【アメリア】Flavor of the Month 46 田中健彦さん
読み物
Flavor of the Month
<第46回>  全6ページ


企業経営者の目から経営書の翻訳をする、これは天職かもしれない

坂田:今回、翻訳なさった訳書『実践EQ 人と組織を活かす鉄則』ですが、どういう経緯で翻訳することになったのですか?

田中:はい、話せば少し長くなりますが……。翻訳の勉強をするために、翻訳出版された経営書と、その原書を手に入れて、ベテラン翻訳家の翻訳スキルを盗もうと考えたんです。いまから2年前の年末、アメリアで翻訳の勉強をはじめて1年ほど経ったころのことです。大晦日から正月にかけての3日間、通常はテレビを見てのんびり過ごすのですが、この年ばかりは、一生の分岐点に立っているので、家内に許してもらい、一人で山の中の宿にこもりました。

坂田:翻訳の荒修行という感じですね。

田中:そして、一行一行比較してみて、まず仰天したのは、翻訳家の日本語の美しさでした。流れるような無駄のない文章の力に圧倒されました。Major companiesを「大企業」ではなく「大手」と表現するような慣用があることもわかりました。ところが、さらに読み進んでいくと、企業経営を経験している立場からすると、「おかしい」「理解しにくい」と思える箇所が出てきたんです。それで今度は批判的な目で読み返してみると、次々と疑問点が見つかるんですよ。そこで、それを本に書き込んでいきました。このときは、もしかしたら自分は金脈を発見したのかもしれないと思いましたね。つまり、企業経営者の目から経営書の翻訳をすることが自分の天職なのかもしれない、と思ったんです。

坂田:翻訳家は翻訳のプロですが、経営のプロではない。翻訳は間違えていないけれども、ニュアンスが違うようなところがあったということですね。具体的にどのようなことですか?

田中:例えば、“Operating margin”という用語が出てきたときに、辞書どおりに「営業利益」と訳してしまうと、経験者からみると違和感を覚える場合があります。実は内容的には「経常利益」のことを言っているのです。自動車工場で“lean-production system”をつくって安価で提供できるようになった、という原文があったのですが、その訳は「コスト削減体質を作って」という訳になっていました。私が訳すとしたら「低コスト生産体制を作った」と訳します。微妙な違いと思われるかもしれませんが、毎日現場で仕事をしている経営者にとっては、その二つはまったく意味が違うわけです。

坂田:読者も経営のプロか、それを目指している人ですから、その訳語の違いは違和感を生むおそれがありますね。

田中:そうですね。そこで思い切って、その本の編集者宛に手紙を出したんです。するとその編集者が私に会いに来てくれました。

坂田:一読者からの投稿に反応してくれるなんて、奇特な編集者さんですね。

田中:後から聞いたところによると、私の手紙の書き方に好印象を持ったので会いに来てくださったそうです。「ここがおかしい」と決めつけるのではなく、「私はこう思う」という言い方をしていたところがよかったと。これがきっかけとなり、この出版社の編集部とおつきあいが始まりました。

坂田:翻訳の仕事を受注するようになったということですか?

田中:はい、最初は翻訳そのものではありませんでしたが、翻訳チェックやリーディングのお仕事をいただきました。それから徐々に、下訳のお仕事もいただくようになりました。もちろん、その間もアメリアの定例トライアルで少しずつ翻訳のスキル、特に日本語のスキルを磨いていました。アメリアの課題を訳して、なんとなく日本語がしっくりこない部分は、訳例や解説を見ると、たいてい私の訳とは大きく違っていたんですよね。そのうちに、そういう文章は小手先の修正ではだめで、前半と後半を入れ替えるなど大手術をする必要があることに気づいたんです。長い文章は、場合によってはふたつの文章に分けてしまうことも必要です。そういうことが少しずつできるようになっていくと、編集者から「上達しましたね」と褒めてもらえました。

坂田:定例トライアルで勉強したことを、実際の仕事で活かしていたわけですね。

田中:はい。そして昨年末、ついにチャンスが巡ってきたんです。この『実践EQ 人と組織を活かす鉄則』は、本来なら、その前編である『EQリーダーシップ』を翻訳された土屋京子さんが翻訳されるはずだったんです。しかし、たまたま土屋さんがお忙しく、新人である私に幸運が巡ってきたというわけです。こうなれば、あとは最善の努力を尽くすだけです!

坂田:大きなチャンスですね。

田中:はい。今回、翻訳には3カ月かかりました。しかし、それで終わりではなく、自分の翻訳原稿を脱稿してから始まった編集者との共同作業、これがさらに3カ月あり、このときに編集者は原稿が文字どおり真っ赤になるほど修正してくださいました。その一つ一つが自分の足りないところだし、勉強でした。一つの翻訳に、これほど編集者の作業が隠れているとは、それまで知るよしもなく、頭が下がる思いでした。一方では、編集者の修正にも反論するべき箇所があったり、編集者からの質問に答えるために改めて多くの調査を必要とすることもありました。修正しても修正しても、読み直すと、また修正が出てきます。突き詰めていくと、著者の思考が矛盾していると思える部分にぶつかることもありました。そういう箇所に出会うと、結局は自分の判断で「日本のリーダーのためになる内容とはなにか」を考えて、論理をすっきりさせる道を選ぶことになりました。バイオリニストが譜面はあってもそれを自分なりに解釈して、人を感動させるように弾くのと同じように、翻訳とは、原書を自分の中で完璧に消化して、読者を感動させるように訳していく、非常に創造的な仕事なのだと心底思いました。

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