フリーランス翻訳者 福井久美子さん|アメリア会員インタビュー
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アメリア会員インタビュー
福井久美子さん

福井久美子さん

幅広く出版翻訳を手がけて

プロフィール

イギリスの大学で英文学修士号を取得後、帰国して英会話講師として5年間、社内翻訳者として4年間勤務し、2005年にフリーランス翻訳者として独立。2008年に田中敦子さんとの共訳書『神の先史文明 シビライゼーション1』で出版翻訳デビュー。他に『世にも危険な医療の世界史』、『5秒ルール』、『月光殺人事件』など訳書多数。児童養護施設の遊びボランティアや社会的養護活動にも従事。夫、中3男子、オス犬とともに埼玉に住む。

リーディングを100冊以上!

加賀山 :本日は出版翻訳で多数の訳書を出されている、福井久美子(ふくい くみこ)さんにおいでいただきました。いまはフリーランスで仕事をされているのですか?

福井 :はい。フリーになって13年です。

加賀山 :その間に何冊ぐらい訳されました?

福井 :下訳や共訳も入れて約30冊です。そのうちの10冊ぐらいは、下訳や数人で分担して訳した本ですが。

加賀山 :どのようにしてデビューされたのですか?

福井 :きっかけは、ある翻訳オーディションサイトに登録したことでした。二度目に挑戦したオーディションで一番いい成績を取ったのですが、最終選考に選出してもらえなくて……。
 どうして最終選考に選ばれなかったんだろうと疑問に思ってたら、レベルチェックを受けてなかったことに気づいて(笑)。慌ててレベルチェックを受けたら、リーディングのお仕事をいただくようになりました。何本かリーディングをこなしたところで、『神の先史文明 シビライゼーション1』(アラン・バトラー他著、エンターブレイン)の共訳の仕事をいただき、無事にデビューできました。

加賀山 :プロフィールを拝見すると、ノンフィクションが多いようですね。どうやって仕事を開拓されました?

福井 :いま話した翻訳会社から何冊か出たあと、それを実績として、業界の忘年会などで編集者さんにご挨拶したり、訳書を読んでくださった編集者さんから直接連絡をいただいたりしました。アメリアの紹介で依頼された仕事もあります。あとは、リーディングからも仕事が広がりました。

加賀山 :そうだ、プロフィールによると、リーディングを100冊以上されたそうですね。すごい数です。

福井 :まだ訳書が少なかった頃に、千本ノックのように受けていました。翻訳会社から来るものと、出版社から直接頼まれるものがありますが、一番多い年で17冊読みました(笑)。

加賀山 :それだけ読むと、これは売れそうとか、これはだめだというふうに、勘が働くようになりますか?

福井 :あたるときもあれば、あたらないときもあります。日本人には受けないだろうと私が思ったものも、編集者さんの好みで出版されることもありますし、ものすごく推した本が企画を通らなかったこともあります。

加賀山 :いまミステリーなどは、出版社からのリーディングの依頼を待つのではなく、翻訳者のほうで積極的に原書を探して提案しなければいけない状況になっています。もちろん、海外で賞をとった本とか、話題作なんかは最初から出版社が買いますけど。

福井 :ロマンス小説も、出版社が以前より慎重になっているようで、新人がなかなか入れなくなったという話を聞きます。

加賀山 :そうですか。ミステリーのほうがいくらか裾野が広いのかもしれませんね。地域的にも、最近は原語が英語だけではなく、北欧とか中国の作品も紹介されるようになってきましたから。
 講談社、ダイヤモンド社、集英社、日本実業出版社、PHP研究所など、いろいろな出版社で翻訳をされています。ジャンルは何が多いのでしょう。

福井 :自己啓発書ですね。

加賀山 :印象としては、自己啓発関連の出版はフィクションより元気がありそうですが、どうでしょう。

福井 :出ることは出ていますが、翻訳物で一時期ほどヒットは出なくなった気もします。日本人著者のベストセラーはありますが。
 以前と比べて、自己啓発書を含むノンフィクションも、だいぶ原書を選んで出版している感じですね。翻訳者の選び方も厳しくなっているかもしれません。

加賀山 :万事において慎重になっていると。

福井 :SNSで翻訳を依頼してくださった編集者がいるのですが、私の訳書を数冊読んで、訳文を判断したうえで連絡したというお話でした。友人の紹介で連絡してくださった別の編集者さんも、あらかじめ本を取り寄せて、私の訳文をチェックしてから連絡をくれたそうです。
 そういう事前の検討をするのは当然といえば当然ですが、実績のない新人翻訳者が仕事を見つけるのがむずかしくなるという面もあると思います。

いろいろなものを訳す

加賀山 :訳された作品のなかで、とくに印象に残っているものはありますか?

福井 :一番苦労したのは『パリジェンヌ流 デュカン・ダイエット』(ピエール・デュカン著、講談社)でしょうか。原語はフランス語ですが、私はその英訳版をベースに訳しました。
 重訳はむずかしいですね。英語を読んで意味がわからないところは、フランス語を見たほうがわかりやすかったりして(学生時代に習ったフランス語を一生懸命思い出しました)、何度もフランス語版で確認しながら訳したので、すごく時間がかかりました。

加賀山 :いわゆるダイエットの本ですか?

福井 :はい。炭水化物を完全に抜いて、タンパク質と脂質をたくさんとりましょうという、ちょっと過激な食事方法です。フランスで大流行して、いろんな国で翻訳出版されています。

加賀山 :ぜんぜん毛色がちがいますが、『最強スパイの仕事術』(ピーター・アーネスト著、ディスカヴァー・トゥエンティワン)という本も訳しておられます。

福井 :そのまえに『最強マフィアの仕事術』(マイケル・フランゼーゼ著、同社)というのが出て、それが売れたので今度はスパイを、ということになったみたいです。マフィアのほうはけっこうコミカルな内容でしたが、私が訳したスパイのほうは、実際にスパイだった人がまじめに書いた本でした。

加賀山 : フィクションの『月光殺人事件』(ヴァレンタイン・ウィリアムズ著、論創社)の著者もイギリスの元スパイだったようですね。

福井 :そうです。ただ内容はスパイとは関係なくて、スコットランド・ヤード(ロンドン警視庁)の元刑事がアメリカに来て殺人事件を解決するという、オーソドックスな探偵小説でした。

加賀山 :『無音の弾丸』(アーサー・B・リーヴ著、論創社)というのも、私は知りませんでしたが、アメリカの作家ですか?

福井 :そうです。100年ぐらいまえの本で、いまから見れば時代遅れですが、当時の「最新」技術やガジェットを使って事件を解決する話です。アメリカの作家ですが、英語がむずかしくて苦労しました。わからないところをネイティブに訊いたら、よくこんな本を訳すねと言われたり(笑)。
 あと、こういう小説の読者はチェックが細かいと思いましたので、専門用語などにまちがいがないように、同業の先輩に素読みもしてもらいました。

加賀山 :苦労されましたね。『超次元の成功法則』(ウィリアム・アーンツ他著、日本実業出版社)というのは、自己啓発の本ですか?

福井 :はい。『ザ・シークレット』(ロンダ・バーン著、角川書店)とか『引き寄せの法則』(エスター・ヒックス他著、SBクリエイティブ)が流行った時期がありましたよね。あのとき類書がたくさん出ましたが、これもそのうちの1冊です。強く念じれば実現できる、みたいな。
ビヨンド・ザ・シークレット』(アレクサンドラ・ブルース著、ゴマブックス)という本も訳しましたが、これも類書です。

加賀山 :あの頃ビジネス書の出版はすごく活気がありました。

福井 :あの時期がピークじゃないでしょうか。極端に言えば、なんでもかんでも出る感じでした。

加賀山 :本当にいろいろ訳されていますね。翻訳は最初どのように勉強したのですか?

福井 :翻訳学校にかよったのは、フェローの短期講座だけです。あとはカルチャーセンターの翻訳講座を1〜2年ほど。デビューするまえは、会社で社内翻訳をやっていました。
 出版翻訳というと、先生について習い、そのうち編集者を紹介してもらって……というパターンが多いと思うのですが、私は実務で翻訳を学びながら出版に進みました。20代の頃に英会話の講師をしていたときに、いつか本を訳したいと思って翻訳コンテストを受けたりはしましたが。

加賀山 :英会話、実務翻訳、出版翻訳という進路だったのですね。

福井 :そうですね。実務翻訳は納期が短いので、短距離走を何度もくり返す感じです。出版翻訳は納期が長いから、出だしのところでは少しのんびりできますが、長いあいだモチベーションを保たなければならない。いずれにしろ、翻訳ってきつい仕事じゃないですか? じつは、私も燃え尽きたというか、もうやめたいと思ったことが何度かありました。友人との飲み会で「もうやめる!」と宣言したり(笑)。そう言いながら、仕事の依頼が来ると受けてしまいます。

加賀山 :やはり根っこのところで翻訳がお好きなのではないかと。

フィクションとノンフィクションの訳し分け

加賀山 :これから取り組みたい分野はありますか?

福井 :ある編集者さんから、いまノンフィクションの翻訳は2分化していると言われたことがあります。誰もが読めるやさしいハウツー本のようなものか、知識欲が旺盛な人向けのむずかしい専門書に分かれていて、中間がない、と。
 それを聞いたときに、自分はこれまでやさしい本を中心に訳してきたので、これからはむずかしいものも訳せないと生き残れないなと思ったのです。いまはだいじょうぶでも、10年後にはどうなっているかわからない。ですから、いまのうちに調査力を高め、知識を増やしておかなければと思っています。

加賀山 :なるほど。なかでも注目しているテーマはありますか?

福井 :科学系でしょうか。いずれにせよ、訳せる分野は広げていくつもりです。

加賀山 :フィクションとノンフィクションの両方を訳されているので、うかがいますが、フィクションとノンフィクションでは、訳すときに考え方がちがいますか? 訳し方を変えるとか?

福井 :たしかに考え方はちがいますね。たとえば、自己啓発書は、そのまま訳すと淡々としすぎて退屈な感じになってしまうので、訳文に強弱をつけたり、日本人の心に響く表現に変えたりします。一方、フィクションのほうは、著者の文章の雰囲気をなるべく再現することが大事な気がします。

加賀山 :やはりちがいますか。

福井 :初めてフィクションを手がけたときに、ミステリーの訳し方を学ぼうと、カルチャーセンターの講座を受けました。すると私には、読者を退屈させないように、強調したいところに色をつける癖があることに気づきました。フィクションの先生から、ここは色をつけないほうがいいと指摘されたこともありました。
 別のフィクションの講座でも、訳文が凝りすぎていますと注意されました。フィクションの文章はもっと素直に訳さないといけないですね。

加賀山 :それ、私も同じことを考えています。ただ、私はフィクションがベースなので、ノンフィクションはフィクションからもうひとひねり「意訳」しなければいけないという、逆方向からのアプローチです。たとえば、フィクションのときより、内容をわかりやすく言い換えたり、改行を増やしたりというふうに。

福井 :やっぱり分野ごとに、それぞれのルールがありますよね。会社を辞めたあと、フリーで翻訳をしながら正社員の仕事を探していた時期がありました。そのときに金融系企業のトライアルを受けたんですが、面接官から、「訳はいいんだけど、1個だけ数字をまちがえているんですよ。金融で数字は絶対なので、これは致命的なんです」と言われたことがあります。結局不採用だったのですが、分野によって優先順位がちがうんだなと痛感しました。

加賀山 :医薬関係の実務翻訳も、人の健康にかかわることだから数字に非常に厳しいと聞いたことがあります。
 フィクションとノンフィクションについて言えば、おっしゃられたとおり、私もフィクションのほうが素直に訳しています。あまりに原文のままだとわからないというボーダーラインはありますから、そこはわかるようにしないといけませんが。
 ふだん、翻訳のために心がけているようなことはありますか?

福井 :うーん、新聞を読むことぐらいでしょうか。私はストレスに弱いので、机から離れたらあまり翻訳のことは考えないようにしています。自宅が作業場なので、できるだけ頭をオンとオフに切り替えないと。
 翻訳は原文ありきなので、好き勝手に文章を書けないじゃないですか。ときどき、翻訳は原文の檻から出られないなあと窮屈に感じることがあります。原文を見ながら、私だったらここはこう表現するのに、と思ったり。

加賀山 :そのマインドは作家に向いていらっしゃるのでは?(笑)

■フィクションとノンフィクションの訳し方については、福井さんはノンフィクションのほうから、私はフィクションのほうから考えて、同じような結論に至っているところに膝を打ちました。出版をめぐる環境はたしかに厳しくなっていますが、お互い楽しくやりましょう。

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