ニュース翻訳、英訳でご活躍の小野久美子さん Flavor
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Flavor of the Month
<第118回>  全7ページ
地方紙で新聞記者として働き、ハードワークに耐える根性が磨かれる。 退社後、新婚の夫をおいてイギリスの大学院に留学!

高橋 :イギリスの大学院に留学したのは、いったん社会人になってからですか。

小野 :外大を卒業して静岡新聞社に入社し、退社してからです。2001年から2003年まで静岡新聞社で記者として働き、退社後、大学のゼミの先生に相談をしたら、語学留学するよりも大学院に行く方がいいと助言されました。外大で国際人権法を専攻して、国際協力や開発援助に興味があったので、その方面の学問が盛んなイギリスの大学院に行きました。

高橋 :静岡新聞社に入社されたのは、静岡市のご出身だからですか。

小野 :新聞記者を目指して複数の社を受けた中で、地元の新聞社に採用されたので入社しました。取り組みたかったテーマは入管問題でしたが、入社すると自分の関心テーマなどは後回しになり、事件事故、街ネタ、裁判、そのほかもろもろを取材することになりました。殺人事件が1日に3件発生し、捜査本部が3つ立つような日もあって大変でしたが、直属の上司が面倒見のいい方で、いろいろと教えていただきました。新卒で入社したのが家族的な雰囲気の新聞社で、ラッキーでした。静岡新聞で学んだことは、1日のタイムマネジメントと、どんな仕事でも我慢できる根性だったと思います(笑)。特に後者は大事で、深夜から夜中まで働くとか、夜中も電話がかかってきて事件事故の取材に行くといったことが何回もある中で身に付きましたが、若くなければできなかったですね。

高橋 :2年勤めて、静岡新聞社を退社されたのはどのような理由だったのでしょう。

小野 :若いときって、大きな目標を持つものですよね。理由はいろいろありますが、結局は自分が思っていた仕事と現実が違った、ということだと思います。今思えばやれることはたくさんあったとは思いますが、当時はそれに気づかず、もっと外の世界を知りたいという気持ちが強く、退社することにしました。

高橋 :退社してイギリスに留学したとき、すでに結婚をされていたとか。

小野 :静岡新聞の記者時代に、同じく全国紙の新米記者で、静岡に赴任していた現在の夫と知り合って結婚したのですが、新婚の夫を置いて留学しました(笑)。ただ、NGOや開発途上国の問題をイギリスで勉強するうちに、自分は研究者に向いていないと分かってしまって……。博士課程に進むこともできたのですが、取材して書く仕事をしたいと改めて思ったんです。それで、帰国してマスコミの就職先を探し、環境新聞社から内定をいただいて、「月刊ケアマネジメント」の編集記者になりました。

高橋 :海外での就職は考えなかったのですか。

小野 :夫を置いて留学しているのに、海外で就職するとは言えないじゃないですか。新婚なのに(笑)。今思えば20代は、捨てるものは捨て、選ぶものは選んで、さまざまなことを考えながら進路を決めていった年代だったと思います。「月刊ケアマネジメント」では、自分で取材して書いたり、ライターさんの原稿を編集したり、人の原稿をチェックすることを初めて経験しました。期間は1年弱でしたが、やりがいがあり、面白かったです。そんな頃、ある新聞社の英字新聞部の部長さんから、「ポストがひとつ空いている」という話が来ました。私もデイリーの新聞社に関心があったので、転職しました。

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