【アメリア】Flavor of the Month 50 トゥレ シェーク ウマールさん
読み物
Flavor of the Month
<第50回>  全4ページ


1年間の日本語学習で社説が読めるまでに

坂田:ウマールさんは、いつ日本にいらしたのですか?

ウマール:1993年、今から14年前です。1992年に高校を卒業して、日本政府の奨学金を受けて日本に留学することになりました。

坂田:留学先として、どうして日本を選ばれたのですか?

ウマール:高校を卒業したら留学したいという希望があったのですが、セネガルはフランス語が公用語ですから、留学というと多くの人がフランス語圏に留学するんです。地理的にも近いので費用の面でも行きやすいですし。ですが、私が高校を卒業した年に、たまたま日本政府が奨学金を提供するという話を聞いて、行ってみようと思ったんです。日本は遠い国ですから、奨学金がなければ来られなかったと思います。

坂田:たまたま、というと、毎年募集していたわけではないのですか?

ウマール:学部生の募集は私の時で2回目でした。他にも研究生のみを募集する年とか、いろいろあったようです。

坂田:そうですか。それまで日本語を勉強したことはありましたか?

ウマール:いいえ、まったくありませんでした。でも、日本のみなさんはあまり知らないようですが、アフリカでは日本のイメージはすごくいいんですよ。セネガルの人々は、欧米の国よりも日本を尊敬しているんです。

坂田:そうなんですか。どうしてでしょう?

ウマール:日本は伝統のある国です。人々は丁寧だし、技術が進んでいる。アフリカの子ども達はサムライ映画やニンジャ映画、空手や柔道を見て憧れていて、そういうプラスのイメージが多いんです。もちろん、先進国として知られていますし。私も奨学金制度のことを知ったとき、ぜひ留学してみたいと思いました。

坂田:日本に来て、どのような勉強をしたのですか?

ウマール:最初の1年は日本語を猛スピードで勉強しました。奨学金の出る留学期間は5年間。4年間は大学に行くので、1年間で大学に入学できる程度の日本語力を身につけなければならなかったのです。一般の留学生が2年間で勉強することを、この奨学金プログラムでは1年間で勉強するように設定されていました。

坂田:各国選りすぐりの留学生だから、倍のスピードで勉強しなさい、ということだったんですね。

ウマール:そうですね。1年間の勉強を終えて卒業するときには、社説が読め、日本語でレポートが書ける、日本語能力試験の1級レベルになっていました。

坂田:この1年間は、ものすごい勉強量だったんでしょうね。

ウマール:はい、そうですね。特に漢字が難しかったです。ローマ字は発音文字です。その文字自体には何の意味もありません。私は子どもの頃からローマ字を使う言語しか学んできませんでした。一方、漢字はシンボルです。その文字が何かを表しています。私にとって漢字は、まったく見たことがない文字でしたし、ローマ字とは根本的な考え方が違いますので、最初は戸惑いました。それに漢字はローマ字と違って、非常に数が多い。最初にひらがな、カタカナを勉強して、それで終わったのかと思っていたら、次に漢字が出てきました。漢字を勉強し始めたときは、終わらないのかと思いました。

坂田:そうですよね。しかも、日本人でさえ漢字は小学校、中学校と時間をかけて少しずつ習うのに、1年間で相当な数を覚えなければならないとなると、本当に大変だったでしょうね。

ウマール:だいたい、毎日平均20個の漢字を覚えて、次の日にそのテストがあるというパターンでした。それから、これは卒業後、何年か経ってから興味があって数えてみたのですが、毎日の授業の中で新しい単語がだいたい50個くらい出てきたと思います。授業は日本語のほかに、地理や歴史などもありましたから。全部の単語をその日のうちに覚えられるわけではありませんので、ちょうど羊が草を食べるような感じです。羊は、まず草をたくさん吸い込んでおいて、ライオンやトラがいないところに移動して落ち着いたら、それからゆっくりと消化するでしょう。私の単語の覚え方もそれと同じ。毎日50個を全部覚えたのではなくて、頭の中のどこかにあって、後から出てきたときに思い出して覚え直すという感じです。

坂田:毎日20個の漢字と50個の単語。それも1年間休みなく。もう、気が遠くなりそうです。

ウマール:おかげで日本語はあっという間に上達しました。あれから13年経ちますが、今の日本語力はあの頃とあまり大きく変わりません。その後は日本の大学に進学して、私は経済学を専攻しましたので、日本語そのものを学んだのはあの1年間だけですから。でも、今思い返すと、本当にいい学校だったと思います。先生も熱心で、時間外の質問にも丁寧に答えてくれましたし、18、19歳の好奇心旺盛な若者がさまざまな国から集まってきていましたので、勉強は大変でしたが本当に楽しかったです。

坂田:日本語学校を卒業した後は、日本の大学に進学されたわけですね。

ウマール:そうです。日本の国の奨学金でしたので、希望の学部や成績が考慮されて、クラスメートはみんなどこかの国立大学に入学しました。私は横浜国立大学の経済学部に入り、ミクロ経済学の研究をしました。

坂田:大学卒業後はどうしましたか?

ウマール:大学院進学を選びました。大学院に進む場合は、あと2年間の奨学金延長が許されたのです。一橋大学の大学院に進学しました。

坂田:では計7年間、日本で学んだわけですね。

ウマール:はい。その後、日本の企業に就職して、現在7年になります。

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