【アメリア】Flavor of the Month 47 穴沢良子さん
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Flavor of the Month
<第47回>  全4ページ


英語力を駆使したメディカル・コミュニケーターに

坂田:会社を辞めて語学の勉強を始めたのですか?

穴沢:そのつもりだったのですが、会社を辞めたらすぐに主人が「こんなホームページがあるよ」と、翻訳者が無料で自分の経歴を登録できるサイトを見つけてきて教えてくれたんです(登録審査あり)。でも私の場合、経歴といっても社内通訳・翻訳の経験あり、医療分野の知識あり、ぐらいしか書けなかったんですが、とりあえず登録してみたんですね。そしたら医療分野の翻訳のお話がメールで次々と舞い込んだんです。期待していなかっただけに、驚きました。

坂田:そこからお仕事につながったんですか?

穴沢:まあ、そううまくはいきませんでした。トライアルを受けてみると、この実力じゃあお仕事はまだダメですね、ということになって、やはり自分はフリーの翻訳者として通用しないんだと、力不足を思い知りました。ただ、複数受けたうちのいくつかは任せてもらえることもありました。薬の説明書きの翻訳など小さな仕事でしたが。それと並行して医療翻訳の通学講座に通い、ここで翻訳の基礎を学びました。半年間の講座を終えた後には、トライアルに合格する率も上がってきました。

坂田:英語力や医薬の知識、多少の翻訳の実績があって、その上で体系的に医療翻訳を学んだので、短期間で力がついたんでしょうね。

穴沢:どんな分野でもそうでしょうが、医薬翻訳にもたくさんのルールがあります。この分野特有の言い回しとか専門用語とか。そういうものを少しずつ自分の中に蓄積していったことが、トライアルの合格につながっているんだと思います。

坂田:医療分野には、例えばどんなルールがありますか?

穴沢:例えば、「A, B, and C」は「A、B、そしてC」じゃだめで「A、B、及びC」だとか、数字は文頭では必ずスペルアウトするとか。

坂田:ルール自体は難しいことではないけれど、それを知らずに翻訳をしてしまうと医療翻訳の基礎を勉強していないことが知れてしまいますね。

穴沢:その通りだと思います。

坂田:会社を辞める時点では、翻訳ではなくて通訳をと考えていたんですよね。今ではどうですか?

穴沢:どちらかというと自分には通訳のほうが合っていると思うんです。でも、通訳か、翻訳かではなく、私にとってはメディカルのバックグラウンドが重要なんだと考えています。通訳はもっと勉強したいと思っていますが、メディカルに関係ない、例えば社内通訳や工場見学のアテンドといった仕事は希望していません。

坂田:メディカルの分野にこだわり、通訳でも翻訳でもこなしていきたいということですね。

穴沢:そうです。

坂田:翻訳のお仕事のほうは、順調に増えていますか?

穴沢:はい。やはり多少メディカルの専門知識があることが助けになっているようで、インターネット経由で結構オファーをいただいています。実務翻訳の場合、小さな仕事から少しずつ始めることができるからいいですよね。はっきり言うと、訳している文章自体は、面白くもなんともない、ということがよくあります。でも、私はメディカルの勉強をするのが楽しいんです。だから、その知識を駆使して与えられた仕事をきちんとこなしていく、そこに充実感を感じますね。

坂田:少しずつ仕事の依頼が増え、翻訳者としての自信もついてくる、その充実感なんでしょうね。

穴沢:最近は、医療や翻訳、通訳に関する集まりにも積極的に参加するようにしています。

坂田:どのようなものに参加しているのですか?

穴沢:通訳・翻訳の講座や勉強会などです。通訳や翻訳関連の協会や学会にも出かけていくようにしています。参加しているうちに、すごくいいコネクションができるんですよね。もちろん勉強になるし、仲間もできるから励みになるし。最近、メディカル・コミュニケーターという概念を知りました。MITA(Medical Interpreters and Translators Association)という団体があって、そこのメーリングリストに参加して、この概念を知ったのですが、単に通訳・翻訳にとどまらず、医療の現場で英語を使って行うコミュニケーションすべてを対象に、どのようにすれば円滑に行えるかを考えていくことも含んでいます。その概念に自分がぴったり当てはまるような気がして、それ以来、ベクトルがさらに医療と英語のほうに向かっています。

坂田:そうですか。仕事を模索していくうちに、より大きな目標というか、ライフワークを見つけたんですね。

穴沢:そうですね。翻訳とは直接関係ありませんが、今度、看護大学の医療英語講座の講師を頼まれたんです。学生に私がこれまでに経験してきたことを話してくださいと言われて。こういう活動も含めてメディカル・コミュニケーターと言うのだと思います。こんなふうなことでも自分のやってきたことを生かせると考えると、メディカル・コミュニケーターは私の生き甲斐かもしれないと思い始めています。

坂田:穴沢さんは中学生の頃に看護師になることを決めたわけですが、それだけに固執することなく、英語とか留学とか素直にやりたいことを追求していったことがよかったんですね。

穴沢:そうですね。看護師という目標を決めて、それだけだと狭い選択肢だったかもしれませんが、そこから語学を勉強することでどんどん広がっていったんだと思います。あの頃、英語に目覚めていなければ、今のような自分はなかっただろうな。ずっと病院で働いていたと思います。
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