ウォール・ストリート・ジャーナルの金融経済記事の翻訳でご活躍の藤澤さん Flavor
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Flavor of the Month
<第108回>  全5ページ
ニューヨークから帰国し、翻訳の道へ。実力を支えたのは、豊富な英語の読書経験と日本語の「写経」

岡田 :藤澤さんがホテルマン時代に身につけたことは、主にどんなことでしたか?

藤澤 :やはり丁寧な英語とおもてなしについてですね。日本のホテルと違ってグループ研修はなく、すべてはオンザジョブトレーニングだったので、必死にメモを取りながら仕事を覚えていきました。現在、翻訳のかたわら講師の仕事もしていますが、「ホテル英会話」や「おもてなし英会話」といったクラスを担当することもあり、当時の経験が役立っているなと感じます。

岡田 :一流ホテルでキャリアを積まれてから、日本で翻訳のお仕事をするようになった経緯を教えていただけますか?

藤澤 :ホテルで働き始めた当初はニューヨークに骨を埋めるつもりでしたが、両親の病気を機に日本に戻ろうと思いました。3年ごとに就労ビザを更新していましたが、期限が切れたタイミングで帰国しました。

岡田 :それは大きな決心と変化でしたね。日本に帰国してからはどのような生活を?

藤澤 :一度は日本の高級ホテルに就職し、フロントで仕事をしましたが、アメリカとは勝手が違いますし、徹夜勤務などもあって体力的にも厳しかったので、違う道に進むことにしました。翻訳の仕事を考え始めたのはその頃です。ホテルを辞めて、英会話学校で講師をしながらフェロー・アカデミーのフリーランスコース(現在はベーシック3コースに名称変更)に通い始めました。

岡田 :なるほど。そういう経緯だったんですね。英語を使った仕事はいろいろありますが、あえて翻訳を選んだ理由は?

藤澤 :ニューヨーク時代、米国人作家の作品をたくさん読んでいたんです。ニューヨークタイムズの日曜版にベストセラーリストが掲載されるのですが、そこで1位になった本は必ず読み続けようと自分にノルマを課していました。リーディングやボキャブラリーでもできるだけネイティブに近づきたいという思いがありましたので。400〜600ページほどのペーパーバックを月2冊ペースで読み続けていくうちに原文で読むことの面白さにはまりました。日本で紹介されていない面白い本もたくさんあったので、そうした本を紹介できればいいなと思ったのが翻訳の道に進んだきっかけです。

岡田 :ノルマを課してまで読む、というのは熱心ですね。

藤澤 :ノルマとはいえ、エンターテイメント系のものを単純に楽しみながら読んでいたので苦にはならなかったです。当時は将来翻訳をするなんて思ってもいなかったので、気楽に読んでいましたし……。翻訳を視野に入れながら読んでいたら、帰国後もっと楽なトランジションだったでしょうけど(笑)。始めは挫折や苦労ばかりでした。

岡田 :それはひょっとして、英語よりも日本語の表現という問題ですか?

藤澤 :そうですね。日本語から10年間も離れていたので、ぼんやりとしたイメージは浮かんでも、なかなか的確な日本語表現が出てきませんでした。だから当時は日本語の勉強として、日本の小説や翻訳本、新聞記事などの写経をしたんです。手を動かせば記憶に残りやすくなると思いまして。そのおかげかフェローのクラスで良い成績をとることができて、少しは自信が持てるようになりました。そのうちにアメリアを通じていろいろなお仕事をいただくようになり、道が開けていったという感じです。

岡田 :そして本格的にフリーとして翻訳の仕事をされるようになったんですね。

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