることは何でもやらないとと思っています。

 
    ■クラスメート時代は、わんぱく坊やという印象が強かった吉池幹太さんですが、インタビューでは、文学や英語教育に対する真摯な姿勢がうかがえました。アメリカ仕込みの行動力は、ぜひ見習いたいもの。積極的に行動することで、幸運をぐいぐい引き寄せているのでしょうね。この春からはしばしの充電期間ですが、海外で英気を養って、新たな可能性を探ってほしいと思います。それではネパール、気をつけて行ってらっしゃい!
 
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