【アメリア】Flavor of the Month 51 河崎 有美さん
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Flavor of the Month
<第51回>  全5ページ


女性ゆえに壁にぶつかり、一生続けられる仕事を模索

坂田:就職した化学メーカーでは、どのようなお仕事をしていたのですか?

河崎:液体洗剤(台所用、洗濯用)や柔軟剤、カビ取り剤、シャンプー&リンスなどの開発をしていました。お客さんであるメーカーさんなどから「こんな商品が欲しい」という要望を伺い、実際に作ってみて、自分で洗濯をしたり、食器を洗ったりしていました。実験室で自分の頭を洗ってみて、「うーん、ちょっとぬるつきが強いかな?」みたいなことをやったりして。たぶん一般的な開発というイメージとはずいぶん違うと思います。

坂田:開発者みずからが実験台(?)になるんですね。それは想像していませんでした。でも、そのほうが改良しやすいですよね。ところで、会社員時代に翻訳をするお仕事もあったのですか?

河崎:化学メーカーに勤めていたときには、仕事で翻訳をする機会はまったくありませんでした。ただ、特許と接する機会はやまほどありました。自分の部署に関連する特許文献を調査して一覧表を作ったり、自分で特許を出願したりしていました。翻訳に関していえば、自分が書いた日本語の特許明細書を特許事務所に依頼して英文に翻訳してもらい、そのチェックをすることはありました。

坂田:大学で学んだ専門知識を生かして希望の仕事に就くことができたのに、どうしてそのまま開発者としての仕事を続けなかったのですか?

河崎:愚痴になりますが……、化学メーカーでの仕事自体は楽しかったのですが、ある壁にぶつかりました。それは「女性である」という壁です。もともと男性中心の会社で、実は私が採用された年が女性の開発職を採用した最初の年だったのです。ですから、なにかにつけて注目されました。今はおそらく違うでしょうが、当時は、男性が総合職で女性が一般職という区切りがきっちりあって、私たち女性開発職はそのどちらにも属していませんでした。ですから、総合職としての仕事をして、一方で一般職の女性と同じようにお茶くみや掃除もしなければならず、とにかく仕事量が多かった。それなのに、法律で決められていたのか、「女性は深夜労働をさせてはいけない」「残業時間は少なめに」と言われて、実際には月に80時間以上の残業をしていたのに、月に15時間しか付けられずに……。男女雇用機会均等法とは名ばかりで、「女性差別だ!」という思いがありました。

坂田:私も同じ年代なので、その気持ちわかります。

河崎:そして極めつけは上司から言われた言葉。「女性はリーダーにはさせられない」と。理由は、力仕事ができないから。開発というのは作業着・ヘルメットで肉体労働をすることもあり、女性は使いにくいというわけです。そんな現実に直面して、将来が見えた気がして、もっと別の場所で自分の実力を試してみたくなったのです。

坂田:そこで、開発者以外の道を探し始めたわけですね。

河崎:はい。一生働ける仕事ってなんだろう、と考えました。開発に近いところで、女性でも実力があれば評価される世界……。そう考えたとき「特許」が思い浮かびました。特許翻訳ならば家でもできるらしい。それなら、これからどれだけ生活が変わっても、仕事を続けられるのではないかと考え、特許翻訳の勉強をしてみることにしました。

坂田:会社勤めをしながら特許翻訳の勉強を始めたとのことですが、具体的にどのような勉強をしましたか?

河崎:まず、特許翻訳の通信講座を半年間受講しました。課題を提出しながら、それ以外にも英文明細書とそれに対応する日本語明細書を読んだりして勉強をしました。

坂田:この頃の勉強は、その後フリーランスの特許翻訳者になるのに役立ちましたか?

河崎:実際に特許翻訳者になった今、この頃の勉強を思い返すと、基本がわかるというレベルでは有意義でしたが、実務で使えるレベルまで引き上げるのはこれだけの勉強では無理だったというのが本音です。

坂田:というと?

河崎:ポイントは2つです。1つは、半年の通信講座くらいでは圧倒的に演習量が足りないということ。私の経験からすると、たぶん明細書を100本くらい訳してやっと仕事がこなせるようになる気がします。もう1つは、特許の決まりごと(明細書を書くときの決まりごと)をわかっていなかったということ。日本語で明細書を書ける知識がないと、本当の意味では翻訳はできないと感じます。それに関しては、今でもまだ自分には知識が足りないと思うところではありますが。ただ、"導入"としては大切なことだったような気もします。本当に初歩の初歩がわかったのは、通信講座のおかげです。実際には、その後、特許事務所に転職して、明細書を数多く書いた経験が、私にとっては翻訳にいちばん役に立っています。

坂田:河崎さんが翻訳の勉強をしたのは、このときの通信講座が初めてだったのでしょうか? 学生時代には英語が苦手という意識があった河崎さんですが、手応えはいかがでしかた?

河崎:そうですね。翻訳の勉強はこのときが初めてです。実際に勉強してみて、何となく翻訳を仕事としてやっていけそうだなと感じました。といっても、成績が良かったわけではないんですよ。最初の頃の課題は、ぜんぜんできていませんでしたから。でも、課題の中身に興味が持てたんです。それが、やっていこうという気持ちになるのに、非常にプラスになったと思います。
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