【アメリア】Flavor of the Month 62 米谷敬一さん
読み物
Flavor of the Month
<第62回>  全4ページ


米谷敬一さん

第62回
30代半ば、英語教師から翻訳家への転向を決意 2度の不運にもめげず夢のスタートラインに!
  米谷敬一さん
Keiichi Kometani


広告のうたい文句に惹かれて翻訳の勉強を始める

坂田:今回は第60回にご登場いただいたスペイン在住の齋藤慎子からのご推薦で、福岡在住の米谷敬一さんにお話を伺いました。高校と予備校で英語を教えていた米谷さんが、なぜ翻訳者を目指したのか。デビューまでの経緯を中心にお話を伺いたいと思います。米谷さん、よろしくお願いいたします。

米谷:どうぞよろしくお願いします。

坂田:まず、英語の教師をされていたということですが、もともと英語がお好きだったのですね。

米谷:はい。中学1年生で英語を学び始めましたが、得意科目でしたし、当時聞いていたNHKラジオ英会話を担当していた松本亨先生に憧れていました。アメリカやイギリスのロックやポップスが好きだったということもあります。そのころから将来は英語関係の仕事をしたいと漠然とですが思っていました。

坂田:それで英語教師になったのですね。

米谷:はい。3年間、県立高校で教えた後、いろいろな予備校でも教えました。

坂田:では、翻訳に興味を持ち始めたのはいつ、どんなきっかけですか?

米谷:きっかけは新聞広告でした。今から20年以上前、予備校講師をしていた30代半ば頃のことです。課題を提出すれば無料で添削して実力を診断します、という広告でした。提出してみたところ、わりといい評価で、それにつられて通信講座を始めました。以前から職人的な仕事に対する憧れがあったのと、一日中部屋にこもって一人で黙々と作業をするのは少しも苦にならない性質だったので、翻訳は自分に合っているのではないかと思いました。英語を教えるのはともかく、おおぜいの生徒を相手にするのは得意というわけではありませんでしたから、転身できるならそれに越したことはないと思いました。また、自分の仕事が本という目に見える形で後の世に残り、印税ももらえるというのも魅力でした。というわけで、通信教育を受ければ誰でもなれるといわんばかりの広告のうたい文句につられて、うっかりその気になったんです。

坂田:「英語」ではなく「翻訳」の勉強をしたのは、このときが初めてですよね。いかがでしたか?

米谷:結局、英語力というより日本語の表現力が決め手になる、と思い知らされました。学校の英文和訳の場合、ポイントを押さえて理解度を示せれば十分ですが、翻訳では一般読者の目を意識した、商品として通用する文章表現が要求されます。日本語の表現力を豊かにする必要がある、ということをこのとき痛感しました。

坂田:読者の目を意識した、商品としての文章表現というのは、最初からかなりプロ意識があったようですね。

米谷:はい、通信講座を受けたときから本気で仕事にしようと思っていました。ただ現実はそう甘くありませんでしたが。

トップへ 次へ