【アメリア】Flavor of the Month 44 藤原あゆみさん
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Flavor of the Month
<第44回>  全6ページ


多くの人に助けられ、晴れて日系企業の中国駐在員に

坂田:中国の大学は日本の大学と比べるとどのような点が違いますか?

藤原:まず一番違うのは中国の大学は全寮制だということでしょうか。先生達も全員が校内に居住していました。そして、ほとんどの大学が国立なので学費も寮費もすべて無償でした(確か1992年くらいに改正されて有償になったと思います)。私は1年生の時は私費留学だったので2000ドル程度の学費を納めていましたが、2年生の時に公費留学試験を受けて合格し、授業料や寮費、生活費は国からお金が出ていました。

坂田:授業はどうでしょう?

藤原:カリキュラムがかなりハードで、夜にも授業がありました。私も3年生の時には週に2日、朝8時から夜10時まで全コマ授業を受けていました。そして入学も卒業も難しいという点が日本の大学とは異なるところですね。最近はまた少し変わってきているかも知れませんが。

坂田:逆に日本と同じだというところはありますか?

藤原:同じところは4年制であるということ。中国人学生の入試には日本のセンター試験のような統一試験が有るということくらいでしょうか。

坂田:学生はどうでしょう?

藤原:中国人の学生は本当に良く勉強していました。当時の中国の大学進学率は3%程度だったと記憶しています。今はもっと高いと思いますが。全国各地の秀才が集まっているので、競争心も旺盛だったようです。でも留学生の私にはとても親切でした。競争相手だと思われていなかったのかもしれません。とはいえ大学生もお年頃。2年生の後半くらいになるとカップルも何組か誕生して、青春を謳歌しておりました。広東は香港にも近く、また歴史的にも開放的な土地柄なので、恋人同士は甘い雰囲気を醸し出していました。この辺りは日本の大学生と変わりません。

坂田:大学卒業後、就職はどうしましたか?

藤原:せっかく6年も中国にいて学んだことも多かったので、中国関係の仕事を希望していました。職種や業種にこだわりはありませんでしたが、現地採用ではなく日本国内で就職して海外派遣してもらおうという希望を持っていました。

坂田:それは、中国で採用されるのと日本国内で採用されて海外派遣されるのでは、お給料などの待遇が大きく違うからですか?

藤原:その通りです。今でこそ上海などでは現地採用でも日本並みのお給料がもらえる企業もあると思うのですが、当時は日本採用と現地採用では待遇、ことにお給料の面では雲泥の差がありました。そこで「日本採用のち駐在!」にこだわりました。

坂田:就職活動はスムーズにいきましたか?

藤原:いえいえ、困難を極めました。まず卒業月が日本とは異なり7月で、その頃には日本企業の新卒採用はほとんど終了していますよね。4年生の後期には卒論の審査など諸々があり、事前に日本に帰国して就職活動をするというわけにもいきませんでした。結局、卒業してから帰国して就職活動をしたのですが、卒業した1994年はバブルがはじけて新卒の就職は超氷河期なんていわれていた時代。うわ〜、このまま就職が決まらなかったらどうしよう!! と焦りました。

坂田:そうですね。ちょうど就職難の頃ですね。

藤原:ところがですね、ここでもまた中国の方に助けられるんです。ある国際交流会で日本の大学院に留学していた中国の方と知り合いまして、その人は私が後に就職する会社で中国人研修生達への通訳のアルバイトをしていたのですが、事情があって通訳のアルバイトが続けられないので代わりに引き受けてもらえないかと言ってくれたんです。その人に連れられて会社に出向いた際にちょうど社長がお見えになっていて、中国のお話をたくさんしたところ、「ぜひうちの会社へ」とお誘いいただきました。私はその会社の名前を聞いたことがなく、たいして大きな会社でもないんだろうと勝手に想像していたのですが、実は海外にいくつも生産工業を持つ綿紡績の分野では業界トップの会社だったのです。そんなこんなで、とんとん拍子に話が決まり、正式な入社は翌年の4月から、年内は通訳のアルバイトをすることになりました。

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