【アメリア】Flavor of the Month 17 美由紀 ウイアーさん
読み物
Flavor of the Month
<第17回>  全4ページ


翻訳の仕事に自信をもちたくて NAATIの資格を取得しました


坂田:ところで、法律事務所で働くようになったきっかけは何だったんですか。

ウイアー:オーストラリアへは最初、ワーキングホリデービザで行ったんです。当時は、オーストラリア人の主人と結婚するかどうか決めかねていて、とりあえず一度オーストラリアで暮らしてみようと思い、6年間勤めた音楽出版社を辞めてオーストラリアのブリスベンに行ったんです。それが1990年のことです。とにかく仕事を見つけなければならないので、現地の日本関係の会社すべてに履歴書を出しました。

坂田:その中の1つが、今の法律事務所だったんですか。

ウイアー:いいえ、それが違うんです。その法律事務所と同じビルに事務所がある会社に履歴書を送ったのですが、そこでは日本人社員を募集していなかったんです。でも、同じビルの中にある法律事務所が日本人を探しているというので、親切にもその会社の人が法律事務所に私の履歴書を転送してくれたらしいんですよ。

坂田:親切ですね。日本では、まずそんなことはないでしょう。

ウイアー:13年前の話なんですが、ちょうど不動産ブームなどがあって法律事務所は忙しく、すぐにでも日本人スタッフが欲しかったようです。

坂田:じゃあ、もともと法律関係の勉強をなさっていたわけじゃないんですか。

ウイアー:違います。法律には特に興味はありませんでした。翻訳の勉強はしたことがあったのですが。

坂田:翻訳の勉強というと、日本でですか。

ウイアー
:はい、そうです。大学が英文科で、その頃から翻訳に興味があって、実際には社会人になってから通信教育で2年間文芸翻訳を勉強しました。

坂田:翻訳を勉強してみて、いかがでしたか。

ウイアー:そうですねー、かなり難しいと感じました。特に、文芸は奥が深いなと。でも、想像どおり楽しくて、勉強を続けて、いずれは翻訳家になりたいと思うようになりました。

坂田:そのうちに、オーストラリアに行くことになって、法律事務所で翻訳者として勤めることになったわけですね。法律事務所での仕事は、いかがでしたか。

ウイアー:まず、仕事をする環境を整えるまでが大変でした。入った当初は日本語のコンピュータもなくて、中国語のコンピュータを使わされそうになったり……。最初は、自分のワープロを持っていって使っていたのですが、日本語のコンピュータを導入してもらいました。

坂田:中国語のコンピュータでは仕事になりませんよね。それすらも理解していない状態だったわけですね。

ウイアー:それから、最初は私の席は秘書と一緒だったんです。でも、翻訳をするのに周囲がうるさいと絶対にできないからと説明をして、オフィスを用意してもらったり。とにかく、そういうことを一つ一つ交渉して、仕事のできる環境を作っていきました。

坂田:実際の仕事以前にも、大変なことがいっぱいあったんですね。翻訳や通訳の仕事に関してはいかがでしたか。

ウイアー
:会話はある程度できたものの、非常に不安でした。法律用語は難しいし、法律自体もわからないことだらけでしたから。仕事に関してはすべてオン・ザ・ジョブで学びました。わからないことは何でも質問して、いろいろな本を調べて参考にして、その都度対応していました。法律についてだけではなく、英語に関しても、最初は全部添削してもらっていました。

坂田:そうするうちに、自信がついていくものですか。


ウイアー:そうやって仕事をこなしていきましたが、客観的なきちんとした評価を受けて、何か自信に繋がるようなものが欲しいと思い、NAATIを受けたんです。NAATI(National Accreditation Authority for Translators and Interpreters)は、オーストラリア政府公認の通訳・翻訳者のための国家認定資格です。仕事を始めてから2年程経った1992年に受けて、プロのレベルの資格を取得しました。それで、やっと胸をはって仕事ができるという気分になりました。

坂田:オーストラリアで広く認知されている資格なんですね。難しかったですか。

ウイアー
:はい。受けるのが一度で済んでヨカッタ〜という感じ(笑)。

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