在宅フリーランスの翻訳者としてご活躍の坂本真理さん。 Flavor
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Flavor of the Month
<第116回>  全5ページ

坂本 真理さん

第116回

生まれ変わった来世でも、翻訳をしていたい きっかけは、29歳の時の突然のひらめき 坂本 真理さん

Mari Sakamoto
『源氏物語』の研究者か、環境問題の解決か。 10代の頃は翻訳の仕事に就くことを考えていなかった。

高橋 :本日のゲストは、ラグジュアリーブランドのローカリゼーションや、学術の分野を中心に、英日・日英の翻訳に携わっておられる坂本真理さんです。京都大学農学部を卒業後、NEDO(国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構)に10年勤務されてから、フリーランスの翻訳者に転向。ただ、高校生の頃は翻訳の仕事に就くことを考えておらず、大学の文学部で『源氏物語』の研究をするか、あるいは環境問題の解決に貢献したいと思っておられたとか。

坂本 :そうなんです(笑)。高校時代の古文の先生が『源氏物語』を原文で6回通読された学者肌の先生で、その先生の授業がすごく面白かったことと、またもともと古文が好きだったので、『源氏物語』を研究できたらいいなと思っていました。一方で、1990年代は環境問題がにわかに注目された時代でしたから、環境問題の解決に貢献したいという思いもありました。子供の頃から車が好きで、クラシックカーのプラモデルやミニカーを集めたりもしていましたし、ちょうど大学在学時代にトヨタからハイブリッドカーの「プリウス」が発売され、そのコンセプトに大きな衝撃を受けたことから、自分も低公害車に関する仕事、例えばマーケティングなどに関わりたいと思っていました。結局、高校での得意科目が国語、英語、理科(物理・化学)で、日本史・世界史は本当にからきしだったため、これらの科目が必要な文学部は断念、「環境を学ぶんだ」と京都大学農学部生産環境科学科に進みました。そして、マクロな視点から環境問題を学ぶことができる農業経済を専攻しました。私の専攻の選択は文系か理系かも中途半端な感じでしたけれど、翻訳者となった今となっては、その「どっちつかず」なところがよかったのかなと感じています。

高橋 :専攻の授業はいかがでしたか。

坂本 :楽しかったです。当時、個人的に強く関心を寄せていた「プリウス」の普及に伴う社会的効果や貨幣価値を卒論テーマにするなど、もともとの自分の興味に合った勉強に取り組むことができました。ただ、将来については特に具体的なビジョンもなく、しばらく働くにしろ、「好きな人と結婚できればいいや」くらいにしか考えていませんでした。家はのんびりしていて、母は音楽一筋の人で、航空エンジニアの父は「25までに結婚しろ、さもないとお見合いクラブに入れるぞ」と(笑)。そんな私も大学3年になって就職を考えることになりましたが、受けた自動車会社は落ちてしまい、環境問題の解決に貢献するという観点で見付けたNEDOを受けてみたら面接で話が盛り上がり、採用していただきました。

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