【アメリア】Flavor of the Month 59 大沢 章子さん
読み物
Flavor of the Month
<第59回>  全5ページ

大沢 章子さん

第59回
諦めずに少しずつでも前進 子育て一段落を機に さらなる飛躍を決意!
  大沢 章子さん
Akiko Osawa

進歩はしたけど、あと一歩足りない修業時代

坂田:今回のゲストは、出版翻訳者としてこれまでに訳書を15冊刊行されている大沢章子さんです。ご自身の環境の変化を機に、さらなる飛躍を望まれてアメリアに昨年入会してくださいました。大沢さんの翻訳者としての歩み、そして今後の目標をお伺いしたいと思います。よろしくお願いします。

大沢:こちらこそ、よろしくお願いします。

坂田:翻訳を勉強し始めたのは社会人になってからだそうですね。

大沢:はい、そうなんです。大学の専攻は教育学でしたので、そのときは翻訳とは縁がなく、卒業後も普通の企業に就職して一般事務の仕事をしていました。ただ、何か書く仕事をしたいという気持ちは就職活動の頃からあって、それが実際に仕事を始めてみて、よりはっきりしたものになっていきました。実は、叔母が翻訳の仕事をしていて、大学時代にも「英語が好きなら翻訳をやってみたら」と言われたことがありました。そのときはなんとも思わなかったのですが、就職後にやはり何か書く仕事をと考えたとき翻訳のことを思い出しました。

坂田:それから具体的にどのように翻訳の勉強を始めましたか?

大沢:はい。会社勤めを続けながら翻訳学校に通い始めました。

坂田:翻訳の中でも、どの分野をやりたいという希望はあったのですか?

大沢:何となくですが、本が好きだったので小説の翻訳がしたいと思いました。それから、学生時代に演劇をしていたので映画の字幕の翻訳にも興味がありました。

坂田:では、翻訳学校ではどのような講座を受講したのですか?

大沢:今は埼玉に住んでいますが、生まれは関西で、当時も関西に住んでいました。今から20年以上前ですし、選択肢は多くなかったと思います。講座名ははっきりと覚えていないのですが、文芸翻訳の講座でした。とりあえず何か始めてみようという感じでした。

坂田:翻訳の勉強は順調に進みましたか?

大沢:その翻訳学校には、ある程度のレベルに達した生徒には仕事を紹介してくれる制度があったのですが、1年でそのレベルにはなりました。その後も勤めは続けましたが、3年半で会社を辞めました。

坂田:会社を辞めたということは、お仕事がもらえるようになった?

大沢:仕事を辞めてさらに本格的に勉強しようと思ったのです。でも、しばらくして結婚し、東京に引っ越したので、結局大阪では仕事はしませんでした。

坂田:では、最初の仕事はどのように?

大沢:東京に引っ越して落ち着いてから、同じ翻訳学校の東京校に通い始めました。最初は講座に通い、次にワークショップに参加しました。翻訳家の方について何人かで下訳をし、本を一冊訳し上げるというものでした。

坂田:ワークショップということは、最終的に訳した本は出版されるわけですよね。ご自身が翻訳した箇所は、先生に赤字を入れられたりしましたか?

大沢:はい。結構、赤字が入りました。メンバーの中で私が一番若く、みなさん経験豊富な方々だったので、私よりずっと上手でしたから。それから、一番の若手ということに加えて、私は当時仕事をしておらず、子どももまだいなくて、時間がたっぷりとあったので、それがダメだったようです。

坂田:時間がたっぷりとあったのがダメだったとは、どういうことでしょう?

大沢:「時間がある人は、時間があるようにやる(翻訳する)のよね」とメンバーのおひとりから言われたことがあります。その言葉を、当時の私がどれだけ理解できたかは覚えていませんが、今ならその意味がよくわかります。時間があると、それをダラダラとめいっぱい使ってしまう。会社勤めをしているなど時間がない人は、ないなかから時間をしぼり出して、集中して訳す。その集中力が大事だということなんでしょうね。

坂田:なるほど、時間があればよい翻訳ができるというわけではないのですね。

大沢:でも、結局は実力がまだまだだったということだと思います。その後、妊娠したのですが、次のワークショップでは先生から「大沢さんは子どもも生まれるし(今回は参加しないよ)ね」と言われてしまって。ちょっとショックでしたが、実際に子どもが生まれて子育ても始まることだし、しょうがないかな、と。

坂田:ある程度のレベルまではいったけれども、仕事となるとなかなか思うように進んでいかないという感じだったのですね。

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