【アメリア】Flavor of the Month 61 小坂恵理さん
読み物
Flavor of the Month
<第61回>  全4ページ


小坂恵理さん

第61回
夢はフィクション大作を訳すこと “できる?”ではなく“やってやる!”の精神で果敢にチャレンジ
  小坂恵理さん
Eri Kosaka


テレビの多重放送で日英翻訳の実績を積む

坂田:今回のゲストは小坂恵理さんです。既に11冊の訳書をお持ちの小坂さんですが、今後は自身の訳したい原書を持ち込むなどして、さらに活躍の場を広げたいとのことでアメリアに入会されました。出版翻訳の勉強を本格的に始めたのは40歳を過ぎてからという小坂さんに、これまでの歩みと今後の目標について語っていただきたいと思います。どうぞよろしくお願いいたします。

小坂:こちらこそ、どうぞよろしくお願いします。

坂田:最初から翻訳をやろうと思ったわけではなかったようですね。

小坂:はい、大学は英文科だったのですが、学生時代は遊ぶほうが忙しくて、実はあまりちゃんと勉強しなかったんです。卒業後、当時の女子学生は就職するのが半分くらいで、残りの半分は家事手伝いやアルバイト。私も就職はせずにアルバイトをしていて、わりとすぐに結婚することになりました。東京生まれの東京育ちですが、結婚して埼玉の北部に引っ越すことになり、そこで改めて仕事に繋がる勉強を何かしようと思ったんです。英語を生かしたかったのですが、当時はまだワープロがなかったので翻訳をするとなると手書きで原稿を書かなければなりません。あまり字が上手くないので手書きはいやだなと、そんな理由で翻訳は敬遠していました。たまたま知り合いに同時通訳をしている人がいて、その方の紹介で通訳の学校に通い始めました。少しずつ仕事をするようになって1年くらい経ったころでしょうか、テレビのニュース番組で多重放送のために記事を翻訳するお仕事を紹介されて、そちらを始めたんです。

坂田:多重放送の翻訳というと、どのようなことをするのですか?

小坂:最初はNHKだったのですが、例えば夜7時からのニュース番組の場合、夕方5時頃にNHKのオフィスに行ってスタンバイをします。ニュース原稿が次々に届けられるので、それを7、8人のトランスレーターで日英翻訳をします。ニュース原稿というのは、完成版が届けられることはまずなくて、翻訳をしているそばから差し替え原稿が入ってくるので、それをまた翻訳して仕上げていきます。トランスレーター以外に同時通訳の方も控えていて、ギリギリになって飛び込んでくるニュースや差し替えには同時通訳で対応することもあります。
 私は結局、1990年代前半から2000年代前半まで10年ほど多重放送の翻訳に携わりましたが、始めた当初は「ハリーポッターシリーズ」の翻訳で有名な松岡祐子さんなどが同時通訳者として活躍しておられました。

坂田:これが翻訳の仕事との出会いですね。通訳から翻訳に移行したのはどうしてですか?

小坂:たまたまです。通訳のエージェントからの紹介で、多重放送の翻訳の仕事があるんだけど、興味はないかと言われて。ちょうど多重放送が始まった頃で、人材発掘を行っていたんでしょうね。講習会を受けて、レベルチェックがあって、それに合格して仕事を始めました。日英翻訳なんて、最初は無理だと思ったのですが、やってみると面白くて。そのうちに子どもが生まれて、夜は家を空けられなくなったので、民放の昼間のニュースに移りましたが、結局10年間ほどやりました。
 10年もやると慣れてきて、この仕事をずっと続けていきたいなと思っていた矢先に、多重放送の時代が終わってしまったんです。今でもNHKはやっていると思いますが、民放はもうやっていません。

坂田:せっかくスキルを身につけたのに残念でしたね。

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