【アメリア】Flavor of the Month 93 新保 亜紀さん
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Flavor of the Month
<第93回>  全5ページ


大学卒業後はIT業界で活躍

濱野 :現在は映像翻訳の世界でご活躍の新保さんですが、以前はIT翻訳のプロだったとお聞きしました。もともと理系の素養をお持ちだったんですか?

新保 :いえいえ、ITの知識を身に着けたのは、大学卒業後にIT企業に就職してからのことです。じつは、大学まではずっと文系まっしぐらでした(笑)。子供のころから本が好きで、高校では文芸部に所属していたくらいです。そのころは文章に関わる仕事がしたくて、大学卒業後は出版社に勤めるのが夢でした。ただ、ちょうど私が大学を卒業する前年に、バブルがはじけまして、これは出版社なんてとんでもないだろう、と(笑)。

濱野 :なんというタイミング……。でも、なぜIT企業だったのですか?

新保 :もともと父がIT系企業に勤めており、いろいろと話を聞いていたことも大きかったですね。あと、これを言うとIT業界の先輩たちによく笑われたのですが、むかし『ウォー・ゲーム』という映画があって、その印象が鮮烈に残っていたんです。ひとりのコンピューター好きの少年が軍のネットワークに潜入し、あやうく戦争を起こしかけるというストーリーだったのですが、「ネットワークってこんなことができるんだ」「すごい可能性と将来性を秘めた世界だな」という思いが漠然と頭のなかにありました。今でこそインターネットはあって当たり前になっていますが、PCを使える人すら少なかった時代です。それでIT系の会社を中心に就職活動を行ない、ネットワーク製品を作るアメリカの会社に運よく入社することができました。完全に文系だったにもかかわらず、「SEをやってみたい」と言ったら、なぜか通ってしまいまして(笑)。それがきっかけで、SEへの道を歩み出すことになりました。

ITに興味を持つきっかけとなったSF映画

濱野 :完全文系からいきなりSEとは、思い切った決断ですね。IT翻訳に出会ったのもそのときですか?

新保 :はい。その会社には、英語の製品マニュアルを日本語化するため、社内翻訳者さんがいたんです。その方が訳したものをチェックする仕事が私に舞い込むことになりました。

濱野 :ということは、英語力はすでにお持ちだったんですか?

新保 :特に専門的に何か学習したというわけではありません。ただ、父の仕事の関係で、小学校6年生から中学1年生にかけて1年ほどアメリカのフロリダ州に住んでいたことがあるんです。日本人のいない町で現地校に通っていましたので、家以外はすべて英語での生活でした。帰国後は学校の授業で英語に触れる程度でしたが、アメリカで身に着けた英語をうっすら覚えているという状況をなんとか保っていました。

濱野 :それで、英語力を見込まれて、翻訳チェックを頼まれたわけですね。その後も、SEと並行して、翻訳の業務を続けたのでしょうか?

新保 :翻訳のほかにも、アメリカの本社に出張して技術を学び、日本に帰ってきて社内で教えるという業務を担当することもありました。その後、別の会社にインストラクターとして転職したのですが、その会社でも英語の教材を日本語化する業務に携わりました。それから何度か転職しましたが、なんらかの形で翻訳に関わることが多かったですね。

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